第6話 解体作業中

 猟銃を抱え、私は岩陰に腰を下ろした。


 きっと今頃、岩の向こうでは凄惨な光景なのだろうなあ。


「なあ」


 不意に岩の向こうから、朝霞さんが声をかけてきた。


「君はヘパイストスって、どんな奴らだと思う?」


 どんなって……


「決まっているじゃないですか! ヒドい人達ですよ。お料理のデータ消しちゃって。何が楽しいんですか? バカですか? 死ぬのですか? おかげで仕事が忙しくなって大迷惑です」

「そうか。君に取ってはヒドい奴か」

「なんですか!? 朝霞さんはヒドいと思わないのですか?」

「そりゃあまあ、ヒドいと思うよ。しかし、食材や非常食のデータは消さなかったのだろう。本当にヒドい奴ならそれも消すはず」

「そりゃあそうですけど……」

「ヘパイストスは人を殺す気はないようだ。案外良い奴かもしれないな」

「良い人なものですか! なんでテロリストの肩を持つのですか!?」

「まあ、落ち着け。実はな、俺も事件のせいで仕事が忙しくなったんだ」

「そりゃあ料理が消されたら、忙しくなりますよね」

「作家としてじゃなく、俺が以前から開いていた料理教室に、生徒が殺到してな」


 そんな事やっていたんだ。


「以前から自分の手で料理を作ってみようかと思っていた人達が、この事件をきっかけに教室へ来るようになったのさ。みんな料理を作って楽しいと言っていたよ」

「はあ……」

「今の社会は、ロボットが何もかもしてくれる。人間は基本的に働かなくもいい。でもな、それじゃあ君はなぜ働いている?」

「なぜって……」


 確かに今の日本は、働かなくても生きていける。


 でも、ベーシックインカムだけの暮らしには限界がある。

 衣食住の必要は最低限満たされるが、あまり贅沢はできない。それに衣食住にお金を使うと、娯楽に回せるお金は足りなくなる。


 何よりも、一定以上の収入がないと育児権が認められない。


 今の時代、働かざる者食うべからずなどという事はないが、働かない者は育児ができない。


 私ははっきり言って子供が欲しい。もちろん、出産は人工子宮でいいけど、子育ては自分でやりたい。


「なるほど。確かに子供が欲しければ働くしかないな。しかし、それなら仕事を持っている男と結婚すればいいのじゃないのか? 今は共働きの必要なんてないぞ」

「そうですけど……」


 だけど、世の男性のほとんどは働いて苦労するぐらいなら、子供などいらないと言っている。性欲はセクサロイドで満たすなんて人ばかり。


 そして、職業を持っている男性はたいてい結婚している。ならば、私が働くしかないし、何より……


「私は、今の仕事が好きです」

「そうか。実は俺も今の仕事が好きなんだ」

「そりゃあ、朝霞さんは自由業ですからね。好きじゃなきゃやっていないでしょ」

「確かに。役人は好きじゃなくてもやるしかないな。しかし、今の時代、仕事が嫌になったらいつでも辞められるだろ。ところで君はヘパイストスのせいで仕事が忙しくなって大迷惑だと言っていたが、一方で楽しんでいないか?」


 え?


「今の時代、忙しいと言っても過労死するような働かせ方は、厳重に禁止されている。職場での暴言も禁止。十分な睡眠を取っていない人も、働かせてはならない事になっている」


 まあ、そうだけど……


 言われてみれば、私はここ数日が楽しかったのかも……


「人間はな、自分の力で生きていきたいものなのだと俺は思う。ロボットが何もかもやってくれるのはありがたいが、それに頼りっぱなしでは人生つまらなくないか? ヘパイストスは、人間に働く喜びを思い出させるために、こんな事を仕組んだのではないかな?」


 そうかもしれない。でも……


「テロはテロですよ。犯罪です」

「そうだな。しかし、ヘパイストスは人を殺してもいないし傷つけてもいない。テロと言っても、歪んだ正義感を振りかざして日本の少女を拉致したシーガーディアンのような輩と同一視するのはどうも……」

「そういうのを五十歩百歩と言います。それに、今回は死傷者が出なくても、ヘパイストスが今後もテロをやることによって死傷者が出ないと言い切れますか?」

「言い切れないな。しかし、不思議に思っているのだが、なぜ今回は死者どころか怪我人も出ないのだろうな?」

「え?」

「料理作家の俺でも、調理中に怪我をする事はある。それなのにシロートが突然料理など初めたのに、なぜ怪我をする事がないのか?」

「それはロボット達が三原則に基づいて未然に……」

「それだよ。ロボット工学三原則は俺も知っている。だが、それには限界がある。まず、ロボットがどこまで人を人をとして認識できるのか? そして危機をどこまで予測できる能力があるのか? ロボットが人を人として認識できなければ間違って危害を加えることもありうる。そして、危機を予測できなければ、人を守る事はできない」

「それがなにか?」

「さっきも言ったが、俺は料理中に怪我をした事がある。周囲にはロボットが何台かいたが、俺を守ろうとはしなかった。それは、料理中の事故をロボットが予測できなかったからだ」

「え? でも……」

「そう。今まで、ロボットには料理中の事故を完璧に予測する能力が無かった。ところが今回のテロの後で、ロボットにはその能力が備わっていた。確か、テロの前日に、大規模なデータ更新があったな。世界中のロボットがその能力を備えたのはその時だと思う」


 どういう事? データ更新って、総統括AIの判断でやるのよね。まるで……


 ガサ! 


 不意に聞こえた妙な音。


 音の方に目を向けると、そこにそれはいた。

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