第二話 お嬢様と入学式
雲一つ無い晴々とした爽やかな空気。
春を迎えたばかりの四月は少しだけ肌寒いが、太陽が明るく元気に顔を出し、永続的にダイレクトアタックしてくる日光が丁度よくて気持ち良く感じているアリスお嬢と執事のシノン。
ドMかな? いや、ライフは特に削られていないからセーフ。
それにしても、これだけ心地良い朝を迎え入れられた事に執事である俺はとても喜ばしく感じてしまう。
なんたって今日は、アホスお嬢様……じゃなくてアリスお嬢様の入学式なのだから。
半歩後ろでアリスお嬢様の歩くスピードに合わせながら付いて行き、交差点の連続である住宅街を抜けながら学校に向かって行く。
俺は交差点に差し掛かる直前は前に出たり、青信号で渡る際は車や自転車が突っ込んでくる側に身を置いたり、歩道を歩く時も車道側に身を置いたりと実に紳士的なエスコートを自然に実行する。
ポイントはあくまでも自然に。あからさまに『やべっ、お嬢様を守っている俺カッケ! 見てる? 見てる!?』とアピールをしてはいけない。
執事にとってお嬢様を護衛する事は基本中の基本なのだから。
それに、そんなアピールをせずともお嬢様はきっと気付いている筈。
そんなきびきびとしたエスコートに驚いたのか、お嬢様はポカーンと関心の顔をしながら俺の姿をじっと見つめる。
「……あなたって、意外と紳士的なのね」
ほら! このアホ……アリスお嬢様だって気付くぐらいだから全国の男子達、自信を持とうね!
「あざっす」
「は?」
先程までの『見直したわ!』という関心した顔は一瞬で消失し、今は怪訝そうな顔で見つめてくる。
俺の言葉遣いに問題があったからだろう。
学校の校舎が視界に映ったところで俺は学校生活においての振る舞い方を伝える。
「そうでした。お嬢様に学校生活においてのご相談があります」
「相談?」
「はい。今はお嬢様と執事の関係ではございますが、学校生活においてはその関係を失効させて頂きたいのです」
「あら、何か考えでも?」
俺は迷う素振りをせず、淡々と答える。
「この関係が知れ渡れば学校中で大騒ぎになりかねません。そうなれば護衛も果たしづらく、何より貴重な学校生活が窮屈になる事が目に見えております」
「なるほど?」
「ですので、学校生活では執事としてではなく、あくまでも一般学生として、陰ながらお嬢様を見守らせて頂きたいのです」
学校にてお嬢様と執事が同学年で同じ学校に在籍しているなんて滅多に見られる事じゃない。
それを公にしてしまえば鳴り止まぬ怒涛の質問責めに遭い、羨ましがれ、好意を寄せ付ける者も多数発生してしまう事だろう。
年頃の高校生は何故かそういうロマンチックな関係に惚れ惚れとしてしまう傾向がある。(俺調べ)
そうなれば自ずと好奇心が湧き上がり、あれこれ調べ尽くそうとするけだものやみだらな者が犯罪手前まで詰め寄ろうとするんだよなぁ。(俺調べ)
今はスマホという便利な物が普及している為、そういったストーカー行為も容易いのかもしれない。
そうなれば汚れた手がアリスお嬢様を襲おうとする事も目に見えている。
お嬢様は中身はともかくとして、外見は容姿端麗である事は間違いないのだ。
だから極力、普通という名の平和の光が差す陰の中で見守りながら必要に応じて護衛を全うしたいのだ。
たまたまなのか、俺の意図を汲み取る事が出来たお嬢様からこんな追案を申された。
「なるほど。なら、私もただの一般学生として在り続けた方が良いという事ね」
おお! お嬢様、よくぞご理解頂けました!
