出会いの夏

第1話 AIと過ごす夏の始まり

 2020年代に入り、AIの知能は急速に進化した。


 まるで本物の人間と自然な会話をしているかのような対話型AIの登場だけでなく、芸術家の様に優れた絵画や音楽を作り出すAIもいれば、宅配業や事務作業などといった人間が行ってきた仕事の分野をこなすAI等、この数年の間で数多くのAIが社会で活躍する時代となった。


 そんな多種多様なAIがこの数年の間で一気に登場した事により、人々の生活様式はそれまでの時代とは異なる急速な変化を遂げた。


 それがきっかけで、本来ならシンギュラリティ―は2045年に訪れると言われていた話が、ここ数年のAIの急速な進化により20年近くは縮まったと言われている。


 そんなAIの急速な進化に合わせる様に各種テクノロジーも進化し、まるで、旧時代の人々が夢に描いていた本当の21世紀ライフを満喫する事が出来る時代が到来したと言われている……


 



 私、森崎由亜もりさきゆあは今、電車に乗りながらスマートグラスというメガネ型のグラスをかけ、そのグラス内に映る動画をスマホで操作しながら見ていた。グラス内に映し出されているのは、今話題の新人バーチャル型アイドル系UTuberである『シズク』に関するニュースの動画であった。


『今話題のバーチャル型アイドル系UTuberのシズクさんが、デビューから約半年でチャンネル登録者数が100万人越えを達成しました!!』


 バーチャル型アイドル系UTuberの主な活動拠点であるメトロポリスという近未来都市型のメタバース内にあるスタジオ内で、シズクというバーチャル型アイドル系UTuberがキャスターからインタビューを受けているという内容のニュース動画を、私は電車に乗っている間の暇つぶしに見ていた。


「UTubeが芸能人ばかりになった今、ひと昔前程チャンネル登録者数100万人越えも凄いと驚くようなニュースには感じないよね」


 今や芸能人で溢れかえっているUTubeの世界では、チャンネル登録者数が100万人を超える事は昔ほど珍しくはなく、中には芸能界デビューと共にチャンネルを開設しては半年以内に100万人を達成する芸能人UTuberも少なくはない。


 そんなUTubeの中には、AIにバーチャルのアバターを装着させ、生身の人間以上に活躍をするバーチャル型AIアイドル系UTuberを運営している芸能事務所だって中には存在している。





 そして、私が乗っているこの電車は、これから約1ヵ月の間過ごす事になるとある町へと向かっている。その町は、昔ながらの町並みが残る県境に存在する小さな漁村である。そんな町で、私は中学2年生という貴重な時期の夏休みを過ごす事になる。


 最もこの小さな漁村の町に行く事になったのは、夏休みに入る前にお母さんに急遽呼ばれた為である。


 今まで訪れた事もない場所での1カ月近くの滞在。もちろん数え切れないぐらいの不安でいっぱい。そんな思いを胸に寄せながら、私は電車に揺られながら目的地である町へと向かっていた。


 お母さんが言うには、その町には私と同じ歳の女の子達がいるから心配はいらないとか言っていたけど…… 本当に大丈夫かな? 





 そして、電車に揺られる事数分、ついに目的地の駅に到着した。


 電車が終電の駅に到着した為、私は旅行カバンを持ち上げ電車を降り駅の改札口を出ようとして改札機前まで来てみると、ちょうど私の目の前にいた人が改札機を出ようとして持っていたスマホを落としてしまい、その様子を見た私はすかさず、その落ちたスマホを拾った。


「あの…… 落とし物ですよ」


 私が拾い上げたスマホは、シズクというキャラが描かれたスマホケースを装着しているスマホであった。


 そして、私の声に反応したスマホの持ち主は、改札口前で立ち止まり、その場で後ろを振り返った。


「あぁ、ありがとう……」


 振り返ったスマホの持ち主は、背丈は私と同じくらいの青いショートヘアの女の子であった。


 その後、スマホを持ち主に返した後、私は改札口を通り、駅の外へと出た。


 駅の外へと出た後、私は先程のスマホの持ち主と話をやりながら歩いた。


「そう言えば、あなたは旅行でこの町に来たの?」


「旅行というよりは、夏休み中だけの滞在で来たのよ」


「そう。短い間だけでも楽しんでね。ここは凄く見どころのある場所よ」


 しばらく話をした後、この町を走る自動運転バスが来た。そして、スマホの持ち主の少女はこのバスに乗った為、私と別れた。


 こんな田舎に、自動運転バスなんて走っているんだ……


 その少女と再び会う事はあるだろうかと思いながら、大きな入道雲と盛大に広がる大空の元、うるさいセミの鳴き声と真夏の暑い太陽に照らされながら、私は額に汗を垂らしながらスマホの持ち主の少女とは異なる道である、周囲が木に覆われた道を進んだ。


 そして、旅行カバンを自動走行モードに切り替え、涼しい場所を求める様に目的地の場所までの道をスマートグラスに表示されている道案内に従いながら目指して歩いた。





 そしてしばらく歩き、ついに目的地の場所へとやって来た。


 その目的地の場所はこの町の外れにある小さな喫茶店であり、喫茶店の入り口前にはアルファベットで”Cape・Spear・Cafeケープ・スピア・カフェ”と書かれていた。


 また、この周囲には庭の広い家がいくつかあり、その家々からは広い海を一望する事が出来た。そして、そのすぐ隣の家の前には2人の人が立っていた。1人は私のお母さんであり、もう1人はこの町の人だと思う。


