12 ー終ー
《今、どんな気分?》
「それ、なんてセックステープのタイトル……うわ、安藤のがウツってる」
喫茶店からの帰り道、紫門さんからの電話に出て開口一番で聞かれたことに対し、直感的に答えた自分にショックを禁じ得ない。
「その、何て言うか……」
言いたいことはあるのだが、うまく言葉にできない。何を言って良いのか分からず沈黙してしまう僕に対し、紫門さんは言葉を続けた。
《君は良い友達を持っているよ。それは誇っても良い》
「ええ。それは本当にそう思います」
安藤。ちゃんとドラマの成果は出ていたんだな……。——いや、そうじゃないか。
思えば昔から、あいつは一番辛い時に近くにいて、支えてくれていた気がする。だからこそ、今でも一緒にいるんだろう。
《彼は君が何をしていたかは知らないけど、君の身を案じていたことは確かだよ。僕に頼んでいる時も必死だったのは、電話口からでも伝わった》
「分かってます。だから僕を助けたんですよね?」
《まあ、確かにそれが一番の要因かな…………》
「はあ…………」
…………沈黙。
紫門さんが電話を切らないところを見ると、まだ話はあるのだろう。だとするとこの間は、おそらく彼が何か、準備をしているのだろう。何か大事なことを伝える、心の準備を……。
やがて、数十秒程続いた沈黙を破るため、紫門さんはポツリと呟く。
《全能感》
「………………はい?」
紫門さんの言いたいことが全く分からず、つい間の抜けた声を出してしまった。それを気にする様子もなく、紫門さんは言葉を続けた。
《全能感。君も感じていたはずだ。自分の言う通りに何でも動くバイト。言う通りに支払われる金額。すべてを支配している様な感覚がして、その時は気分が高揚している。実際、バイトに指示を出す君は生き生きとしていた》
…………否定できない。確かに、あの時にはある種の興奮が身体を包み込んでいた。それは煙の様にだんだんと大きくなっていき、自分でもコントロールが出来ないほど膨れ上がって行く。
《君を否定はしない。っと言うか、僕がそうだったからね。僕は、君がその渦に巻き込まれるのを阻止したかったんだ。それが、僕にできる贖罪だと信じているからね》
贖罪。その言葉の重みがずっしりと身体にのしかかる。おそらく、これは彼の過去に関係しているのだろう。彼の、詐欺師を止めた理由に……。
「…………紫門さん、一体、何が貴方にあったんですか?」
聞かなければならない気がして、僕は聞いた。多分、彼は聞いて欲しいのだろう。自らの罪を暴露してこそ、彼の贖罪は完遂する。
《…………詐欺師だった頃、僕は自惚れが過ぎていた。電話でも対話でも、何でも間でも相手は僕の言うことを聞き、お金を積んで喜んで僕に渡してくれた。
僕の客の中で、一人の男がいた。脱サラしたばかりで、サラリーマン時代に貯めたお金で投資を行いたいと言って来た。当時の僕にしてみればカモがネギを背負って来た様なもので、ある程度稼がせた後、良い気分になったところで金を回収して行ったんだ。
なまじ投資で儲けた実績があった分、彼は損失したお金を取り戻そうと必死で、色々と僕を頼ってきた。金をせしめているのが僕とは知らず、純粋に投資で損失を出したと思っている様は実に滑稽だったよ。
やがて貯蓄も底をつき、銀行から金を借り、それも出来なくなったと言われたので、僕は闇金を紹介した。渋々と言う感じで紹介したけど、首が回らなくなった彼がそれに手をつけるのは目に見えていた。
もうこのあたりから、僕も男も壊れて来ていた。金額を言えば持ってくるし、言われたら、盲目的に揃えて持ってくる。もう充分、騙されたと気付いても良い頃なのに、男はそれを認めたくないのか、とにかく僕を信じていた。
僕にとってみれば、銀行だろうが闇金だろうが、とにかく金を持って来てさえしてくれれば何でも良かった。
そうしている内に、男は闇金からも借りれなくなっていて、もう本当に、どうしようもなくなっていったんだ》
紫門さんの言葉はここで途切れた。再度沈黙が続き、背を押す様に僕は言葉を投げかける。
「………………それで、どうなったんですか?」
しばらく沈黙が続く、しかし、今回はそんなに長くなく沈黙は終わった。
《………………男は死んだよ。自殺だったんだろう。それが分かったのは、彼の保険金が僕宛に支払われたからだ。
闇金からも金が借りれなくなった頃、僕は自分の貯金を切り崩して彼の投資を援助していると言うと、彼は他には何もないからと、自らの保険金の受取人を息子から僕に変えたんだ。もちろん、僕はそうなることも予想済みだった。
当時の僕は、人間を札束か何かとしか見れてなかった。彼が死んだ当時も、支払われた金額を見て優越感に浸っていた。しかし、その事実は僕の心の中に、しこりの様な影を落としたんだ。
他の客を相手するにしても、どうしても男の影がチラついた。この人たちも、最終的には自ら死を選ぶのではないかと思い、次第に僕は仕事をしなくなっていった。
自分でも信じられないけど、人を死に追いやった罪悪感なんてものを、僕は一丁前にも抱いてしまっていたんだ。罪を感じても、男が生き返ることも無いというのに……》
僕は黙って紫門さんの言葉を聞いていた。人を死に追いやった罪悪感。そして、死んでしまった以上、何をしても何も出来ないという焦燥感を、この人は感じていたのだろう。
《一応、男の息子には接触したんだ。お父さんの友人って言うことでね。彼の中で僕は足長おじさんって言うことになっていて、色々と援助をしている。
打ち明けようかとも思ったけど、息子に恨まれて自身の罪悪感を満足させるなんて、単なるエゴだからね。父親を亡くして借金に追われている状況で、憎い仇が現れたら普通は対処なんか出来ないだろうし、余計に彼の心を傷つけるだけだ。だから僕は、これからも打ち明けることなんて無いだろう。………………羽藤くん》
「……あ、はい」
急に名前を呼ばれて対応できなかった。聞き入っていた。彼の言葉、今までの経緯を。
《君には僕の様になって欲しくなかった。全能感に支配され、歯止めが掛からなくなる前に、どうしても止めたかった。僕の様な愚かな人間を増やしたくなかった。それが、君を救った理由。僕の贖罪。亡くなったあの人のため、息子さんのために、できる事だと思うから》
…………なるほど。この人は、ただ反省するだけではなく、自分で行動を起こして何かを行う事こそが、贖罪になると信じ活動しているんだ。ただ罪悪感に身を委ね、反省している風を装っている自分との違いを見せられ、自分の不甲斐なさに心がチクチクと痛む。
「紫門さん…………。僕には何ができるでしょうか? 僕が今まで騙していた人たちに……」
《そうだね。それはこれから考えていこう。何か良い方法があるはずだ……。それと、羽藤くん》
「…………はい」
《せっかくここまで打ち明けた仲なんだ。僕のことは、紫門って呼んでくれよ》
そう、いつもの様に軽快な調子で彼は言った。そうだ。今なら、後ろめたさもなく言える気がする。
「分かりました。紫門」
【終】
TrickStar @roi-ghost
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