「左様でございます、お嬢様。……ご協力なさってくださるのですか?」
「ええ、勿論よ。その方が私も気楽でいいわ。……それに」
最後何かを言いかけると、途端に暗い雰囲気に移り変わる。
その表情は影に覆われていて伺う事は出来ない。
続きの言葉を黙って待ち続けていると、お嬢様は小さく横に首を振り、明後日の方向に目を向ける。
「……いいえ、何でもないわ。それより早く行きましょう。遅刻するわ」
「あ……はい」
陰鬱で重くなりそうだった空気から逃れるように、お嬢様は少しだけ歩くスピードを早めて学校の正面入り口に吸い込まれるように向かって行く。
俺はその姿に一瞬だけ呆けてしまい、少しだけ距離が開いてしまう。
今のお嬢様の後ろ姿は何処か寂しそうな、悲しそうな、自信がなさそうな頼りない背中をしている。
きっと何かの見間違いだろうと俺は首をブンブンと横に振り、勝手な憶測で判断づける事をやめた。
そして、開いてしまったその距離を直ぐに縮めようと、俺は嘆息ついて小走りで追いかける。
「全く、誰のせいで遅行しそうになったんですかね……」
お嬢様が日焼け止めを塗りに部屋に戻って行ったのを思い返す。
想像以上の日差しに、俺も日焼け止めを塗ってくれば良かったなぁと、眩しそうに後悔するシノンであった。
★
直ぐお嬢様に追いついた俺は、校舎入り口に貼られたクラス分けのA1サイズの紙を目にし、自分がどのクラスにいるのか指でなぞるように探す。
つー、と探していくと、ようやくシノンという名前を見つけた。
「あ、あった! ……えぇっと、十組か」
クラス分けの紙は十組まで掲載されていた事から俺達の学年には十クラスある事が分かる。
自分のクラスが何組か分かれば後は教室を探し、自分の座席に着席して待機するだけ。
本来ならスススッと人混みをすり抜け、『お嬢様、おっ先〜!』と嘲笑ってやりたいところだが、そうはいかない。
俺の隣で小難しい顔をしながら未だに自分の名前を見つけられていないアホのお嬢様がいる為だ。
今は十組の所を指でつー、と探している。
え、ちょっと待って。十組より前で見つからなかったら同じクラスって事になっちゃうんですけど?
女の子とラブラブし辛くなっちゃうんですけど?
そんな不安を内心抱いているうちに、お嬢様は十組の最後の名前まで探し終えると、探し上げていた指をだら〜んと落とした。
足元を見ているかのように俯くその顔には絶望が浮かび上がっている。
「……ない」
「え、胸がですか?」
「違うわよッ!!」
「イタぁッ!」
お嬢様のゲンコツ!
シノンは、ゲンコツを喰らった。
クリティカルヒットで100のダメージ。
目に涙が浮かび、頭にぷくっーと腫れあがったタンコブを優しく撫でるシノン。
戻れ! シノン! という呼びかけは勿論なく、モンスターボールで休めないまま、残ったHPでこの場面をやり遂げるしか無くなってしまう。
「何がないんですか?」
おっぱい? バスト? それともボイン?
「……私の名前が、ないのよ……」
お嬢様の体は恐怖に怯えているかのようにブルブルと震えている。
「えっ……マジですか?」
「……ええ。マジよ」
おいおい、そんな事あんのかよ。それはもはや向こうの制作ミスだろ絶対。…………いや、待てよ?
「お嬢様、本当に名前がなかったのですか?」
「え、えぇ。ちゃんと探したわ」
「なるほど。……謎は全て解けました」
「え、ナニ? どういう事?」
本来なら謎解きはディナーの後にするものだが、俺は瞳を閉じて腕を組む。
後は、わざと酔っぱらっているかのようにヨレヨレになってそこら辺のベンチに座れば眠りのシノンの完成だ!
でも今回はタイミングを逃してしまっているので、普通にやらせて頂くとしよう。じっちゃんの名にかけて。
俺はピーンと人差し指を立て、顔をキリッとさせながら謎を解明する。
「お嬢様は、そもそも合格していなかったのですよ」
「合格しているわよッ!!」
「イッタぁぁ!」
お嬢様のゲンコツ!
