第48話 食事の神の奇跡
「――代案は?」
もっともな問いだ。
反対するなら代案を出すべし、というのは誰が相手でも筋が通っている。道理ってやつだ。しかも相手取ったのは『この世界の常識』である刑罰のひとつだもんな。
俺は素直に頭を下げる。
「大まかな枠組みとしては肉体労働やボランティア従事を考えてる。けど俺はまだこの世界……人間の国の刑罰に詳しくない。もし可能なら後で教えてくれないか」
ここで即死刑を命じることだけでもやめてほしい、と俺は頭を下げたまま言う。
ちゃんと勉強してからもっと色々と考えたい。
もちろん、それすら甘い対応だろう。ジェラットの目にもそう映っただろうが――彼は「わかった」と頷いてくれた。
「食事の神にそこまで言われてはな、……ただこれだけは許してほしい」
「……?」
「弟が愚かなことをしてすまなかった。これは兄としての、食事の神とそこにいる娘……被害者に対する謝罪だ」
ジェラットもそう言って頭を下げる。
良いお兄さんだ。俺は一人っ子だから経験はないけれど、兄弟がいたらこんな感じだったんだろうか。
俺とコゲは頷き合うと「大丈夫だよ」とジェラットとロークァットに言った。
そして自分の腹をさすりながら周囲を見て語り掛ける。
「まだ考えることは色々とあるが……ひとまず一段落ついた! そこで俺たちももう一仕事しようと思う!」
「もう一仕事……ですか?」
コムギが不思議そうに首を傾げた。
俺は笑みを浮かべると「今までで一番色んなものを沢山食べたから、妙に力が有り余ってるんだ」と返す。
「本当はここまで干渉するのはダメなんだろうけど……な?」
「ん。これは、我たちが関わったこと。だからあるていどは融通、効く」
コゲもよくわかってくれているらしい。
俺は神気を纏めると、コゲの神気も合わせて天へと放った。
「神の後始末は神がつけるよ」
天へ昇った神気は水蒸気のように分解され、王都を含めた様々な場所へと降り注ぐ。
それは俺たちが立つ広場にも降りてきた。
一体何事だと天を見ていたジェラットは己の体に異変を感じたのかハッとする。
「なんだ? 疲れが取れている……?」
長い遠征から帰ってきたところなんだ、かなり疲れていただろう。
他の人々も溌剌とし始め「まるで毎日豪勢な料理を食ったみたいだ!」「力が漲る!」と騒いでいた。
そこへジェラットに伝令たちが走り寄る。
「で、殿下! 伝令魔法にて各地から巨大な農作物の収穫報告が!」
「魚の群れが次から次へと自ら網にかかっているとの報告も!」
「あ、あの、それどころか栄養を蓄えた魚介類が大量発生と繁殖をしていると……!」
「牛の乳の量がヤバいんですがどうしましょう!?」
最後の方は語彙力がおかしくなってるな……。
戸惑うジェラットたちに俺は説明する。
「神気で活性化させたんだ。食材に関しては一時的なことだから安心してくれ。……今回の件で色々な場所が壊れた。そして冬を越すための食料も食べ尽くした。それで人々が飢えちゃ本末転倒だ」
「だからといって、ここまでのことを」
「あはは、神が与えた損害の帳尻合わせをしただけだ。っていってもちょっとズルいかな。まあ山ほど食ったから出来た芸当だし、それを還元しただけだよ」
ごちそうさま、と俺はジェラットだけでなくここにいる人たち全員に伝える。
降り注ぐ神気は人間にも目にすることができるのか、しきりに見上げては目を輝かせていた。まるで雪にはしゃぐ子供のようだ。
「シロさんって本当に凄いですね……!」
「そ、そうか?」
人々が右往左往しつつも笑い合う光景。それを口を半開きにしながら見ていたコムギに褒められ、少し気恥ずかしくなる。
今回限りの奇跡だが――飢餓感で酷い目に遭ったみんなが、少しでも心穏やかになってくれるならこれ以上のことはない。
――その時、城の方角が騒がしくなった。
また何かあったのだろうか、と見遣ると一頭の魔馬が広場にふわりと降り立つ。その魔馬に跨っていたのは真っ白な髭をたくわえた老人だった。
老人が魔馬に跨っているだけなら似合わない上にヒヤヒヤしただろうが、身に付けたものや表情に気品が溢れ、なによりシャンと伸びた背が安心感を放っている。
むしろ魔馬に乗っているのが似合う老人だった。
なんとなくジェラットが現れた時と雰囲気が似ている。
……もしかしてこの国の王様だろうか?
「父上!」
ロークァットが戸惑った声で言う。ああ、当たったみたいだ。
そして国王についてもあまりよく知らない俺にビズタリートが慌てて耳打ちする。
こいつ、存外気が利くな……!
国王、ナイファットは長らく体調を崩し前線を退いていたという。
時折顔を見せることができてもすぐに寝室に戻ることが多かったらしい。きっとなにか病を患っていたんだろう。
そのため第一王子のジェラットと第二王子のロークァットがふたりで国を回していた。
しかし目の前にいるナイファットは顔色も良く、目にも生気が溢れている。……というか肌がつやつやで髭や髪もサラふわだ。きっとこのままコマーシャルに出れる。
神気のせいだとするとちょっとやりすぎた気がするが――
「……」
事情を説明しながら父の快癒を心から喜ぶ兄弟たち。
その姿を見て、まあ細かいことはいいか、と俺は口元を緩めた。
そしてコムギを振り返る。ああして喜ぶ家族の姿をもうひとつ見たい。
「コムギ。ミールさんも安心させてやらないとな」
「……! はい」
「食事処デリシアに帰ろうか」
コムギは嬉しそうな、それでいて穏やかな笑みを浮かべて俺の手をぎゅっと握った。
「……はいっ!」
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