三日目 雨 【遺骸】

三日目 雨 気温低め 湿度高い


 昼前にようやく目が覚めた碧は、昨日より頭と身体が鉛のように重く、思考が曖昧でぼうっとしている感覚を覚えた。起床する余力は残っていない。昨夜は布団を頭までかぶったまま、深夜を過ぎて外を薄明かりが満たすまで考え事をしていたのである。

 夜間特有なネガティヴな思考の中で、碧は自覚した。もうこの世界には誰もいない。自分だけが遺された存在であると、真実は知らずとも頭の中で決めつけてしまった。

 もしかしたら遠い街まで出向いて探してみれば、誰かしらが発見できる可能性はある。しかし未だ狭い世界でしか生きたことのない碧にとっては、身近な環境という自己の領域にはもう誰も居ないのである。

 存命の可能性ばかり期待して、それに裏切られてばかりでは精神が持たない。それならば、自力で生きていくしか方法は残されていないだろう。

 考えたままの行動に映した碧は昨日の深夜に、寝間着のまま近場のコンビニに赴いた。学生を補導する職務を果たしていた警察はもう居ない。まわりの目を気にすることもない。

 コンビニ備え付けのATMから、これまでに使い損ない貯めておいた小遣いを全額引き出すと、一昨年くらいに誕生日プレゼントとしてもらった長財布に詰め込んだ。精々、総額五万円程度といったところだろう。

 そのままの足で、陳列棚に並んだ食べ物を買い物カゴへ次々投げ込んた。賞味期限までまだ余裕のあるカップ麺や、菓子類や飲み物の数々。使用する場面が来ることを危惧して、絆創膏や懐中電灯、麻のロープやスマホのポータブル充電器。

 代金を支払うことなく帰宅するのはどうにも罪悪感があり、五千円程度を無人のレジに置き去った。世界が滅亡した後にも律儀に金銭を払うのは、これまでの生活の名残のようなものなのだろう。

 そして一夜が開けたのである。横目で伺った外の景色は、今日は生憎の雨模様。土砂降りとまではいかないが、屋根を打つ降雨の音が絶えず続いている。特に外出する目的も無いし、わざわざ雨天で何かをする理由も無い。

 あるのはほぼ無限と言っても過言ではない、たった一人で過ごす時間だけであるため、碧はその日一日を自室で過ごすことに決めた。

 主に、考察に費やすのである。何故こんな事態が引き起こされてしまったのか、その起因、生存者の有無、遠方との連絡手段。

 日本だけでなく諸外国もこの状況ならば、未来永劫救助は来ないため、自身の力で生きてゆくのみ。

 ならばこれからどうやって、何をして生きていくのか。付近の食料品店を漁るとしても、賞味期限諸々の理由から貯蔵はいつかは潰えるだろうから、各地を転々として拠点を変えつつ暮らしていかなければならない。

 取り留めのない考えを、学習に用いていたノートに書きなぐる。

 ふと、無意識にノートの隅に、小さく書いた落書きの一言。

『さびしい』

 碧は思い直すと、引っ手繰るように消しゴムを手に取り、紙の端がシワだらけになって先程の言葉が完全に見えなくなるまで擦り続けた。

 自分の思いの自覚を否定して、塞ぎ込むかのように。

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