暗夜異聞 華散る里にて…

ピート

 

「今回の任務、俺達だけで充分じゃないか?」面倒臭そうに男が話しかける。

「ガジー!声が大きいよ」背後を気にするように相棒らしき女性が戒めた。

「ビスケス、気にするなよ!魔女だかなんだか知らねぇけどよ、こんな嬢ちゃんの手ぇ借りる必要があるのか?事前調査でその村にあるのはわかってんだろ?」ガジーと呼ばれた男は不機嫌そうに言い放った。

「ガジー!申し訳ないです、ロゼリア……」ビスケスはふりかえると深々と頭を下げた。そこには、ガジーが言うように少女にしか見えない女性が立っていた。

「何、気になんてしないさ……いつの時代にも己を過信する坊やはいるものだからね」そう言うと優しく微笑んだ。あどけないというより、妖艶という言葉がピッタリの笑顔だ。ビスケスはロゼリアの気にのまれたのか、背筋が凍るのを感じた.


ふと、ビスケスはロゼリアのプロフィー ルを思い出した。

彼等が所属する調査機関にはおびただしい量のデータファイルが有り、国籍と人名を入力するだけで、個人データの大半を知る事ができる。

今回の任務にゲストが参加する事が決定した段階で、ビスケスとガジーの二人にはロゼリアに関するデータファイルが手渡された……正確には一枚の紙片でしかなかったが、そこにはこう記されていた。

氏名 不明 通称ロゼリア

年齢 不明 一番最古の記録は二世紀前のもの有り、同一人物の可能性有り

国籍 不明 現在はK国に在住

備考 

今世紀最大の魔女 依頼達成率100%

注意事項 依頼人を殺害する事例有

呼び名は数多く有るが、それが彼女の能力に関係付けされたものかどうかは不明


記されていたデータは、僅かそれだけのモノでしかなかった。ロゼリアという名も本名ではないというのだ。

ロゼリアとの会話、外見からは年齢などわからない。外見はまだ幼さの残る少女にしか見えないのに、口調は年老いた老婆のそれなのだ。

ロゼリアという存在にビスケスは何か恐ろしいモノを感じていた。

それに対して、ガジーは外見で判断しているのか、ロゼリアに対して敬意の念といったものはないようだ。挑発的な態度ばかりとって、ビスケスに何度も叱咤されていた。

「ビスケス、目的の村はまだなのか?」先を歩くガジーが叫ぶ。どうやら彼は隠密行動という事を理解していないようだ。

「ガジー、何度言ってもわからないなら、帰ってもいいのよ?それとも、ここで夜を明かしたいのかしら?」射抜くような視線がガジーに突き刺さる。


「わかったよ、ビスケス。そう怒るなよ、な?」巨体を丸めると手を合わせ頭を下げる。

「謝るなら私じゃなくてロゼリアに謝るんだね」吐き捨てるように言い放つと先頭を歩き始めた。

「すまない、ロゼリア……こんな辺鄙な場所に飛ばされて、少々苛立っていたみたいだ、失礼を許してほしい」ガジーは初めてロゼリアに頭を下げた。

「何、かまやしないさ。それに私はこの場所だからこそ依頼を引き受けたんだからね」ロゼリアが妖しく微笑む。

「極東の島国の、それもこんな山奥の村にかい?」驚いた顔でロゼリアを見つめる。

「どうしたんだい、坊や?私に惚れたのかい?」

「申し訳ないが少女趣味はないさ。こんな所に来たがる、物好きがいる事に驚いただけだ」

「坊やには、この場所の良さがわからないだけさね。見てごらんよ、この桜を……こんなに満開の桜のトンネルを歩けるんだからねぇ」そう言うと嬉しそうに笑った。その表情は魔女と恐れられている者のそれではなく、無邪気に花を見て喜ぶ少女の微笑みだ。

