死ぬならミズダコに会いたい
辺伊豆ありか
第1話
2020/09/06
僕はタコが大好きなんだ。水族館に行くと、必ず探しては水槽に張り付いて見てしまう。隅でふくふくと気怠そうにしているのも、元気にどるどると動き回っているのも面白い。特に詳しいわけではないが、とにかくその滑らかに動く腕や重たげな頭が好きである。
そういえば、ミズダコの身体はほとんどが強靭な筋肉でできていると知った。絡みつかれ、溺死したダイバーもいるらしい。検索バーに名前を入れれば出てくる情報だが、これを知り僕は遠い憧れを抱いた。
僕は、あまり人生が明るい方ではない。あまり賢くないのも、豊かではないのも自分が悪いのは分かっているので、なんだか仄暗くどうしようもない。どうにかするべきなのだが、なんだか、もう。これ以上は僕の怠惰と我儘の話になるのでどうせ考えてもキリがない。
ある日突然くるであろう自死の日、その方法について日々考えているのだが、これほど甘美な命の落とし方は無いのではないかと思う。
そう、冷たい海で、大きな大きなミズダコに出会って溺れてゆく。いいなあ。
僕はきっと、脈打ち流れる海の音に抱かれ、名の付かぬ果てない深い色に染まっていき、僕のくだらない温もりは徐々に彼らの住む冷たい海と同化していくんだ。死ぬ事も生きた事も許されるだろうか。絶えず繰り返したあの呼吸はもう必要ない。そして、ああ、僕のちっぽけな生が指先からゆっくりと、動く目的も責任も義務さえも動きをとめて消えていく。天に昇るのか底に沈むのかも分からない。感覚なんて、必要なかったのかと思えるくらいに。人生なんて大層な名をつけるほどの時間ではなかったと。僕という存在がいかに小さくて、地球上何もかもに対してどうだってよかったか。僕に関係なく時は進み波は絶えず地球を回す。僕という全て、存在、何もかもがもう僕と言えるほどのものではなくなった時、最期に、彼らに僕を見つけてもらいたい。8本の腕が暗い海を掻き分け、ごごうごごうとまわす。きっと僕はボロ切れのようにざぁっと流され、彼らの腕の先に少しだけ触れ、そして気まぐれに遊ばれる。ぎゅるりとその大きな腕が探るように巻きつき、確かめるように嬲り、縛り、絞られ、弄ばれて、ついには僕を保っていた最後の泡が、ぽく、と空へ向かう。
僕は彼らの栄養に、もしくはきちんと彼らの暇つぶしになれるのだろうか。人間なんて美味しくないのだろうか。反逆しない哺乳類なら食べてくれるのだろうか。それとも曲げたりちぎったりして遊んでくれるのだろうか。
僕というものは、最期くらいこの地球上でどうにか役立つのだろうか。ああ、僕の暗い暗い願いはゆっくりと僕の何かを止めていく。この地球に生まれた、人として、大切な何かを。何であったか。思い出せないなんて、僕はどうしてこんなにも。ああ、ああ。
そういったことを考えているうちにまた寝損ねてしまった。なんだか色数の減った視界に呆れつつ、今日も僕は数時間の社会貢献のために会社に向かうしかない。
死ぬならミズダコに会いたい 辺伊豆ありか @hase_uta
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