第3話 僕にネコカインが支給されないわけ-2
『シャデルナ』は、火星の第四ポート駅でいつも露店を構えている。
小さな机の前に『シャデルナ』の主人は座っていて、机の前には大きく【易】と書かれたテーブルクロスが下がっている。
店の主人は中年の女性で、いつも着ているヒョウ柄の服は、第四ポートの目印だと言ってもいいぐらいなんだ。
だって、どのポートも同じような建築で、同じような風景が続いているからね。
そこに『シャデルナ』の女主人を見つけるだけで、ここは第四ポートだな、と確認できるって具合なのさ。
で、僕はとにかく小さなジーナをタオルに包んで懐に隠して駅に向かった。
小声で「待ってろよ、待ってろよ」と懐に向かって呟きながらね。
このときの気持ちは言い表しようがない。不安で仕方ないけれど、どこか小さな命がそばにいることに希望が湧いてくるんだ。
きっと21世紀のきみたちも、子猫を迎えたときは同じ気持ちだったんだろうな、と想像するよ。
第四ポート駅についたとき、時間はもうすでに夕方だった。
そうそう、火星の一日は24時間だから、ほとんど地球と一緒なんだ。
もっとも、まだ大気が薄いからみんな地下暮らしで、人工太陽が照っているんだけどね。
ともかく、夕方の薄暗さは僕にとって好都合だった。子猫が他の人に気づかれる心配が少なくなるからね。
僕がシャデルナに近づいて行ったとき、シャデルナの主人は僕を見るなり顔を下げた。
僕が近づくにつれ立ち上がりかけ、そしていよいよ一メートルにせまったら、ほとんど逃げるようにして背中を向けた。
僕は逃がすまいと女主人に話しかけた。
「あのう……」
女主人はこちらを頑なに見ようとはしなかった。
「うちは厄介ごとはいらないよ!」
女主人は悲鳴のようにそう言った。どうやら、占い師の職業に間違いなく、未来には特別なカンが働くのに違いない。
「おお、おお、たいへんなことだ、野良の『子猫』だって!」
僕は聞きなれない言葉に思わず言葉を繰り返した。
「ノラのこねこ」
『シャデルナ』の女主人はそれを聞くと両手で顔を覆った。
「生きてるんだろ、その懐に」
僕はうなずいた。たぶん、ジーナのことがなければ、僕は一生このタイプの人物と話すことはなかったと思う。けれど、そのときは僕の希望は彼女しかなかった。
だって、いちばんセンターからは遠いファッションで、僕の知るいちばんアウトローな雰囲気の人物だったからね。
あとで知ったけど、このときの僕のカンも正しかった。ジーナのためにも、僕のためにもね。
もし最初に僕が頼ったのが『シャデルナ』でなかったら、いまごろ僕はジーナともども、『消されて』しまっただろうからね。
僕とその『厄介ごと』から逃げようとする女主人を引き留めて、僕はそっとタオルに包んだ子猫を差し出した。ジーナは力なく目を開いて、女主人を見つめて、また目を閉じた。
女主人は数秒して大きなため息をついた。僕の袖を強く引っ張って店の陰にかくすと、こういった。
「ちょっと待っといで。いま店を閉めるから」
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