「なあロゼリア、失礼を承知で訊ねるんだが、本当に貴方が『魔女ロゼリア』なのか?」

「見た目で判断するようじゃ、やっぱり坊やだねぇ」

「俺の目に映る貴方は、ただの子供にしか見えない。知識が豊富なだけで大人になりたがってる子供にしか」

「困った坊やだ」ニッコリ笑うと、右手をガジーの方に向け、軽く押すような仕草をした。その刹那、ガジーの巨体が弾け飛ぶ。

「ナッ!?」慌てて受身をとろうとした時、ロゼリアは何かを掴むようにして右手を曲げる。その動作に反応するように、桜の木に当たるギリギリでガジーの体は引き戻された。

「納得したかい?まだ信じられないなら、今度は岩に叩きつけようか?」何事もなかったように淡々と話しかける。

「数々の非礼をお許し下さい、ロゼリア」ガジーは深々と頭を下げた。

「ものわかりのいい坊やで良かったよ。桜の木の下に死体を転がすなんてのは、趣味じゃないからねぇ」ロゼリアの言葉にガジーは初めて恐怖を覚えた、この女は得体がしれない。任務を早急に済ませて、早々に別れた方がいい、改めて認識した。逆らう事は死を意味すると……。


「ガジー、目的地に到着したわよ」三人の目の前にまばらだが、民家が建ち並んでいる。

「車も通れないような道しか通じてないが、思ったよりは、住人がいるようだな」

「坊やは本当に素直だねぇ。よく見てごらんよ、実際に今も誰かが住んでる建物はわずかだよ」小馬鹿にするようにロゼリアがつぶやく。

「さてと、目的地に着いた以上、依頼を果たさないといけないねぇ。あんた達を『神竜石』と呼ばれてる石の場所まで案内すればいいんだったね?」

「ええ、お願いするわ、ロゼリア」ビスケスの言葉を確認すると、草むらから小さな石を拾い上げ、語りかけた。

「路傍の石よ、長き年月にわたり見聞きした知識を私に分けておくれ『神竜石』と呼ばれるモノの元に私を導いておくれ」言葉に応えるように、石は手のひらから転がり落ちた。石は青白く輝きながら転がり続けた。重力など無視するように、三人の目の前を転がり進んでいく。

「さぁ、石の後を追うだけだよ。何してんだい?行くよ」ロゼリアは先頭に立つと石を追いかけ始めた。

「ロゼリア、一体どういう仕組みなんだい?」

「何がだい?坊や?」

「石が転がる仕組みさ」

「科学とは違う体系があるだけさ。石はそれに従い動いてるだけだねぇ。科学では何年かかってもわからない事さ」

「ふぅん、俺をブッ飛ばしたり、引き戻したのもか?」

「そうだよ、坊や。ほら、石がいっちまうよ」石は道なき道をどんどん進み、村から離れた丘を目指しているようだ。ガジーは慌てて石の後を追いかけた。

ビスケスは二人の会話を静かに聞いていた。ロゼリアという存在に対して警戒心を解く事ができないからだ。

「どうしたんだい、お嬢さん?私が怖いのかい?」心を見抜くように話しかける、妖艶な笑みを浮かべたままで・・・。

「そうね、私は貴方が怖いわ。任務を早急に果たして、貴方と一刻もはやく離れたい」正直に本心を話した。

「おや、ずいぶんと素直なお嬢さんだねぇ」

「貴方なら心を読んでいても不思議じゃないもの、隠すのが馬鹿らしいわ」

「それなら早く石を追うんだね」寂しそうにロゼリアはつぶやいた。 うっそうと茂る草むらを抜けると、誰かが手入れしているのか、ひらけた場所に出た。広場のようにも見えるその場所には大きな岩が見える。

