振り返れば、そこに道は続いている。
なんよ~
☃振り返れば、そこに道は続いている。
「まもなく、野沢、野沢、野沢に到着いたします。」
私は冷え切った窓の冷気を感じながら、外の景色をぼぉーっと見る。それは一面銀世界の雪景色で、所々雪の塊のような大きなものも見える。
ただ、今の私は、この景色を見ても何も感じなかった。心はどこかに置き忘れていた。
☃ ☃ ☃ ☃ ☃ ☃ ☃ ☃ ☃ ☃ ☃
「21-1 で、勝者 ○○選手。」
一か月前、私の高校生活すべてをかけた大会は、あっけなく一回戦敗退という結果に終わってしまった。
私はただ茫然となり、その事実を受け入れられなかった。だが、周りの友達や先生を気遣い、平気なように振舞っていた。実際は大会が終わっても、未だ、そのショックを引き摺っていた。
「あぁ・・・。今までなんで頑張ってきたんだろう・・・。」
ふと、心のため息が出てしまう。そして、その本音に気付きながらも涙すら出ない自分がいるのを感じる。
あの時から、ずっと涙も笑顔もない無感情のまま過ごしている。
客観的に見れば、青春期特有の燃え尽き症候群であろうか、いや少し違う。燃え尽きてすらいないのだから、不完全燃焼症候群であろう。
「ハハハッ・・・、燃え尽きてすらいないのか。ハァ・・・。」
乾いた笑いと再びため息が出るばかり。
「次は鷲ノ巣、鷲ノ巣。鷲ノ巣に到着いたします。」
そのアナウンスでふと我に帰り、降りる準備をし始める。
電車は定刻通りピッタリに、駅のホームに到着する。
決められた場所に期待通りに正確に到着した電車。私とは大違いだ。一生懸命練習して、期待を背負って挑んだのに結果は、格上相手に完敗・・・。
そうますます負のスパイラルに落ちていきながら、駅員に切符を渡し、駅を出る。そして、鷲ノ巣駅発、多田野空港行きのバスの時刻表を見る。
「10:54か・・・。今はちょうど9時だから2時間ここで待つわけか・・・。」
なにもない田舎の駅、することといえば、じっと座っていることぐらいである。暇すぎるし、今のままだとより暗いことを考えてしまいそうだと思い、私はあることを考え、スマホで話しかける。
「多田野空港。」
「ポッピー」
可愛げな機械音と共に、スマホの画面に鷲ノ巣駅から多田野空港までの距離が出る。
5.6キロ、徒歩で大体1時間24分。その距離と数字に私の考えは確定に変わる。そして、呟く。
「歩くか・・・。」
なぜそんな言葉がでたのか、なぜそんな奇行に走ろうと思ったのか、自分でもわからなかった。
そんなに歩くことに意味はない。私も重々承知の上で、ただ待っているという行為から逃れるため、そして歩きたいという気持ちが狂った衝動を後押しする。
駅でトイレを済ませ、スポーツドリンクを買って、準備を整えて。
09時05分、出発。
意気揚々と鷲ノ巣駅から多田野空港まで、雪道を徒歩で歩く奇行が強行されるのであった。
☃ ☃ ☃ ☃ ☃ ☃ ☃ ☃ ☃ ☃
「うわぁ、人の気配がまるでない。」
出て早々、硬く凍った雪国特有の道を歩きながら、平日の寂れた商店街の中をズンズンと進んでいく。
悲しい哉、これが地方の現状かと憂いながら、歩いていく。足は動きつつも目線は営業している商店の様子を横目でチラチラと見ている。
着物屋さんや写真屋さん、それに家具屋さんなど、多種多様である。ただお客さんらしき人は疎らである。
でも、不思議なことに自動車は頻繁に横を通る。またこれも悲しき地方のクルマ社会哉って。そして、商店街の道もすぐ終わって、雪が冷たく凍った道を歩くことになっていく。
「嗚呼、滑る滑る。気をつけなきゃ・・・。」
足元に細心の注意を払いながら、歩く。
「パリパリ」
という亀裂音が足元から聞こえる。それは氷が踏まれて割れる音であり、雪国では当たり前に聞こえる音である。そして、何人もの足跡が残る歩道を歩いていく。
その横を「シャーーーーー」という音が何台も通り過ぎていく。この音は好きである。
そうして、身体が温かくなってきて、汗をかき始めた時には整備された歩道はなくなり、かわりに雪が車道との境目を示す様になる。
車が近くに居ない時は、歩きやすい車道側の道を歩いていくのだが、車が近づいてくると、シャーベット状のグシャリとしたところを歩きながら進む。
うーーーん、靴がなんか濡れるんよ~。
そうしながら、歩いているといろんなことが頭をよぎる。足疲れてきた。あとどれくらい歩くのだろうか。そろそろ目印の熊代川が見えてもいいはずだが、もしかして道を途中で間違えてしまったのだろうか。
で、時折スマホで位置を確認しながら、進んでいく。幸いなことに迷ってはいなかった。
次第に、雪道に足が疲労の痛みを訴え出してきて、その信号に頭は、どうして私は歩いているのだろうか。やっぱり引き返そうかなと考え始める。
「ああ、足痛い。疲れたムリゲーすぎるぅ・・・。ああ、つらい。」
でも、今さら引き返すのもなぁ・・・。と負けず嫌いな部分がその考えを紛らわせながら、それでも一歩ずつ歩いていく。
そして、道の先の方に橋らしきものが見えてくる。
その光景に、歩く意識が高ぶる。一歩。一歩。はるか向こうに見える橋、つまり、あそこが大体中間地点ぐらい。さぁ、頑張るぞ。
