夏休みは誰のもの
瑞樹(小原瑞樹)
待ちわびた日
8月10日、昼休み中のオフィスで、
「あ、それ沖縄っすか? 明日から夏休みで行くんでしたっけ?」
隣のデスクで暇を持て余していたらしい後輩の原田が尋ねてきた。彼は入社2年目の社員で、主任である由香里が教育係を務めている。
「うん! 大学の友達2人と4泊5日で! 半年前から計画してたんだよ」由香里が破顔して答えた。
「いいっすね! でも、一週間も仕事抜けて大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。急ぎの案件は片づけてるし、引継ぎだってちゃんとしてるから」
「ホントに大丈夫っすか? だって引き継ぎしたのって吉村課長でしょ?」
吉村課長とは由香里の上司である50代の男性だが、彼の評判は芳しくない。自分の仕事で手一杯で部下の仕事まで気にかける余裕はなく、何かを相談したところで「それは君の案件だから」といってろくに耳を貸そうともしない。課長がそんなお飾りのような存在だから、主任の由香里が実質的に課を取り仕切っていた。そんな由香里が一週間も不在にするというのだから、原田が心配するのも無理はない。
「……まぁ、私も不安がないわけじゃないけど、そんなこと言ってたらいつまでも休めないでしょ? 私は仕事よりもプライベートを大事にしたいんだから」
「まぁそうっすよね。俺もワークライフバランス重視派だし、東さんには俺らの見本として頑張ってもらわないと」
原田が頷いた。社内で私生活を優先させたいと公言すると眉を顰める人もいるが、原田はそんな自分を肯定してくれる。それが由香里には有り難かった。
待ちに待った夏休み。気心の知れた友人との旅行は楽しいものになるに違いない――。由香里は心を高揚させながら再びスマホに視線を落とした。
この時の由香里はまだ、夏休みが仕事に浸食されることになろうとは予想だにしなかったのである。
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