「ビスケス、アレか?」ガジーは岩を指差すと、拍子抜けと言わんばかりの顔で二人を見つめる。

「ロゼリア『神竜石』は目の前のアレでいいのかしら?」

「そうみたいだね、私の仕事は終わり。後は好きにさせてもらうよ」二人がどうするのか見学するとでもいうのか、手頃な岩にロゼリアは腰をおろした。

「さてと、俺達も任務を完了させて帰ろうぜ」ガジーが岩に近付こうとしたその時、閃光が彼を襲う。

「!?」ギリギリで閃光をかわしたガジーは放たれた場所を確認する。

「?ロゼリア?どういうことだ?」怒りをあらわに問い詰める。

「わからないのかい、坊や?その岩をあんた達が調べるのは嫌なんだよ。 案内はしたんだ、好きにさせてもらうよ」光の槍がロゼリアの頭上に現れると、二人に刃を向けた。

「ロゼリア、私達の任務は初めからわかっていたハズでしょ?今になって、何故?」困惑気にビスケスが訊ねる。

「あんた達、何か勘違いしてないかい?私は『魔女ロゼリア』だよ?その時の気分で動くに決まっているじゃないか」冷たい微笑みを浮かべると光の槍を二人に向け解き放つ。

「あきらめて帰るんだね。それとも、桜に抱かれて眠るかい?」光の槍は無数に現れている。

「何故、邪魔をするんだ?」ガジーはナイフを抜き構える。

「坊や、およし。そんなモノが役に立ちゃしないのは、わかっているだろう?」

「だろうな。だが任務を放棄するワケにはいかないんでな」

「ロゼリア、やっぱり貴方の存在は消しておくべきのようね」ビスケスはベレッタを手にすると銃口をロゼリアに向け構える。

「おやおや、素直にきいてくれると思ったのにねぇ」残念そうに首を振ると全ての槍を解き放った。あらゆる方向から二人の体を光の槍が貫くかにみえた。

「特殊装備をしてきたのは正解だったようだな、ビスケス」

「そのようね、ガジー」切り裂かれたコートの下から漆黒に染められたジャケットが見える。

「対 魔導用装備かい?さすがに科学装備だけでは私に依頼はしないか。久しぶりに楽しめそうだね。確かめてあげるよ、坊や達が探求者になりえるかどうかを ね」轟音と共に大地から地竜が姿を現すと、ロゼリアを頭に乗せ、二人に襲いかかる。ロゼリアの頭上には、先ほどと同じように、光の槍が無数に浮かんでい る。