静かな古い住宅街を歩いて歩いて、歩くが、5.6キロ、舐めていた・・・。まさか、こんなにつらいとは思わなかった。足に疲労が溜まっていくが、それでも動かすしかない。一歩・・・、また、一歩と歩む。
ともあれなんとか、橋らしき場所まで辿りつく。下に見える川の音は冬でもサラサラと流れていて、疲れた心が癒される。その音を聞きながら、歩いてきた道中で、一番の滑りそうな橋の歩道をコケない様に進んでいく。
ふと、横を見ると一本の線が遠い向こうの方まで続いている。その線がまるで、銀世界を二つに分かつようで、これ以上進めば、もう後戻りはできないと知らせているようであった。
そんな感覚を覚えながら、それでも私は前へと進んでいく。目の前には、小高い山へと道が続いていたのである。足はヘトヘトで汗もだらだら、今まで以上に大変な道であることを感じさせる。
道の傾斜は、少しずつ急になっていく。周りの様相も住宅地から田畑らしきものへと変化していく。辺りを見渡すものの、公園らしきものはなく休むことさえできないということである。
ため息をつきながらも、また一歩、先に誰かが通った跡をなぞる様に進んでいく。だが、段々と先人達の痕跡がなくなっていき、ついに真っ白な道が僕の目の前に続いていく。
「あああ、もうつらすぎる・・・。つらい、つらすぎる・・・。」
その道は、滑りはしないが足元を冷たくしていき、それがずっと先まで続いている。
横を何度も「シャーーー」という音が通り過ぎていく。だが、今はその音に寂しさを感じる。世の中の冷たさとでも言うのだろうか、そんなものを感じる。
それに追い打ちをかけるように、終わりが見えない長い道に、感情がどんどんとネガティブな考えへと転がっていき、ついに足が止まる。
もう諦めてしまうか、泣き喚けば誰かが手を差し伸べてくれるのだろうか、いや誰も助けてはくれない。ずっと先の空港に辿りつかなければ終わらない。その悲惨な状況に泣きそうになる。投げ出したくなる。
なぜこんなにも惨めな思いをしている。だったら、最初からバスを待っていればよかった。なんと愚かだろうか・・・。見通しが甘かった・・・。
そう過去の自分を否定するかのような自己嫌悪の感情が、自分を責めて、責めて、責め続けていく。それにより、ギリギリまで踏ん張っていた自尊心が削り取られていくのを、嫌でも感じとりながらも責めることを止められなかった。
嗚呼、この感じ・・・。似ているな・・・あの時と。
そう枯れ果てていく中で心は感じる。そうだ、あの時の大会と一緒だ。どんどんと追い込まれていく試合に、僕は終わる前からどこか諦めていたんだ。
相手に一点、一点、入る度に自分を実力が足りないことを責めて、責めて、途中から投げ出して負けた。今も同じではないか、なんと不甲斐ないのだろう。
そう頭を下に向いて、それに従うかのように身体からどんどん力が抜けていく。
「ハハハ・・・、また投げ出すのか・・・。」
もう帰ろうかと今さらながら後ろを振り返り、その景色を見る。
目の前には、真っ青と白い景色が広がり、遙か向こうに街が見える。川が見える。橋が見える。
そして、今まで歩いてきた自分の足跡が見える。
その時、胸の中で何かが湧き立つ。忘れかけていた大事な感情が芽生え始める。その今まで何も感じなかった景色に心が感じて、芽吹き始める。
「今まで頑張ってきたじゃないか。」
そうだ、つらいと弱音を吐きながらも、歩いてきたじゃないか。そして、ここまで歩いてきたじゃないか。それを証明するかのようにその光景は今、目の前に広がっている。
あっ・・・、そっか。あの時もそうだったんだと気がついた時、自分の中で止まっていた何かが再び動き出す。
あの時の大会がすべてじゃない。今まで、好きで好きでやってきたことがすべて無かったことになるんじゃない。僕の人生という先の見えない道にちゃんと残っているんだ。
だったら、この見えない未踏の雪道を進んでいこう。
歩く。
歩く。
歩く、歩く。
足はヘトヘトの上にチクチクと冷たい。それでも、歩く。
大丈夫だ、まだ僕は終わってない。この試合は絶対に投げ出さない。
その意気に答えるかのように、遠くの方に青い看板が見えてくる。
多田野空港 1km
終わりは近い・・・。
さぁ、もう一踏ん張りだ!!
最後の力を振り絞りながら、真っ白で冷たい道を切り開いていく。自分だけの道標を残すかのように歩いていく。
諦めかけていた空港らしきものが見えて、どんどんと近づいてくる。ここまで、来たぞという、忘れかけていた達成感、充実感が沸々と湧きあがって、
ついに、空港が目前に迫ってくる・・・。
来たぞ、来たぞ、私はここまで歩いてきて、ようやく終点の空港に到着する。
そして、すぐに私は空港内にある自販機にかけより、贖って、炭酸飲料をグッっと飲む。
この時のコーラは最高の味であった。
ps.飛行機はやっぱり怖かった。
振り返れば、そこに道は続いている。 なんよ~ @nananyo
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