シノンは、ゲンコツを喰らった。
クリティカルヒットで100のダメージ。
シノンはこらえる。
なんとかHPを1残したシノンにお嬢様は鞄の中からヒラヒラと一枚の合格書を押し付けるように見せつけてきた。
それは紛れも無く、光陰高校の合格書だった。
ちゃんと学校の印も押されているし、アリスと明記されている。
そんな動かぬ証拠を出され、俺の推理は間違っていた事に気付かされる。
ごめん、じっちゃん。
「……まだ時間はあります。もう一度、一緒に探してみましょう」
「うん……」
あら、さっきはゴーリキーみたいに凶暴だったのに、今のしゅんとした姿は落ち込んでいるイーブイみたいで可愛いじゃない!
その方が男子受け良いと思うよ! 知らんけど。
そんな愛くるしい姿を見せられたら、シノン頑張っちゃうぞ♡
そんなわけで、二人によるアリスゲーム(クソゲー)が開幕された。
ルールは簡単。先に『アリス』と明記してある名前を見つけた方が勝者となる。
––––––勝利を手にするのは、一体どちらか!?(CM)
「…………あの、お嬢様」
「何よ」
俺は無言で目を細めながらとある名前を指でなぞるように視線を促す。
そこには『アリス』と、しっかりはっきりくっきり明確に鮮明に明記されていた。
「……………………」
「……………………」
シノンの顔には『これ、お嬢様の名前ですよね? ア・リ・スと書いてありますよね? 文字読めますよね?』と威圧感を出している。
お嬢様は自信満々に『ちゃんと探したわよ』と発言しておられたので、その事が返って自分を羞恥に追いやられていた。
ほら! 顔がみるみる赤くなっている!
「……そう。––––––で、私は何組なのかしら?」
それを誤魔化すように、自分が何組なのかを確認する。
「……十組…………ええッッ!?」
その驚きが何を指しているのか俺は直ぐに察してしまう。
だってお嬢様、さっきから俺と紙を見ては逸らす、見ては逸らすをリズム良く繰り返しているんだもの。
リズム天国でもしているのかい君は?
「……クラスまであなたと一緒だなんて」
「それはこちらの台詞です。クラスでもお嬢様のお世話をしなくてはならないなんて……」
くそっ! 俺の考えていた『別クラスだからそこまで面倒見きれないゾッ☆今こそ、我に自由を(天を仰ぐ)』作戦がこうもあっさりと封じられてしまうとは!
だが、こればかりは運との勝負。何も文句は言えん。ぴえん。ぴえ〜ん(泣)
俺は運に敗北したのだ。俺の脳内でもレッドドッグから『敗北者じゃけぇ!』と告げられた気がする。
レッドドッグ、辛そう……。マグマみたいに。
そんな俺の横で大将の座を奪えるんじゃないかと思わせる程、赤い怒りのオーラが滲みでているお嬢様が君臨していた。
やだ! 殺さないで!
「なによなによ! あなたの面倒がなくたって平気よ! このっバカ! バーカ! バカ執事! シノン!」
こらこら、人の名前を悪口扱いするんじゃありません! めっ!
「ほお〜っ? 言いましたね? 言いましたねお嬢様! では、お言葉に甘えてスマホゲームに熱中させてもらいますからね!? ダメだけど!」
光陰高校は校舎内における携帯の使用は禁止されておるのだ。(怒)
「ええお好きにどうぞ! スマホでもオ●ホでも何でもすればいいじゃない!」
「ちょっとお嬢様!? 下品ですよ!? ––––––はっ」
俺は今更気づいてしまう。
お嬢様との白熱の答弁で周囲を気にせず、ついいつもの口調になってしまっていた。
俺が不安気な顔をしているとお嬢様も察したのか、二人揃って恐る恐る周囲の声に耳を傾け、その囁き声の内容に恥ずかしさを覚えて俯いてしまう。
「ねぇ今聞いた? お嬢様だって」
「うん、聞いた聞いた。あと執事、とか言ってなかった?」
「あー言ってたかも〜。え、もしかしてあの二人って……そんな関係!?」
といったように、俺達の関係に核心をつくヒソヒソ話が鳴りを止まないでいた。
見事的中しているヒソヒソ話は俺達に冷や汗をかかせる。
俺達を中心に囲んでいるその光景はまるで虐めに遭っているかのようだ。
実際、居心地が悪いのは確かだけど。
今直ぐこの空気を何とかせねば! と、使命感が頭の中を過ぎる。
そんな対策も、俺程のインテリであれば直ぐに思い付く。
俺は重たい口を開き、お嬢様に振り向いてビシッと指を向け、わざとらしくバカにしたような口調で告げる。
「あれれ〜? お坊さまッッッ!! 今日は可愛らしいカツラを被っているのですね〜」
不自然に『お坊さま』の部分だけを強調して声を張るシノン。その言い草に、お嬢様は首を傾げ、頭の上にはてなマークが大量に浮かんでいる。お嬢様ははてなでも栽培しているのかな?