「ビスケス!分が悪すぎるぜ!」ガジーはナイフで光の槍をさばいていく。

「集中する時間を少し作ってよ!」ビスケスは瞳を閉じると、なにやらつぶやきはじめた。

「我は解き放つ!光、食らいし闇の住人を!古の封印より目覚めよ!」辺り一面を闇が包むと光の槍を溶かしていく。醜悪な魔獣がビスケスの声に応えるように姿を現す

「魔獣召喚までこなすのかい?ますます嬉しいねぇ」ロゼリアの顔が歓喜に満ちた笑顔に包まれる。

「ロゼリア、私はあなたと闘いたくない。手をひいてほしい」ビスケスがつぶやく。

「残念だけど、あんた達の任務を成功させるわけにはいかないねぇ」

「ビスケス、やるぞ」ガジーは手にしたナイフでロゼリアに切りかかる。

「そんなモノで!?」ロゼリアの操る地竜の体が斬り裂かれる。

「オリハルコンだね?」

「よくわかるな。稀少な装備を持ち出した甲斐があったよ」ガジーが不敵に笑う。

「魔獣に、オリハルコンナイフか……ますます楽しめそうだねぇ。ガッカリさせないでおくれよ」光の槍が放たれる、と同時に大地から新たに地竜が現われ二人に襲いかかる。

「どこまで楽しませてくれるのかねぇ」地竜の数はどんどん増え、二人を取り囲むように蠢いている。

「ロゼリア、何故だ?『神竜石』を調査する事を何故許せないんだ?」光の槍を避けながらガジーが訊ねる。

「この場所に踏み入れて欲しくないだけさ。ほら相棒が危ないよ」悲しみにも似た表情が一瞬浮かんだようにも見えたが、攻撃の手は緩まない。

「ビスケス‼」地竜の体を斬り裂きながら、ガジーはビスケスとの距離を縮める。

「ガジー、キリがないわ」ビスケスの表情は暗い、かなり疲労しているようだ。

切り裂いても、土でできた竜はすぐに再生していく。魔力に底がないのか、光の槍も増えていくばかりだ。いいようのない絶望感が二人を追いつめていく。

「やっぱり、魔女にケンカなんか売るもんじゃねぇな」

「任務を放棄しても待っているのは『死』だわ」

「チッ、簡単な任務だと思ったのにな。最後の任務が最期の任務になったんじゃシャレになんねぇな、ビスケス?」

「生きて帰るわよ、ガジー!」ビスケスの操る魔獣が無数の光の槍を食らい尽くした。

「ロゼリアを狙うのよガジー!」魔獣が地竜を闇で覆っていく。闇に呑まれた地竜は再生できないようだ。

「なかなかやるじゃないかい、これならどうだい?」小さな黒い球がロゼリアの前に現われる。野球のボールぐらいの大きさだが、その色は魔獣を包む闇よりも、もっと深い漆黒の闇の色をしている。

「ロゼリア、オリハルコンで切り裂けないモノはないぜ!」ガジーがロゼリアを斬りつける。

「坊や、楽しかったよ」オリハルコンナイフを黒球が受け止める。瞬く間にナイフは深い闇に呑まれていった。

「な!?切り裂けない?」

「空間を切り裂けるワケがないだろう?坊や、過信しすぎたようだね。そのまま闇に沈むかい?」黒球がガジーに近づく。

「ガジー!!」ビスケスの叫びに呼応するように魔獣がロゼリアに襲いかかった。

「こんな下級魔にやられるほどモウロクしちゃいないよ!」広げた掌に魔獣は吸い込まれ、黒球がガジーの半身にふれる。一瞬の出来事だった、場が静寂に包まれる。

「ガジー……」呆然とするしかなかった、黒球が触れた瞬間その部分が消滅してしまったのだから・・・。

「ロゼリア…ビスケスは……助けてくれ」ガジーは右半身を失い静かに倒れた。

「ガジー!いやぁーーーー!!」静寂を破るようにビスケスが絶叫する。

「ビ…スケス……逃げ………」

「お嬢ちゃん、どうしたんだい?相棒はああ言ってるがどうするんだい?」冷たい……氷つくような微笑みだった。

「許さない!!ロゼリアァァ!!!」ビスケスはベレッタを撃ちながらガジーの体に近づく。だが、弾丸は黒球の闇に吸い込まれていくだけだった。

「ガジー!!ガジー!!!」ビスケスは冷たくなっていく彼を抱きしめ、何度も何度も彼の名を呼び続けた。その瞳にはロゼリアの姿は見えていない。ただ、泣きじゃくり、少女のように彼の名を呼び続ける。

「ふん、一緒にいくんだね」ロゼリアの放った光の槍が二人の体を貫く。

「!?ガジー……」ビスケスはガジーを抱いたまま、幸せそうな笑みを浮かべると眠るように瞳を閉じた。

「年寄りの言う事はきくべきなんだよ。ここで二人一緒に…」小さく呟くとロゼリアは光を放った。 光の球が二人を包み込む。

『神竜石』と呼ばれた岩の横に移動すると、一際鮮やかな光を放ち消えていく。

「さて、帰るとするかねぇ」ロゼリアは丘の上から見える、満開の桜を満足そうに見つめるとその場から姿を消した。




『神竜石』と呼ばれた岩の横には……二本の桜が美しい華を咲かせている……。



何事もなかったように、岩を見守るように……そして、寄り添うように満開の華を咲かせている。



Fin


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