戦え戦士ちゃん。
そこらへんの社会人
第1話 求愛者(刀)VS愛の戦士(斧)
「愛は・・・あるか」
和装の剣士は鞘無き黒き刀を手に持って、
ぽつりと、天に哭く。
雨に打ちひしがれるように、項垂れて。
「・・・あぁ?愛だって?何言ってんだよてめえ」
白銀の鎧を身に纏い、背に戦斧を2つ負った戦士が剣士に相対する。
「愛は、あるのかと、聞いている・・・」
「チッ、こんな奴が相手なんて、拍子抜けだぜッ!!死ねッ!!」
戦士は勢いよく地面を蹴り、剣士との間合いを詰める。
「ああ・・・ここに・・・愛は・・・」
「そんなに愛が欲しいなら、あの世でママにねだってろよ!!オラァアア!!」
戦士は、両手に持った両刃の斧を、同時に振り下ろす。怪力に任せ、勢いよく――
「――ここに、愛は、在らず、――」
「――ならば、斬る」
閃光がほとばしる。振り下ろしたはずの斧が、目にもとまらぬ斬撃で、切り落とされる。音もなく、元々そうであるかのように、何等分にもされて、切り落とされた。
「・・・おいっ、嘘だろ・・・なんで俺の斧が・・・ダマスカス鋼だぞ⁉ありえない!」
斬撃は斧にのみ与えられていた。戦士は、息を飲む。
「・・・もう一度だけ問う。ここに、貴様に、愛はあるか?」
「くそがッ!何なんだよてめえ!!ただの侍かと思ったら、バケモンじゃねえか!!」
後ずさりして、戦士は距離を取った。剣士の動きは鈍重だった。
「・・・尚も答えず、か。ならば、慈悲無く切り捨てようか」
歴戦の英雄である戦士は、見たことの無い力への恐怖に、足をすくませる。
「俺は・・・こんなとこで負けられねえんだッ・・・畜生、畜生畜生畜生。なんで足が震えてんだよ・・・俺は、俺はっ、戦士だろ!!幾度も戦場を潜り抜けてきた戦士だ!だから、負けねえ!!!負けられねえんだよ!!!」
「・・・愛無き者は、死ね」
「――クソがッ!」
武器無き戦士は、振るわれた斬撃を見切る。厳密には、見切ろうと死力をつくした。『斧の天才』、歴戦の戦士は、正しく恐れ、回避し、その斬撃の隙間を見逃さず、体当たりを繰り出す。
「はあぁっ!!!」
「・・・ぬるい」
「ぐはっ――」
剣士の蹴りが戦士の腹部にめり込む。異様な音が、響き渡った。
「・・・武器もなく、技もなく、素手で立ち向かうその姿勢、感服する・・・しかし策もなく命を投げうつ事は、愛ではない」
「ガ・・・ハッ・・・」
戦士は腹部を抑えて、うずくまった。
「愛無き者のその武勇に、愛を以て、最後の慈悲を与えよう。一思いに、――その首を落とそう」
頭上で、刀が振り上げられる音がする。
ひゅうと、風を切る音がする。
「・・・くそっ・・・クソっ・・・クソっ!!!!」
(俺は、知っている。
負ければ、死ぬ。
勝って生き残るか、負けて死ぬか。
この場には、それ以外の答えは無い。
勝者にのみ栄誉が与えられ、敗者は闇に葬り去られる。
それが、この決闘場の掟。
イチかバチかの大勝負。
くそ・・・いてえ・・・いてえなあ・・・
国防戦線での急襲迎撃で奮闘したあの時より、ひでえや。ただ蹴られただけなのに、内臓のいくつかが潰れてるんじゃねえかって思えるくらい。
結局俺は・・・国に使い捨てられて、全てを奪われて・・・負けて・・・
まただ、また、俺は、負けるのか・・・
あいつを守れず、負けるのか・・・あの笑顔を、涙を、守れずに・・・
帰らなきゃいけない、俺は、彼女の元に返らなきゃいけないんだ・・・何としても、この身が朽ち果てようとも、ここで勝って、証明しなきゃいけねえんだ!
俺が、彼女を、守れることを!!)
「・・・ほう、まだ、動くか。足掻けば足掻くほど、苦しむだけだぞ」
「うる・・・せえっ・・・俺は・・・負けねえ・・・てめえなんかにゃ、負けねえ・・・」
よろめきながら、立ち上がる。止めを刺さない剣士に、拳を突き出す。
(アイナのためにッ!負けられねえ!!!
俺を信じて待っているはずのアイナを、置いてはいけねえ!!!)