そんなアホのお嬢様に俺は耳打ちでこしょこしょと話す。
「誤魔化しですよ。似た言葉を強調して誤魔化すんです!」
「え、……え?」
俺がお坊さまの部分をわざと強調したのは、お嬢様とお坊さまを聴き間違えたんだよお前らは! と思わせる為だ。
その意図をようやく理解したのか、お嬢様は俺の作戦に乗り始める。
「……は、はぁ〜!? カツラじゃないです〜! ちゃんとした地毛です〜! 羊ッッッ!!」
いや、下手くそか!
「羊!?」
「そうよ! いつも寝言でメェーメェーうっさいのよアンタは! だから羊よ! ひーつーじ! このっ、羊ぃ!」
おいおい、何回羊になればいいんだよ……。そんなに羊ばっかり言っていると、夜眠れなかった時に一匹二匹と出てきちゃうぞ?♡
そんな子供じみた低レベルの争いに効果があったのか、周囲でヒソヒソ話をしていた連中は溜息交じりにその場を後にして行く。
「なーんだ、うちらの聞き間違いか」
「さすがにお嬢様と執事はないかー」
「でもっ、お坊さんと羊って(笑)……ププ」
高校生らしからぬ低レベルの争いを多くの前で晒してしまったのは頂けない。
それでも、お嬢様と執事である事を知られなかったのは大きい。
今回はそれに免じて、綺麗さっぱりと水に流す事にしよう。
「ねぇあの二人、もしかして同棲しているんじゃない?」
「それ思った! だって寝言が聞こえるって一緒に住んでいるって事だもんな?」
そんな会話をしながらモブ男女二人は俺達の前を過ぎ去る。
そんな会話を耳にしてしまった俺達は頬に朱色が浮かび上がる。
「おじょ……お坊さまのせいですからね?」
「……メェーメェーうるさいわよ? 羊」
それだけ言い残し、足早と校舎内に入って行くお坊さま。
心なしか、その背中からは元気を取り戻したかのように、いつものお嬢様であるように感じてしまった。
俺はその姿を見て、思わず頬が緩む。
……う〜ん、あのお坊さまも流れないかな?
★
「おい、羊。教室が何処にあるか分かるかしら?」
「お坊さま、先程自分で言った言葉をもうお忘れですか? ニワトリですか?」
下駄箱で上履きに履き替えた俺達。
そんな俺達には自分達の教室に向かうというミッションが残されている。
まぁぶっちゃけ(笑)自分の教室の場所ぐらい(笑)案内板を見れば一発で分かるんだけどね(笑)
実際に俺達の他のみんなも案内板を見て、『二階の奥かー』とか『突き当たりを右に曲がっての所か』とか『階段上がって直ぐ左の手前か〜』とか一人で呟く者もいれば、友人と話しながら自分の教室に向かっている。
そんな中、一人だけ『う〜ん』と首を傾げながらなぞなぞを解いているかのように難しい顔をしているおじょ……え〜、アホスじゃなくて……そう! お坊さまがいた。
その隣で訝しげな目を向けているのがラーメン、つけ麺、僕イケメンの羊だ!
