第69話 鍋のフィナーレからの始まり
三種のもつ鍋の中で、最も〆の麺が人気だったのは味噌味の鍋だった。
うんうん、わかる。
味噌と麺って夫婦かっていうくらいよく合うんだよな。目を離したら結婚してる。
味噌味のもつ鍋はこの中でも特に味が濃かったから、麺と合うのは必然ってやつだろう。俺も気づいたらおかわりしてた。四回。
もちろん他の二種、塩ベースと醤油ベースも負けていない。
鍋の〆っていうのは具材すべての出汁が出た最高のスープを活かす場だ。
もつだけでなく数種の野菜から出た旨味と麺を絡めて食べる、その行為こそフィナーレに相応しいってものだ。俺の夕飯はここで終わりじゃないが。
ちぢれ麺を啜りながらそうやって味わっていると、突然コムギが箸を置いて立ち上がった。取り皿の中は空っぽになっている。
「シロさん、私はお腹いっぱいになったんでここまでにして、次の料理を運んでおきますね! ふふ、デザートは食べちゃうかもしれませんが」
「ああ、ありがとうな。そして……うん、別腹は万国共通だ!」
「です! あっ、コゲさんたちは――」
「我、まだ食べれる。とても美味しい」
コゲも俺と同じく取り皿によそった先から完食していた。
一方パーシモンは麺の最後の一本を飲み込んだところで頭を下げる。
「申し訳ありません、ぼくはここまでのようです。食事の神の前で食事を終えることをお許しください……!」
「凄い改まるな!? 礼儀とかそういうのは忘れてくれ、俺はみんなと一緒に食べれるのが一番嬉しいからさ。それに……」
ぽんぽんと背中を撫でるとパーシモンは目を瞬かせた。
やたらと恐縮している様子だったが、気分が悪くなるほど無理に食べたような雰囲気はない。むしろ丁度いいところで切り上げたように見える。
今やってるのは無理をしなきゃならないフードファイトじゃないんだ。
だからコムギのように自分が美味しい、満足したと思えるところで切り上げられたのはとてもいいことだと思うし、俺も嬉しい。
そう伝えるとパーシモンは感極まった顔で「とても美味しかったです、ごちそうさまです!」と祈るようなポーズをした。
「そうだ、姉さんは……」
「わたしはまだまだ食べれるわ。シロ様! 次のお料理もご一緒していいですよね?」
双子でも胃の容量は違うらしい。
俺が「もちろん!」と頷いたところでコムギがトレイにのせたロールキャベツとサイコロステーキ串焼きを持ってきてくれた。
ロールキャベツにはニンジンや玉ねぎを入れたコンソメベースのスープを使用してある。使ったのは豚ひき肉で、さっぱりしつつもジューシーな肉がたっぷり詰まっている様は壮観だ。
サイコロステーキ串焼きはもちろんビーフ!
これもタレ味と自分で塩をちょんちょんと付けて肉の味を楽しめるタイプの二重の構えだ。
頬張ると牛の肉らしい素敵な味を塩胡椒の風味が彩って何十分でも噛んでいたくなる。そして一噛みするたび鼻に肉の匂いが抜けていくんだ。
ロールキャベツとサイコロステーキ串焼きは両方とも独自路線の『良い香り』を届けてくれるが、邪魔しあっていない――というか、ちょっと二つ同時に食べたくなる新たな魅力を生み出そうとしている。
牛肉のロールキャベツも美味いもんな……。
こういう気持ちになるのは道理に適ってるよ……。
そう感心していると玄関の向こうから再び気配を感じた。
匂いの種類が変わったからまた様子を見に来たんだろうか?
その予想は的中し、玄関の陰からフライデルの宙に浮いたベルトの端が見えた。
どうやら気になりすぎて風の精霊に頼むのではなく、自分で覗きにきたらしい。
「おーい、ベルト見えてるぞ!」
そう呼びかけると慌てた様子でベルトが引っ込む。そういう生き物みたいだ。
俺はもう一度声をかける。
「フライデル、気になるならこっちに来いよ。それとも近づきすぎると耐えきれなくなっちゃうのか?」
「……」
「間近まで来てやっぱり興味ないです~、効きません~ってアピールした方が俺らを諦めさせるのに効くと思うんだけどなぁ」
「……あぁもう、うるせぇな!」
今度はベルトの代わりにフライデル本人が顔を出した。
そのままずんずんと俺たちの傍まで歩いてきた――かと思いきや、途中で横に逸れて家の傍に生えた二本の木まで向かうと、風でハンモックを作って飛び乗る。
「なんだそれ!? 凄い技だな!?」
「風を微調整すればこれくらい朝飯前だ、その辺のベッドより寝心地良い。耳元で風の音が延々とうるせぇがな」
「うるさいのか……」
「けどグータラするにゃもってこいだ。お前らの食事になんかミリも興味ねぇって見せつけてやる」
フライデルは風のハンモックに寝転がったまま足を組むと星を眺め始めた。
さっきまで隠れて様子を窺っていた奴とは思えないセリフだ。
「あはは、そのまま本気で寝ないでくれよ。まだ三分の一終わったところだからさ」
「……三分の一」
「ちなみにデザートは含まない」
「……」
再び黙り込んだフライデルだったが、寝返りを打って俺たちに背中を向けると「興味ねぇからさっさと食っちまえ」と浮いたベルトをシッシッと動かす。
もちろん箸を止める気はない。
俺は夕飯を再開すると、サイコロステーキ串焼きを齧ってから甘みのある白米をたんまりと口の中に掻き込んだ。
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