第96話 裁判の神セージの一声

 日本で言うところの弁護人席にフライデルたちが座っているものの、結局すべてを決するのはフードファイトなのでこちらでは被告側の味方を強く示すための席みたいだった。

 だとしてもなんで傍聴席じゃないんだろうと思ったが、コゲ曰く「裁判フードファイトで倒れた時にすぐ救護に向かうため」だそうだ。俺には必要なさそうだな。


 向かって正面の席、書記官らしき神の向こうに座っている裁判の神セージは緑から橙色のグラデーションをした髪が特徴的な男神だった。眼鏡をしているがセリヌンティウスとは異なりスクエア型の真面目そうな眼鏡だ。

 瞳は黄緑色で、全体的に緑黄色野菜を食べたくなる色をしている。

 ただし服は上から下まで黒がベースになっており、厳しい眼差しも相俟って裁判の神と呼ぶに相応しいと感じさせた。


「イイトヨシロナガ、もといシロ。そしてコゲ。二名は食事の神と旧食事の神を名乗っている、そのことに間違いはないか?」


 セージから発された重々しい言葉に俺とコゲは頷く。

 フードファイトが始まるのは確認作業の後になるらしい。俺たちの返答にセリヌンティウスは口先を尖らせていたが、バージルの表情は変わらなかった。


「管理の神バージルから提出された資料及び証拠では、お前たちはそれぞれ皿の神とチョコの神となっている」

「さ、皿の神。まったく違うけど本物の皿の神とチョコの神はどうなってるんだ?」

「先代なら数年前に役目を終え、両方ともしばし空席だった」


 堕ちたわけではない場合、料理の神のようにしばらく空席になっていても下界に影響はないという。

 だからここで本人が出てこなくてもおかしくないわけだが――狙い澄ましたかのように空席になっている神だって疑惑をかけられているのはバージルの仕業か?

 管理の神ならそんな偽造みたいなことをしたら大変なことになると思うんだが。


 しかしバージルは涼しい顔をしている。


「それぞれ食事の神だと自らを偽り神々を集め、派閥を作り天界を混乱させたことは大罪に値する」

「ちょっと待ってくれ、何の神かは印を見ればわかるだろ? なら――」

「先ほどからお前たちの印は皿の神とチョコの神を示している」


 俺はぎょっとして自分のうなじに触れた。

 自分で自分の印は見れないが、コゲのうなじを確認するとたしかに印が食事の神のものではない。……それが大きく投影された映像にも映し出されるなり、傍聴席が大きくざわめいた。


 投影?


 まさか、と視線を向けると、丁度セリヌンティウスがにやりと笑ったところだった。

 そして俺たちにだけ聞こえるように言う。


「不可思議な技で印までもを偽っているとバージル様から聞きましてね、無理やり正してやりました。ふふふ、そう簡単には騙されませんよ!」

「いやこれズルすぎないか!?」


 つまり投影の神であるセリヌンティウスが『偽られた印を正す』という名目で俺たちの印を上書きするように投影しているわけだ。それにしたって見事だから、もしかすると印に上書きじゃなくて見ている皆の目の方に投影しているのかもしれない。

 そんな凄い力をこんなしょーもないことに使うなよ……!


 あまりにも見事すぎてセージもすっかり騙されている。

 それともグルなのか? 少なくともバージルは俺たちの正体をわかった上みたいだが。


「……いや、ここで弁明するならフードファイトで示すべし、か」


 俺は咳払いをしてセージに向き直る。


「裁判の神セージ。俺もコゲもその疑いを否定する。嘘か本当かはフードファイトで決めさせてくれ」

「了解した。――では料理を運べ」


 セージの指示で左右の扉が開き、調理場で作られた大量の料理が運ばれてきた。

 大きなテーブルの上に次から次へと並べられるそれは和洋中様々で、中にはどこかの民族料理も混ざっている。名前はわからないが美味しそうだ。

 疑われるのは嫌だがこんな大きなテーブルで色んな料理を食べられるのはやっぱり最高だな。


 それはコゲも同じようで、すでに両手にナイフとフォークとスプーンと箸を持っていた。

 ……うーん、持ちすぎだぞ。


 こうして裁判の神セージの一声で並べられた料理はあっという間にテーブルを埋め尽くし、次の料理もすでに廊下に控えているようだった。

 その中にはきっとコムギが作ったものも含まれているんだろう。

 調理場で忙しなく動き回っているコムギの姿を遠目に見ながら箸を手に取る。

 俺たちが偽者扱いのままじゃ旧食事の神の巫女であるコムギも疑われたままだからな。絶対にその疑いは晴らそう。


 そう改めて決意しているとセージがテーブルの前まで降りてきた。

 どうやら裁判フードファイトは裁判の神が審判をするらしい。長い袖を片手で押さえつつ腕を上げたセージは大きく息を吸い込み――


「では神聖なるこの地で裁判フードファイトを行なう。原告、被告はこのフードファイトが嘘と真実を見破ることを理解し、心して行なうように。では……フードファイト、始め!」


 ――冷静な声のまま、食事の神と管理の神たちによるフードファイトの火蓋を切った。

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