第95話 天界裁判所の法廷

 重厚な扉を開いた先に見える法廷には大きなテーブルがあり、十名は余裕で座れそうだった。

 しかしこの席につくのはたったの四名だ。


 等間隔に俺、バージル、コゲ、セリヌンティウスが座すことになる。

 席にはご丁寧にネームプレートが置かれていた。サイズがすべて同じなのでセリヌンティウスだけ字がみっちみちだ。


 向かいにはガラスの壁があり、その向こう側が例の調理場になっている。

 調理している様子が法廷からわかるようになっているらしい。食べるだけでなく作っているところを見るのも好きな俺としては願ってもない構造だな。

 その調理場にコゲとソルテラの姿もあった。

 胸元に緑色の花が刺繍された白いエプロンを身に着けており、調理器具の位置や食材についての説明を受けている。刺繍はどちらの所属か表すものみたいだ。


 その反対側にミンティークの姿もあり、恐らくその隣にいるのがまな板の神オコノなのだろうと察させる。

 オコノは焦げ茶のおかっぱ頭をした背の低い男神で、緑と紅色のヘアピンをしていた。

 赤い色の目は遠目に見てもよくわかる。ちょっとばかり吊り目でネコっぽい。

 二柱は黒い花の刺繍をしたエプロンをしており、慣れているのかすでに定位置に収まっていた。

 きっと勢力拡大の際、ここで色んな神を裁いてきたんだろう。


「それを鑑みてもこんなに強引な疑い方をして俺たちを引っ張り出したなんて、よっぽど焦ってたんだな……」


 食通同盟は規模だけならもはやスイハの派閥を凌ぐ大きくなった。

 神の位に注視するなら高位の神が揃っていて、その点ではバージルの派閥をも凌ごうとしている。

 そんな俺の呟きを聞いたコゲがこしょこしょと耳打ちした。


「ソルテラから聞いた。バージル、こないだ朝の女神トゥコを勧誘して失敗したって」

「朝の女神を? そういや朝の女神って中立派なのか」

「ん。夜の女神スイハの下にはつけないし、敵対すると役目に差し障る可能性、ある。だから中立だった」


 朝の女神と夜の女神は世界に大きく関わる高位の神であるため、お互いの関係にも気を使うらしい。


 俺も飢餓の神とかそういう存在がいたら気を使わなきゃいけなかったんだろうな……と思ったが、コゲ曰くそういう世界がマイナスだと判断した神は空位であることが多いようだ。

 必要になったら神産みの土地に落ちてくる。

 正位の神が堕ちて反転すれば真逆の性質を持った神になるが、それは性質に支配されているのであり司っているわけではないので似て非なるもののようだ。

 コゲが堕ちて反転した時も、飢餓に苦しみ同じものを周囲に振り撒くだけで司っているとは言い難かったもんな……。


「バージル、スイハよりも派閥を大きくすることにこだわってる。だから必死」


 必死ならまず俺たちを潰すんじゃなくて勧誘にきそうなものだが、初めはスイハとの勢力争いでそれどころではなく、気づいた頃には俺たちが独自に派閥を立ち上げていたならこうなるか。

 それにバージルたちは俺たち新旧の食事の神を祭り上げていた。

 そこに本物が現れて引っ掻き回されちゃ困るってことなんだろう。だからこうして俺たちを偽者扱いして潰して見せようとしている。


 法廷の左右、そして二階には傍聴席があった。

 そこはすでに様々な神で満席になっている。ここで潰せば食通同盟の格は一気に落ちるだろう。


 その時セリヌンティウスがパンパンッと手を叩いた。手袋をしているのによく通る良い音だ。

 すると法廷の壁に天界各地の映像が映し出された。

 各地にもそれぞれここと同じような映像が映し出されていたが、内容は法廷の内部になっている。つまり俺たちの姿だ。

 もしかして裁判フードファイトの様子を生中継するのか?


 するとセリヌンティウスが額に指を当てて反り返りながら笑い始めた。


「ふふふ、これぞわたくしの編み出した妙技! 動く精密な絵画など見たことがないでしょう!」

「動画配信かぁ、久しぶりに見たな……」

「驚いていない!?」

「映像の概念がない世界でどうやってこの発想に至ったんだろ?」


 ぎょっとするセリヌンティウスをよそにそう疑問に思っていると、後ろに控えていたレイトが腕組みをしながら言った。


「こっちじゃパラパラ漫画すら見たことないもんな。あれや、影絵とかはあるからその辺からのひらめきとちゃうか?」

「ははあ、凄いな〜!」

「驚くどころか感心されている!?」


 咳払いをしたセリヌンティウスは早く席につけと急かそうとしたが、バージルに耳元の鉛筆を引き抜かれると恍惚とした表情で「バージル様がわたくしの鉛筆を!!」と手を合わせて拝み始める。バージルが侍らせてる神は忙しないな!


 バージルはバージルで『食事の神も保存の神もやはり変わり者』とコートの裾に書き込んでいた。

 マジでお前には言われたくない。


「何やら余裕があるようだが、そうしていられるのも今のうちだよ」

「フードファイトで負ける気はないからな。バージルたちも覚悟しとけよ、俺は胃薬を持ってないぞ」

「なんだその脅しは……? ふん、まあいい、席に着こうじゃないか」


 結果はすぐに出るんだから。

 そう言って、バージルはセリヌンティウスを伴ってテーブルへと歩いていった。

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