「・・・何ゆえに、貴様はそこまでして勝とうとする。」
「負けてもねえのに・・・誰が勝つのを諦めんだよ・・・クソがッ!」
「・・・ほう、良き顔だ。そこに、意思がある。決意がある。愛が、ある」
「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと構えろや侍が!俺に慈悲なんかかけたことを、死んで後悔させてやらぁ!」
「ふふふ、ふははは、ふはははははははは!!!」
「・・・な、何がおかしいんだよてめえ」
「・・・いやなに、愛とは、かくも素晴らしいものなのだなと、思ったまでよ」
「ぬかせぇっ!!」
戦士は、隠し持っていたナイフを素早く取り出して、剣士の首元めがけて飛び込んだ。
剣士はその体をほとんど動かすことなく、戦士の攻撃を受けた。
「――ああ、――素晴らしい、――」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・な、に?」
受けて、止めた。
首を狙ったはずのナイフは剣士の右肩に深々と突き刺さっていた。刃渡り十センチ程とはいえ、軽傷ではないはずだった。
「――この痛み・・・この心地・・・嗚呼、嗚呼、これこそ――愛の、力」
「てめえ・・・何考えて・・・」
初めて、剣士の目が見開かれた気がした。死んでいた目が、狂気を以て、生き返るように。
「・・・武器を持て、戦士よ。まだ、勝負は終わっていない。そうであろう?ここでは、どちらかが死ぬまで戦いは終わらない。そう、そうだ。勝者に与えられる権利を求めて、無様にも命を懸けて殺し合う我々に、退路は無い。さあ、気のすむまで、互いの命を削り合おうではないか。――愛のために」
「さっきからてめえ愛がどうだこうだ・・・なんなんだよっ!俺の攻撃も一切避けねえでニコニコしやがって・・・気持ち悪いったらありゃしねえ!」
今度こそ武器を全て使いつくした戦士は、目の前の狂気じみた剣士を恐れ、わなわなと後退する。
「・・・愛のため、であろう?貴様がこの場で戦う理由は、愛のためだろうと。そう言っているのだ。愛する者のために、戦い、殺し、勝とうとしているのだろう?そうでなければ、とうに貴様は死んでいる。その胆力、底力、愛の賜物だと見受けているが、違うか?」
「・・・仮にそうだとして、だったらなんだってんだ!」
「・・・何ということは無い、確かめたいのだ。愛ゆえに、愛のために戦う者に、問いたいのだ」
「問いたい・・・だと?」
「ああ、――その愛は、真なる愛かと」
「・・・ハッ、なんだてめえ、そんな格好で真なる愛だとか、笑わせてくれるじゃねえか。女を知らねえのか?おめえは」
「・・・貴様のその愛は、本物か?」
「ったりめえだろ!じゃなかったら命かけて戦うなんて馬鹿げたことするかよ!」
「・・・ならば、その相手の、貴様への愛は、本物か?」
「・・・んだとてめえ?アイナが俺のことを好きじゃねえって言いてえのか!!」
戦士は拳を強く握りしめて、怒る。
「アイナ・・・なるほど、アイナ、良き名だな。その女性は、本当に貴様のことを愛しているのかと、問い直した方がいいか?――ッ」
激昂の余り殴りかかった戦士の拳を、剣士はいとも簡単に左手で収める。
「てめえ・・・その汚れた口でアイナの名前を呼ぶんじゃねえ・・・」
「拳を下ろせ、戦士よ。まだ、殺すには、惜しい。・・・武器を錬成せよ、時間は遣る。その間だけ私の質問に答えてくれればいい。君の愛する人の名の呼称は控えよう」
「つくづく・・・舐めやがって・・・」
「舐めているのではない、真なる愛を謳うものに・・・私が敵うのか、知りたいのだ・・・」
「こんな機会を与えて、後悔しやがるぜてめえは。俺は、アイナのために、てめえを殺す。てめえみたいに慈悲をかけたりしねえ!」
「・・・ああ、愛のために、な」
戦士は武器を錬成し始める。詠唱と共に、青い光が戦士の手元に現れる。
武具の錬成は、戦士にとっての必携術だった。
魔法が使える戦士は、そう多くない。歴戦の戦士として彼が有名になったのも、魔法あってこそであった。
鎧を切り、剣を壊し、身を裂いた。
刃こぼれ破損その他諸々の事象に、武具錬成は必要だったのである。
新たに戦斧が錬成される間も剣士は、問うことを止めなかった。
「――貴様の愛は、本物か?」
戦士に問うというより、天に向かって嘆くような姿だった。
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