どんな羊だよ……。
未だに自分の教室が何処にあるのか、何処をどう進んだら良いのか分からない様子のお坊さんに俺は声をかけずにはいられない。
だって! 俺達の後ろを通り過ぎて行く人たちの視線が痛いんだもの!
そんな自意識過剰のオス羊はお坊さんに向かって付いて来い! と手で促す。
「ん」
反応が遅れて俺と三歩程離れた距離を直ぐに縮めようとテテテッと小走りで寄って来る。
やだ、可愛いぃ♡ 俺に娘が出来たらこんな気持ちなのかしら。
そんなお父さん心を擽られながら階段を上がっていく俺の横に立ったお坊さんは不思議そうな顔で俺の顔を覗き始める。
「場所、分かったの?」
「はい。とっくに」
「むぅ!」
頬を膨らましながらプンプンしている隣人はさておき、俺は少しだけ声のボリュームを下げて話す。
「いいですか。学校では普通の学生同士という事で振る舞うのですよ?」
「分かっているわ」
「その為にも、名前を呼ぶ時は呼び捨てにしましょう」
すると、お坊さんは顎に手をやりながら考える素振りを見せる。
「どうかしました?」
「えっと……羊って、羊のままでいいのよね?」
どうも、羊です!
「いや、そっちじゃなくて、シノンの方です」
「あ(笑)そっちね。さっきまで羊だと思い込んでいたから、つい」
どうも、羊です!
細めた横目でじーっと向けているとお坊さんは続ける。
「じゃあ……。私の事は……アリスって、読んでもいいわよ。……言っておくけど、学校限定だからね!」
頬を赤く染め、声が無駄に高まっているお坊さん。
おお、これがツンデレってやつなのか!? 悪くないな!
「いえ、元々そういう作戦なので……」
初めから学校限定の作戦。やはりアホス。
「……あ、そうだったわね。まぁ知っていたけど」
いや、最初の『あ』で嘘だというのがバレバレだぞ〜。俺平仮名一文字で相手の嘘を見破るなんて人生で初めてだわ(笑)
「なので今までと違い、無礼のように感じてしまう所があるかもしれませんが、ご了承下さい」
軽くペコリと頭を下げる。一応、お嬢様だからね! 一応!!
それを一瞥したお坊……じゃなく、アホス、でもなく、……そう! アリスはお嬢様らしくバサっと髪を靡かせる。
「ええ、宜しく頼むわ。……シノン」
「あ、えっと。宜しくお願いします。……アリ、ス」
お互い表面上はクールで口にしないものの、内心『超恥ずかしいぃぃぃぃぃぃ!!』と悶えていた。
だって! 名前で呼び合った事ないんだもん!
これがお嬢様と執事の初めての呼び合い。初めての体験。初めての、感覚。
俺は頭の中で、『さぁさぁ! 味わいの方は如何かな!?』と、食レポに味の感想を聞く場面を思い浮かべ、俺はその質問に対して顔を萎れさせながら答える。
––––––甘酢っぱいデス!
