第3話 料理作家
テロのあった日から、プリンターは味気ない非常用食料しか出力できなくなった。それだって、いつサイバーテロで消されるか分かったものではない。
生肉や野菜、穀物など料理の素材を出力することはできたが、フードプリンターの普及で誰も料理なんて作らなくなってしまった今、それを食べられる状態に料理する事ができる人はあまりいなかった。
それでも調理器具をプリンターで出して料理に挑戦する人はかなりいたが、失敗する人が続出。怪我人が出ても不思議がない状況なのだが、いつも近くにいるロボットが事故を未然に防いでくれていた。
包丁で手を切りそうになると、ロボットアームが寸前で腕を掴んだり、火事になりそうになると寸前で電気の供給を止めたり、お米を洗剤で洗ったりすると食べる前に廃棄処分にしてくれていた。
しかし、三原則に則って人間を守っているのは分かるけど、それならロボットが料理を作ってくれればいいのに……
そう思って試しにPちゃんに料理を頼むと『私に料理をする機能はありません』と断られるだけ……他のロボットも同じらしい。
そしてデータを回復できない情報省にはクレームが山のように押し寄せた。
もちろん、情報省も手をこまねいていたわけではない。
無事な記憶媒体をかき集めて、その中にデータが残っていないか探す一方、現物の料理を作れる人を集めていたのだ。
こんな時代でも料理を作れる人はいた。かつてあった料理人という職業はなくなってしまったが、これまでに無い新しい料理を作りだし、そのデータをネットで配信する料理作家という職業があったのだ。
そんな料理作家達や、趣味で料理を作っている人達と連絡を取ってデータの失われた料理を作ってもらい、それの三次元データをスキャナーで読みとりデータを復旧させるという地道な作業を私達は続けていた。
数日経って、カレーライスやパスタなどのデータは次第に回復していったが、数十人しかいない料理作家だけで何万種類もある料理すべてを再生するなど不可能に近い。
そこで比較的簡単な料理はレシピをネット上に公開して、料理を待ちきれない人には自分で作ってもらうことに……
そんなある日、私は一人の男性の家を訪ねた。
料理作家、
「それで、情報省のお嬢ちゃんは俺に何を作ってほしいのだい?」
お嬢ちゃん! 私は今年で二十四…… いけない。ここで怒っては……
「朝霞さんには、お節料理を作ってほしいのです。正月まで後二週間しかありません。それまでに……」
「いいじゃないか。今の時代、正月にお節料理がなくたって」
「そんな事言わないでお願いします」
「君は、なぜ正月にお節料理を食べるか知っているか?」
「それは……確か年神様をお迎え……」
「そういう事じゃない。正月の間は調理をしなく済むように、最初から日持ちする料理を用意していたんだ」
「はあ……そういう考え方もありますけど……」
「それで、今の時代はどうだ? 調理なんかしなくても、プリンターでいつでも出来立ての料理が出せる。それなのに、ワザワザ日持ちするお節料理をプリンターで出す必要があるのか?」
「そ……そんな事言っても……お正月はお節料理を……」
「そんな固定観念に捕らわれていてどうする?」
「それは……」
「そもそもどうして俺に頼みに来た? 他の作家でもいいだろう?」
「それが、レシピが残っていないのです」
「レシピが?」
「お節料理のほとんどは、数十年前に作られた物の三次元データを取った後、レシピはいつの間にか失われてしまいました。料理作家の人達は新しい料理は作れても、昔の料理の再現とかは難しいというのです。そこで食通の
どうしたのだろう? 突然朝霞の顔色が変わった。
「鶴岡さんの紹介で来たのか?」
「そうですけど」
「それを先に言え。で、何を作ればいい?」
「作っていただけるのですか?」
「鶴岡さんには借りがあるんだ。その紹介では断れない」
「ありがとうございます」
「ただ、あんたにも手伝ってもらうぞ」
「ええ。私で良ければ……でも、私、お料理をしたことは……」
「あんたの料理の腕など宛にしていない。食材の一部を調達するのに手を貸してもらう」
「食材はプリンターから……」
「数年前からデータが壊れていて、出力できなくなった食材があるのだよ」
「え?」
「今、それを手に入れるには、自然保護区に行って狩りをする必要がある。何年も前から狩猟の許可を申請しているが許可が下りない」
「あの……狩猟って……動物を殺すのですか?」
「当たり前だろう」
「そんなの可哀想です」
「あのなあ、可哀想なんて言っていたら人間は生きていけないんだぞ」
「それは……昔はそうだったかもしれないけど、今は……」
「今はプリンターがあるから、動物を殺す必要がないって言うのか? そのデータが無くなったから、また動物を殺して手に入れる必要があるのだろ?」
「それは……」
「そもそも情報省の管理が甘いからこんな事になったのだろう。食材のデータだってな、それを作るために動物を殺している。ただのデータじゃない。動物の命と引き替えに手に入れたデータだ。それは分かっているのか?」
「わ……分かっています」
「分かっているなら、食事の前に犠牲になった動物に感謝しているのか?」
そんな事、考えた事も無かった。
「狩猟の許可を……取ればいいのですね」
「そうだ。許可が下りなければこの料理は作れない」
「分かりました。上司と相談してみます」
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