第138話 王都での、戦いの始まり

 それとほぼ同じ時間。

 メイルを隊長とする冒険者達は王都の大聖堂を中心に最大限の警戒をもって警備にあたっていた。


 この聖都はウェレン王国の王都である以上、どこも重要な場所であるのだが、その中で最も重要だとされているのが大聖堂だ。


 年に一度の巡礼祭。ということで信者のだれもが教皇様と共にしたいと声を上げている。



 しかし希望する信者たち全員を近くはない聖地に巡礼させるには、馬車も警備の人も足りない。


 が、信者たちは何とかして聖なる日に大天使への祈りをささげ、信仰心を表わしたいという人は多い。


 特に巡礼祭に連れていくには格が足りないが、自宅や最寄りの教会で祈りを済ませるだけでは済まないという人が中堅貴族などのそこそこ位が高い人は多数いる。


 そんな人たちは少しでも信仰をささげようと大聖堂でお祈りをする。

 おのずとこの大聖堂にはこの国でも重要な人たちが集まってくる形だ。



 先日の冒険者たちと教会で話し合った中では、熾天使たちが襲ってくるかもしれないということで、要人たちに大聖堂への礼拝を中止するという案もあったが、これは取りやめとなった。




 ゆえに、冒険者たちは大聖堂やその周辺に隠れたり一般人に変装したりして配置についている。


 レディナ達三人の待機所は大聖堂の四階から飛び出した、石造りの場所。

 目から上の部分だけ外へ飛び出し、街に異変がないか観察している。


「ふぅ、外に居るだけで凍り付きそう。寒いね、レディナ」


「そうねレシア」


 普段はステファヌアが信者たちに向かって演説をしたり、言葉を発したりする場所。それだけに見晴らしもよく、ここなら街中が見渡せる。


「うう、風邪ひいちゃうフィッシュ」


 ハリーセルは体を震わせながらつぶやく。鼻からはうっすらと鼻水が垂れていた。

 当然だ。この大聖堂はこの街で一番高い建物。

 よって風がさえぎられることなく、北からビュンビュンと当たっているのだ。


 寒いと感じるのはハリーセルだけではない。レディナとレシアも、寒さに体が震え、身を寄せ合っていた。


「しょうがないわね、中で温まってきなさい。見張りならしばらく、私がしているから」


 隣のレディナが気を利かせるが、ハリーセルはぶんぶんと顔を横に振る。


「そんなことできないフィッシュ。みんな頑張っているフィッシュ。だから私も頑張るフィッシュ」


 強がるハリーゼルを、レディナが優しくなだめる。


「じゃあ、しっかり頑張りなさい。けど無理は禁物ね」


 そしてレシア。右手をほっぺに当てながら、キョロキョロと街を見ている。


「フライ達は、大丈夫かな……」


 心配だった。フライ達が。今頃敵から襲撃を受けていたらと思うと居ても立っても居られないと感じるのだ。

 すると、レディナがレシアの肩にポンと手を置いて言葉を返す。


「わからないわ。けれどやれることはある」


「何?」


「自分たちの役割をきっちり遂行して、フライの負担を減らすことよ──」


「そうだね。わかった」


 柵に置いたレシアの拳が自然と固くなる。


 思えばレシアがフライから離れるのは初めてのことだ。

 ちょびっとだけ、さみしい気持ちになる。


 それでも、フライの足を引っ張るわけにはいかない。彼のおかげで、自分はこうして戦えるのだから──。自信を取り戻せたのだから──。


(大丈夫。僕は絶対に、最後まで戦う。みんなの力になる!)


 自然とレシアの握りこぶしが強くなる。強い覚悟を決めた表れだ。

 そしてレシアが警戒して街に再び視線を送った、その時だった。


 ドォォォォォォォォォォォォォォォン──。



 その大きな爆発音。すぐに街の方に視線を向ける。


「あれフィッシュ。東フィッシュ」


 ハリーセルが指さした先。街の東側のエリア。爆発音の後に大きく黒い煙が立ち、悲鳴の音がこっちまで聞こえていた。


 そして誰かが階段でこっちに駆け足でやってきた。


「皆さん!」

 長身で、タキシード姿。ボーイッシュで、槍を持った人物。

 三人とも声から、それがクリムだとすぐに理解。



「じゃあ、私達。行ってくるわ──。メイルは、ここで待機していて」


「やはり、そうなりますか──」


 メイルの表情がどこかけげんなものになる。どこか不満を抱えている様子だ。メイルは、自分がここにいて、周囲の人が必死に戦っているという状況が嫌なのだ。


 レディナの判断は間違っていない。いくら何かあったからといって全員がそこに向かっていったら他が手薄になってしまう。


 だからこの大聖堂にも戦力は残しておいておかないといけないのだ。

 そして戦力として計算でき、それに最もふさわしい人物が──。


「そうですね。ここの人たちに、指示も与えなければなりませんし──」


「頼むわ。こっちは任せて、メイルは大聖堂の警備を」


 そうメイルだ。というか彼女以外にいない。

 こっちにたくさんの兵士や冒険者を抱えている以上、指示役が必要だからだ。

 どこか残念そうな表情で言葉を返す。やはり、自分は戦わず、周囲だけが必死に戦うという状況が許せないのだろう。


「了解です。皆さん、ご武運を祈ります」


 そしてレディナ達は戦場に向かっていく。

 メイルはその姿を見て、心の中でささやいた。



 絶対に、自分の役割を果たすと──。

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