★
無事、二回にある俺達の教室に着いた。
初めはアリスによるハプニングで時間を割くこともしばし、ラーメンでもあり、つけ麺でもあり、イケメンでもあるこの俺様によってスムーズに事を運び、時間を取り戻す事が出来た。俺、食われちゃうのかよ。
自分の座席も確認し、暫く待機していると誰かも分からぬ教師がクラス毎に固まって体育館に集合するようにと命じてきたので、今は教師が先陣を斬りながら体育館に移動中である。
体育館に向かって行く途中、同級生なのかゾロゾロと同じ方向に歩みを進める学生同士が合流し、廊下はやや詰まり気味の様子だった。
それでも時間が経つにつれ徐々に進んで行き、ようやく体育館入り口に到着する。
外にまで響く賑やかな楽器の演奏にパチパチと高い拍手音が鳴り止まずにいる。
やや胸が高まる感覚に陥りながらも、俺達は体育館に足を踏み入れる。
中に入ると、体育館には大勢の人達が俺達を迎え入れてくれた。
教師や先輩、吹奏楽部、光陰高校に関わる役員達。
どれも見知らぬ顔で、自分が凄く見られているという自意識が反応してしまい、何処に視線を向けたらいいのか分からず、恥ずかしながらも取り敢えず誰も映らない所に視線を向けておく。
前方には綺麗に並べられた大量のパイプ椅子が用意してあった。
そこまで俺達を案内し終えると、教師は俺達に来た順に奥に詰めて座るよう伝えてくる。
それに従い、俺達も流れに沿って前の人に詰めて座って行く。
俺はアリスと隣で歩いていたからか、隣り合って座る事になってしまった。
何処か窮屈そうに座る俺を無視するかのように、間も無くして入学式の開始である挨拶がとり行われた。
★
俺は強く、強く心の中で願い続けた。
今は周りの目もあって祈りのポーズをする事は出来ないが、代わりといっちゃあなんだが、椅子に座って太腿の上に置いてある拳に願掛けを強く念じる事に。
その念が強く働いている為か、怒りをグッと堪えているかのようにプルプルと拳は震えていた。
一体、何を願っているのかって? 直ぐに分かるさ。
入学式の司会を担当する者がマイクを手にし、次のプログラムに進めようとする。
「続きまして……」
来るぞ……来るぞっ……。
「校長先生のご挨拶」
キターーーーーーーーーー! 学校のプログラムに必ずといってもいいぐらい組み込まれる運命のご挨拶!
高確率でどうでもいいと思っている人が多数いるであろう校長先生のご挨拶の一番の原因は、中身が堅苦しくてつまらないというのもあるが、一番の原因はその長話によるものだろう。
つまらない話を長々と語られるほどつまらないものはない。やだ、あまりにもつまらないから二回言っちゃった!(追い討ち)
でも、話している側ってつい語り口調になってしまいがちで、その優越性の心地良さに浸ってしまい、気付いたら長くなってしまっていたという事はあるんだよなぁ。分かる分かる。
ほら、自分の好きな事を語ると長くなっちゃう事あるでしょ?
校長の長話もそれに似ているんだと思う。
とにかく校長先生は内容はどうであれ、手短に終わらせる事を意識した方がいいと思います! 長くても三分ね!
まぁ色々文句は言ったものの、この校長先生のご挨拶には当たり外れがある。
長々と話す人もいれば、手短に終わらせる人もいる。
前者は悪であり、後者は善。
決して校長が悪いという事ではない。長話をする校長が悪いのだ。
だから俺は、希望は捨てないでいた。最後の最後まで諦めない。精一杯、やれる事を尽くす! 今の俺に出来る事……それは、校長先生が後者である事を強く願う事だけだ! 一人はみんなの為に! みんなは一人の為に! みんな! 俺に力を貸してくれええええええええぇぇぇぇぇッッッ!!
––––––三十分後。
燃えたよ……。
まっ白に……。
燃えつきた……。
まっ白な灰に……。
……バリッバリッの前者じゃねぇか。
灰になっているのは俺だけではない。
アリスも、他の教師や先輩達、吹奏楽部、光陰高校に関わる役員達も同じく灰になっている。
一向に終わる気配を感じられない校長のスキル『鳴り止まぬ拷問』は聞いている者だけではなく、空気や思い出も灰色に染め上げていく。
息を吹きかけるだけでその灰は砂のように吹き消されそうだ。
周囲の人達にチラッと目を向けると、心なしか『はよ終われ』と顔に出ている気がした。
俺は溜息混じりに教壇の前でペラペラとイキイキしながら語り尽くそうとしている校長先生を疲れ目で見上げる。
今も手振りを大袈裟に動かし、演説でもしているかのように熱中している。
俺はもう諦め、ふと先程のテンプレ台詞を思い出す。
一人はみんなの為に、みんなは一人の為に……。いい言葉だ。
その言葉は、今の俺達、今の校長先生にぴったりな気がした……………………。
––––––BAD・END。
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