第84話 ツインテールの番犬
「お前ら鍛冶の神に用か? あれは今立て込み中じゃ、もし邪魔するんなら――」
炎の鬼のような女性は巨躯を折り曲げ、俺たちに顔を近づけると両方の口角を上げた。
立派な犬歯だな……。
「――この火の神、レモニカが食っちまうぞ!」
「! そういうタイプか、気が合いそうだ!」
「……うん?」
物理的な暴力による戦闘、という概念がないのがこの世界だ。
つまり脅す時はどうしても情報や立場を利用したものが多くなるわけだが、俺がかつて盗賊に対して行なったように「食っちまうぞ」というのも脅しになる。
食べることは暴力じゃないからだ。
もちろんフードファイト以外で食べることを暴力代わりに行使されるのは苦手だが、女性――レモニカはソルテラを想って威嚇していることくらい俺にもわかる。
なので単純に『その手段を選んだこと』に感動できた。
ついでに好感度も上がった。
なぜかフライデルが眉間を押さえているが、とりあえず俺は自分から一歩前へ出てレモニカに名乗る。
「俺はシロ、食事の神だ」
「……! ほォ、お前がウワサの食事の神か!」
ッてェことは、とレモニカはコゲたちに視線をやった。
「その中のどれかが旧食事の神じゃな?」
「我、コゲ。先代の食事の神」
「なんとまァ、小さい最高神じゃ」
続けてフライデル、レイト、コムギたちも名乗り、前のめりになっていた姿勢を戻すとレモニカは揺れるツインテールの毛先を指でクルクルと回しながら思案し始める。
そして半眼になって俺を見た。
「ソルテラがお前らとは違う派閥に入ってンのはわかっとるんじゃろ?」
「ああ」
「それでも来たのか。宣戦布告ならやっぱり邪魔じゃ、帰ってくれ」
「宣戦布告じゃなくて引き抜きだよ、勧誘とかスカウトだ。それに聞きたい話もあってさ。……レモニカもバージル側の神か?」
確認のために問うとレモニカは鼻で笑って眉根を寄せる。
「あんないけ好かん神のもとになぞ付くものか! 儂ァ鍛冶のパートナーとしてソルテラと組んどるだけじゃ」
「あぁ、鍛冶には火が必要だもんな!」
「そうとも! 特に儂の火は相性が良いんじゃ、質の良い農具も工具も思いのままじゃぞ。あと刃物も最高のものが出来る。火の神冥利に尽きるというものよ!」
だからそんな鍛冶の邪魔をする奴は通せない、ということらしい。
鍛冶を通して何かを作り出すことは、鍛冶の神にとって存在し続けるのに必要不可欠なことだ。
だから俺としても邪魔はしたくないが、やはり簡単には諦められない。
「今は何を作ってるんだ? 終わるまで待つ。その後に話だけでも聞いてほしいんだ」
「終わればまた次の製作に取り掛かる。どれだけ待とうが無駄骨よ」
「あとレモニカにも聞いてほしい」
「儂まで取り込む気か! 豪気よな! ……お前、そこまでして勢力をデカくして何を企んどるんじゃ?」
あくどいことは特に何も考えてはいない。
単純に天界が荒れていると人間の住む下界まで荒れるから、それを鎮めたいだけだ。
自主的に静かになってくれないなら、俺はこの身分を目一杯利用する。そう俺は包み隠さずレモニカに伝えた。
「下界ィ? わざわざ最高神が下界のために動いとるのか」
「ああ。……フードファイトの在り方を変えて、やっと分け隔てなく『純粋に食を楽しむ世界』の第一歩を踏み出したところなんだ。それを邪魔させるわけにはいかないだろ」
「純粋に食を楽しむ、世界……?」
フードファイトという概念そのものは消せない。
だが苦しみながらフードファイトを行なうのではなく、楽しみながらフードファイトを行なう世界にはできるはずだ。
レイザァゴを中心にそんな希望をより強く見出すことができるようになっていた。
なのに神様がそれを邪魔しちゃダメだろ。
それを聞き終えてレモニカは体がビリビリと震えるほどの大声で笑った。
「概念の変化! 儂が目ェ離してる間に人間にそんな大それたことをやらせていたのか、恐ろしい神じゃの!」
そしてレモニカは出入り口の前で両腕を左右に広げる。
「しかし『それ』はわざわざソルテラを引き抜かなくても出来ることじゃろ。あれはバージルの傘下にゃ入っとるが、積極的な協力はしとらん。このままそっとしておいてくれ」
「だよな……でもスカウト自体は断ってくれてもいいんだ。納得してもらうために頑張りはするが、無理やり連れていく気はない」
「はァ~? なら何じゃ、じつはもう一つの聞きたい話っちゅーのが本題――」
そこへ廊下を歩く足音が届く。
視線を向けるとほとんどレモニカの筋肉で見えなかったが、こちらへ近づく人影があった。
その人物はレモニカの腰をぽんぽんと叩くと声をかける。
「レモニカ、いいわ。作業も一段落ついたから通してちょうだい」
「オイ、じゃが……」
「食事の神は食べることが好き。でもこの新しい食事の神は楽しんで食べることを重視してる。……それが少し気になるの」
レモニカは不服げな番犬のような顔をすると、しぶしぶ出入り口の前からどいた。
その向こうから現れたのは厚手のエプロンと手袋をつけ、ゴーグルをした鉄色の髪をした女性。――目元は見えないが、それ以外はニッケが描いた似顔絵と瓜二つの女性だった。
「私は鍛冶の神、ソルテラ。……話だけなら聞かせてもらうわ」
女性、ソルテラはそう言ってゴーグルを外す。
厳ついゴーグルの向こうにあったのは、火をくべた窯のように赤々とした瞳だった。
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