第93話 管理の神バージルの登場

 厄介な派閥の頭、管理の神バージル。

 そんなバージルにより起こされた『偽の食事の神』の裁判。


 ソルテラたちが落ち着き次第アポを取ってもらおうと考えていたが、バージル側がそれより先に動いたわけだ。

 フライデルたちはバージルの動向を警戒していたが、俺にとっては渡りに船。

 向こうから直接会う機会を設けてくれた上に、裁判で身の潔白を証明すれば本物の食事の神として接することができる。問答無用で門前払いにされることが一番困るからな。

 機会を得られないよりは多少危険な橋でも渡った方がいい。


 そんなこんなで俺たちはミンティークから指定された日時に裁判を行なう場所――裁判の神の住まう天界裁判所へと赴いていた。


 裁判の神セージはバージルの傘下に入っているため、天界裁判所もバージル側の管理する土地にある。

 レイトの言っていた通り敵の懐にのこのこ入っていくようなものだが、背に腹は代えられない。


「これが裁判所か……ええと、あのでっかい煙突がある建物は何なんだ?」


 厳格さをこれでもかと押し出した石造りの建物はコゲの神殿にも似ていた。

 その隣に併設されている建物には巨大な煙突があり、裁判所とはまた違った圧を発している。俺の指差した先を見たフライデルは「ああ」と何てことないように答えた。


「裁判所の調理場だ。フードファイトで決めるんだしな、一日に何柱も裁く場合はアレくらいは要るんだよ」

「へえ、なるほど。なんか銭湯みたいだ、拠点にも欲しいな……」

「初めに出る感想がそれか」


 口角を下げたフライデルは浮かせたベルトで俺の背中をべしべし押して出入り口へ行くよう急かす。

 魔法を用いた調理器具は便利だが、天界でも人間と同じ方法で調理することが廃れたわけじゃないから、ああいう大きな煙突も必要なんだろうな――そう思いながら足を進めているとレモニカが「助っ人としてあン中の石窯に放り込まれたことがあるが、儂にゃ少し小さかったな」と言っているのが耳に届いた。

 ……そういう使い方もするなら確かにあれくらいの大きさが必要になりそうだ。

 ウチで採用する時の参考にさせてもらおう。


 裁判所の中に入ると真っ白な石の廊下が続いており、待機していたミンティークの姿が目に入った。


「出迎えてくれたのか、ありがとうな!」

「いいえ。迷って時間に遅れられては困るからです」


 それって出迎えてるってことじゃないのか……?

 首を捻っているとミンティークが「待機室に通すので呼ばれるまで待っていてください」と俺たちを案内しようと動いた。その時だ。

 シロとコゲ、と名前を呼ばれる。

 待機室に入る前に呼ばれたぞと声の主を探すと――前に続く廊下とは別の道から男性が現れた。


 長い薄茶の髪はストレートで、真っ黒な目は墨でも零したかのようだ。

 耳には赤い宝石のついた耳飾りをしている。

 そしてロングコートを着ているんだが……どうやら小さな紙が何重にも重なっているらしく、そこかしこに走り書きがあった。好きなところから破けるようで何ヵ所か欠けている。


 な、なんだ? 歩くメモ帳か?


 思わずそう口に出しかけたところで言葉を飲み込む。


「……もしかして管理の神バージル、か?」

「ご明察。偽者でも頭が悪いわけじゃなさそうだ」


 口の端を持ち上げるように笑った男性、バージルは両腕を広げた。

 うわっ、腕で隠れてたところまで色々と書いてある!


「ボクが管理の神バージル、そしてこれから君たち偽者の悪事を裁く神だよ!」


 バージルはそう声高らかに宣言したが――脇腹辺りに書かれているベーコンサンドイッチのレシピや『今日中に調達しておくものリスト』に目が釘付けになって碌に聞いていなかったのは言うまでもない。

 管理の神だからって言うにはちょっと個性的すぎないか?

 そう集中できないでいるとコゲが「裁くのは裁判の神」とツッコんだ。


「そして我もシロも、悪事してない。……我は一度は堕ちた。けど、それを裁くのは天の理」

「ふふん、堕ちて反転したのに今代の食事の神に救われた古き食事の神か……そういった嘘が悪事だっていうんだ。更にはそれを利用し神々を集め、ボクたちを潰そうとしたのも罪深い」


 やれやれ、と額を押さえてバージルは首を振った。

 逆側の脇腹にあったのは一週間以内に提出する書類のリストだ。あとは……上げられた二の腕に書いてあるのは何だ?

 字が小さいけど、――ああ、エビのフリッターのレシピか!

 そう達成感を感じていると間近にあの真っ黒な目があるのに気がついた。


「睨みつけながらにじり寄ってくるとは……本性を現したな!」

「いやぁ、エビのフリッターのレシピが気になってさ。エビ好きなのか? 俺も好きだ!」

「勝手に見るな!」


 それは無理難題すぎないか!?

 でも夢中になって無意識に近づきすぎたのは悪かったな。次から気をつけたいところだが……うーん、ちょっと自信がない。


 そうこうしている間にバージルは俺たちから距離を取り、おもむろにミンティークの羽ペン型かんざしを引き抜いて腕の紙にメモをし始めた。

 偽者は厚顔無恥で失礼極まりないと書いてある。

 堂々と悪口を書くなんて凄い度胸だが絵面がシュールだ。


 そして勝手にペンを使われたミンティークは何故か嬉しくて堪らないといった恍惚とした表情をしているし、そもそもあのかんざしってマジでペンとして使えたのかっていう気持ちとインクは不要なんだなって気持ちが同時発生したし、文字に気がついたコムギはまた怒ってあほ毛を逆立たせている。

 情報量が多い。そう思っていると思いのたけを書き終えたバージルが鼻を鳴らした。


「ひとまず挨拶はここまでだ。あとは法廷で会おう!」

「あっ、ちょい待ち!」

「……なんだ?」


 凄まじく嫌そうな顔をされたが、俺は「忘れる前に渡しとく」と後ろへ目配せする。

 レモニカが両腕で抱えていた編みカゴをふたつ床に降ろした。編みカゴはひとつで俺の身長くらいある。


「手土産の手作り菓子だ。そっちに何柱いるかは知らないんだが分けてくれ」

「なっ……」

「あ、それと安心してくれよ、間に板を挟んであるから潰れてないと思う。あと」

「そういう心配はしていない! こんな浅ましい手を使うとは……裁判の前に我々の腹を満たすつもりだな!?」

「俺もさっき別に用意しといたヤツをひとカゴ分食ったけど良い出来……だった、から……」


 最後の部分が完全に重なってしまった。

 足りない心配をしてたんだが大丈夫そうだな?


 バージルは何度か俺とカゴを交互に見た後「ハッタリを吐くな!」と言いつつ置き場所を指示して去っていった。

 色々と前途多難な気がしないでもないが、ひとまず今は裁判のフードファイトで出される料理を楽しみにしておこうか!

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