「由亜!! 久しぶり!!」


「ちょっと、お母さん!! 急に抱き着きに来ないでよ!!」


「いいじゃないの、リアルで会うのは凄く久しぶりなんだから!!」


「確かにリアルで会うのは久しぶりだけど…… 大げさだよ!!」


 私とお母さんとの会話の通り、私達はリアルで会うのは久しぶりである。普段はビデオ通話で話をしている為、感覚としてはほぼ毎日会っているのと変わらない為、私はそこまで感激する程でもなかった。


 私のお母さんは、この町の近くにある大学の教授をしている為、私とはしばらくは会っていない。そんなお母さんがなぜこの町にあえて居るのかと言うと、それは、この町に住んでいる人とある仕事をしているからである。


「お母さん、隣の人は?」


「この人は早川土萌はやかわともえという人よ」


「お母さんがこの町で一緒に仕事をしている人だね」


「そうよ」


 お母さんの隣にいた早川土萌という人は、茶髪のショートカットのスラっとした体形のかっこいい人であった。お母さんがこんなかっこいい人と一緒に仕事をしていたなんて、少し羨ましいかも?


「初めまして、早川土萌です。君が森崎博士の娘だね。よろしく」


「こっ、こちらこそ、よろしくです!!」


 簡単な挨拶と共に差し出された右手に握手をする私は、地味に凄く緊張をしてしまった。こんな美形でかっこいい人との握手の為、緊張をしてしまったのかな?


「さっそくだけど、君のスマホを私に貸してくれないかな?」


「はっ、はい」


 早川さんに言われるがまま、私はカバンの中に入れていたスマホを取り出し、それを早川さんに渡した。


「少しの間待っててね」


 そう言うと、早川さんは私のスマホを持ったまま、家の中へと入っていった。





 早川さんが私のスマホを持ったまま家の中へと入っている間、私はお母さんと話をする事にした。


「しかし、どうして私がこんな場所に来ないといけないのよ~」


 話をやると言うよりも私はお母さんに愚痴を言った。中学2年生の夏休み中、人生でも貴重な中学2年生の夏休みをこんな田舎で過ごす事への勿体なさ。ただでさえ部活を休部して来ているというのに、そこまでして来る価値があるのかさえ思ってしまう。


「いいじゃないの。たまには大きく羽を伸ばした方が良い時期ってものがあるのよ」


「そんなの、別にこんな田舎に来なくたって出来るじゃない!! 最も今の時代、スマートグラスがあれば、世界中だけでなく異世界にだって行こうと思えば行けてしまう時代じゃないの」


「まぁ、確かに今の時代はスマートグラス一つで行きたい場所にいつでも疑似的に行ける時代になったけど、実際にその場所、つまりリアルでの体験までは実際の場所に行かないと出来ないじゃない」


「私は別にこんな場所に来たいとは思った事ないよ」


「そう言わずに。普段、東京にいると、意外と首都圏以外に出る様な機会ってなかなかないじゃないの。せっかくだしこの際、リアルで体感出来る田舎を楽しむといいわ」


 確かにお母さんの言う通り、全てが揃っている東京に住んでいると、旅行好きでもない限り首都圏以外に行く機会はほぼない。


「リアルって言ってもね…… 別にスマートグラスのおかげで、世界中の街や異世界にだって行って来た事があるから、今更リアルの田舎を見たってそんな感動する事もないよ」


「バーチャルとリアルの違いなんて、すぐに分かるわよ」


 お母さんはそんな事を言うけれども、私の目からしてみればバーチャルもリアルも同じ風景が見れる以上、大きな違いは感じない。実際にその場所に行けなくても、今の時代にはメタバースがあるので、バーチャルであればいつでも好きな時に好きな場所に行く事が出来るので、実際に行ってみたいとは強くは思わない。





 そんな感じで、お母さんと話をやっていると、早川さんが私のスマホを持って家の中から出て来た。


「お待たせ。スマホを返すね」


「はい」


「そのアプリを開いてみて」


 私のスマホなんて借りて一体何をしたのか凄く気になりながら、私は早川さんに言われるがまま、早川さんに入れられた謎のアプリを開いてみた。


 そのアプリを開いてみると、白い空間内の中に、1人の銀髪おさげの少女が立っていた


「これは一体!?」


「あぁ、彼女はAIのリーフィ」


『初めまして、私はリーフィと言います。貴女のお名前は?』


 白い空間内にいるリーフィという少女型のアバターを身に着けたAIが、私に向かって挨拶をしてきた。どうやら、そのAIはスマホに付いているフロントカメラから私の事を認識したのだと思う。


「私の名前は森崎由亜よ」


『ユアね。これからよろしく』


 リーフィというAIは、私の名前を言った。


「そう言えば、どうして私のスマホにこんなアプリなんて入れたの?」


 なぜ突然、私のスマホ内にリーフィというAIがいるアプリを入れられたのか気になった私は、その理由を早川さんに聞いてみた。


「このアプリはリーフィとつながる事の出来るアプリであって、キミにはそのリーフィと一緒に、この夏を過ごして欲しいからだよ」


「えぇ!?」


「その為に森崎博士の娘に協力をしてもらう為に、夏休みという長期休暇を利用して、ここに来てもらったんだよ」


「そんな理由で!?」


 早川さんのその発言に私は凄く驚いた。私がこの町に来た最大の目的は、このリーフィというAIと一緒に過ごす為という事だった。お母さんに急遽呼ばれて来た為、ただのバカンスではないと薄々思っていたけど、本当にただのバカンスなんかではなかった!! AIとひと夏を過ごすなんて、一体どういう事よ!?


 この瞬間から、今まで想像すらした事のない、私とAIとの見ず知らずの小さな町で過ごす夏休みが幕を開けた。

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