第83話 いざ、ソルテラの工房へ!

 ニッケに描いてもらった地図はそれはもう精巧なものだった。

 しかしフライデル曰く「これ辿り着くのに必要な道以外は全部空想で描いてあるぞ」とのことで、寄り道するのはやめておいた方が良さそうだ。

 出来は良いから役目を終えたら額装して飾っておきたいな。


 今回もまた前回と同じ面子で向かうつもりだったが、バージルの傘下にいる神なら舐められないように高位の神々で固めるべきだという意見がフライデルから出たため、俺とコゲ、フライデル、レイト、そしてコムギというメンバーで出発することになった。

 コムギは高位の神ではなく人間だが旧食事の神の巫女であるため、引き続き同行した方が良いだろうという判断だ。


 ニッケも抑止力になる高位の神だが、ソルテラからの心象が悪そうだったのと本人が「オレ様はまだこの神殿を描いていたい」と同行を断ったため、今回のメンバーには含まれていない。

 ビスカも留守を任せているので前回に引き続き拠点に残ってもらった。


 高位の神ばかりで押しかけて圧をかけるのは些かどうかと思わないでもないが、ソルテラに関しては権威を示すことは大切だという。これはフライデル調べだ。

 彼女の偏屈さは実力主義に根差しているところがあり、位の高い神々を従えている様子を見せることは一定の効果があるらしい。


「とはいえ、これは何かマフィアのボスになった気分だな……」


 権威を示すのに第三勢力の筆頭が村人Aみたいな服装で出向いてどうする、ということで出発前に正装をさせられたんだが、これが白スーツに白いコートという格好だった。やけに現代的な神様だ。

 とはいえ厳密にはスーツじゃないが人間の王族も似たようなものだから違和感は薄いんだが。それにマントよりはコートの方が気が楽だ。


 コゲも着飾らされていたが、こちらはスイハのようなマーメイドドレスだった。

 本人はとても歩きづらそうである。これソルテラの住処の手前で着替えるとかじゃ駄目だったのか?


「ほら、グチグチ言ってねぇで行くぞ。そろそろソルテラの工房のはずだ」

「そういやソルテラは工房に住んでるんだな?」

「鍛冶の神としての役目を果たすのに便利なんだろ」


 フライデルも普段のものより上質な黒い服に袖を通しているが、ベルトはそのままなのでちょっと魔王じみた雰囲気を纏っている。

 そんなフライデルの視線の先に煙突のある白い建物が見えてきた。

 まだまだ距離があるが、周囲に何もないだだっ広い平原だからこそ視認できている。

 レイトはそれをよく見ようと目を凝らしたが、ニッケに着飾らせられた際にじゃらじゃらと耳にぶら下げられた耳飾りが揺れて痛いのか眉根を寄せた。

 小さいやつならともかく、デカい飾りは痛いよな……。


「僕も大概やったけど、なんでこんなトコに住んどるんやろ?」

「あっ、私、出発までの間に少し情報収集したんですが……うちに加わってくれた神様の中に包丁の神がいて、鍛冶の神のことを知ってたんですよ。その時聞いた話によると――」


 白いコゲのドレスとは反対、黒いドレスを身に纏ったコムギが言う。

 それはもう真剣な顔で。


「――昔、工房から出た火が引火して近くの森が全焼したらしいんですよ」

「神様でもそんなミスするんやな……っていや、僕も気分転換に外で焚火したらやらかしそうになったけど」

「我も木の家、ランプ落として燃やした。昔だけど」


 神様ってヒヤリハットなミスが多いのか?

 まあ長く生きていればそういうことも一度や二度じゃないんだろう。俺も気をつけないといけないな。

 しかし火の神も居るんだろうか、神の起こす火事についての感想とか訊いてみたいところだ。

 そんなことを考えているとフライデルが「喋るのはいいけど足動かせよ」と喝を入れた。最近お母さんっぽいけど俺のせいか……?


 そうしてしばらく歩き続け、見えているのになかなか到着しないもどかしさはあったものの、ようやく工房まで辿り着くことができた。

 重厚な鉄の扉だ。

 ……似顔絵ではそこまで剛腕には見えなかったけど、鍛冶の神ってことはハンマーや他諸々重い道具を扱うわけで、相応の力強さは持っているのかもしれない。

 もしかするとこの扉もソルテラの作品かもしれないな。


 皆を振り返って頷いてからドアノッカーで扉を叩く。


 まずは挨拶からだ。

 最初が肝心だからな、失礼がないように、でも臆した様子を見せずにはきはきと喋ろう。

 もし出てきてもらえなかったら用件だけでも伝えるためにここで喋るしかないが、周囲に他の家はないから近所迷惑になることはないだろう。


 すると中から足音が聞こえてきた。

 そう、鉄扉越しでもわかるほどの足音だ。

 もしかしてソルテラって大分勇ましい感じか? 似顔絵じゃ上半身しか見えなかったけど、下半身はムキムキとか?

 いや、まあ意外性を見せつけられても余裕を持った表情をキープしないと。

 幸い相手が出てくるまで数秒の猶予があった。その間に戸惑いが顔に現れないように集中しなおす。


 そして。


「なんじゃァ、こやつら! ぞろぞろと連れ立っておかしな奴らが来たな!!」

「……」


 バーンッと豪快に扉を開いて現れたのは、炎のようなツインテールを持つ赤い目の女性だった。

 そして扉のてっぺんよりも大きな巨躯だ。元々大きな扉だったから推定でも二メートルはあるんじゃないだろうか。

 加えて足音のイメージそのままの筋肉を持っているが、引き締まっていて曲線に女性らしさがある。これはこれで強そうだ。牙のような八重歯も強そうだ。失礼に当たるかもしれないが、イメージとしては『炎の鬼』だった。


 もちろんソルテラじゃない。

 似顔絵とはミリも似ていない。

 ニッケが訪れてから凄まじいイメチェンをしたなら話は別だが、骨格レベルで変えるのは難し……いや、神ならいけるのか……?


 そんな感情の流れはまんま顔に出て、結局俺は初っ端から戸惑った表情を披露することになったのだった。

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