第25話 カレールーファシリテーター

 盗賊団の代表はチェリアスと名乗る。

 全体的にやたらと体毛が濃いせいか擬人化したタワシに見えた。


 フードファイトの準備が整い、ジャッジを担当する男性が俺とチェリアスの間に立つ。それを見守る村人たちは不安げな顔をし、反対に盗賊団はにやにやと笑っていた。

 テーブリア村で初めてフードファイトを受けた時の記憶がふと蘇る。

 あの時も相手はこんな顔をしていたっけ。


 これから美味いものを食べるんだ、恐らく格下として見てる相手――俺をこてんぱんにする想像でにやつくより料理の味でも想像してにやつけばいいのに、と思ってしまう。


「おい見ろよ、あいつにやついてやがるぜ」

「笑うしかない状況だからだろ」


 ……無意識に『料理の味を想像してにやつく』を実践してしまった。

 気を取り直して真剣な顔をしたものの、審判の「フードファイト、はじめ!」という掛け声と共に笑ってしまう。


(だってこんなに沢山食べれるのって久しぶりなんだよ!)


 テーブルに並ぶ数々の料理たち。

 このどこから手を付けてもいいというシチュエーションは村を出てからは初めてだった。べつに普段から大食いをしなくても常人程度の食事量で足りるんだが、やっぱりこの光景は心躍ってしまう。


 でも自分で調理の過程を経験したからよくわかる。

 ここに並ぶものすべてがとてもとても手をかけられた料理だ。


 誰かが作ってくれたもの。

 元からそれに対しての感謝の念はあったが、その気持ちが更に強まったような気がした。実際に経験してみるって大切だ。


 俺はまず手前にあったカレーライスから手をつけた。

 本当は味の濃いものは後の方がいいのかもしれないが、俺は食べたいものは食べたい時に口に運ぶ派だ。

 それに運ばれてきた時から気になっていたのだ。そのカレーのルーはさらっとしておらず、皿に入っている状態でもこってりとしているのがわかった。


 試しにスプーンを差し入れると――おお!

 ルーを掬った部分がまるでアイスを抉った跡のようにそのまま残ってる!

 こいつ自立してるぞ!


 冷蔵庫で冷やした普通のカレーに似ていたが、こんなにしっかりしていてもルーは温かく、口に運ぶとスパイスが舌を刺激した後に旨みで包んでくれた。


(これいいな……ライスとも合うし……)


 味わうために目を細めて咀嚼していると隣から笑い声が聞こえた。


「なぁに味わってんだよ、フードファイトを放棄する気か? オレぁお前が棄権するなら認めてやるぜ、遠慮すんな」

「いや、単純に美味かったんだよ」

「はっははは! そんなことしてる間にこっちはもう三品目だぞ」


 チェリアスはそう言ってチャーハンを掻き込む。

 具のエビが床に落ち、俺は眉を顰めて目を閉じてから深呼吸した。この世界の人々にとってはこれが戦闘手段なのはわかる。

 わかるが。


(――フードファイトでも料理はきちんと味わって楽しむべきだ)


 そんな、世界の理に反する強い気持ちが湧いた。

 思えば俺はずっとずっとこう感じていた気がする。


 俺はトーストを手に取った。ライスに合うならこれもこれも絶対に合う。

 あっちの揚げ物にも合うだろうな、特にエビフライだ。エビなんて仕入れるのが大変だったろうに惜しげもなく出してくれたことに感謝しないといけない。

 適度にルーと合わせながら様々な皿を堪能し、俺はカレーのルーをおかわりする。


 うん、今日はそういう気分だ。

 このカレーを気に入ったから色んな食べ物との食べ合わせを試してみよう。

 もちろんきちんと料理の味は活かすし、カレーの味に負けそうなものはそのままで頂いた。作ってくれた人のこだわりの味加減っていうのも楽しめるポイントだ。

 この人は濃い味付けが好きなんだろうな、こっちの人は酸っぱいのが好きなんだなと想像しながら食べるのも楽しい。

 俺は再び笑みを浮かべていたが、今度はヤジが飛んでくることはなかった。


「……おい、待て、なんでそんな食い方で全部入るんだよ……」


 チェリアスがステーキを食いちぎり、しかし咀嚼するのを忘たような顔で言う。


「……? 食ってるから入るんだけど」

「そういうことじゃねぇよ!」


 チェリアスは憤慨した様子でオニオンスープを飲み干した。

 見ればさっきのステーキはまだ一口しか食べていないのにテーブルの端に追いやられている。固形物が入らなくなってきたんだろうか。

 落ち着いて観察すると、チェリアスはあまり沢山食べれるタイプじゃないように見える。

 なのになんでさっきはあんなに余裕に満ち溢れてたんだ……?

 周りの盗賊の仲間もそうだ。チェリアスが劣勢になりつつあるのに慌ててもいない。


(まあ、でも……)


 なんにせよ、俺は出されたものをすべて食べるだけ。

 一度だけ深く深呼吸すると、俺は他にも色々とカレーと合わせる形で楽しもうと手を伸ばした。


     ***


 ――どれくらい経っただろうか。

 ブロック状のチーズを炙ってもらい、とろとろに溶けたチーズをカレーに混ぜて頬張っていると、じっと見守っていた村人の中から「おい、ボウス」と声がした。

 見ればそこに居たのは白髪混じりのおじさんだった。

 隣に立っていたおばさんが慌てた顔をして言う。


「あ、あんた、フードファイト中に話しかけちゃ――」

「カレーと合わせるんならそのカツも試してみな」


 カツ?

 そう指さされた方向を見ると、今まさにぱちぱちと油の弾けているカツが追加されたところだった。

 俺は瞳を輝かせておじさんを見る。


 ……あ、目を見ただけでわかったぞ。

 俺とおじさんは今通じ合ってる。


「ありがとう、いただきます!」


 俺は親指を立ててカツをカレーにのせ、即席のカツカレーになってもらった。

 カツは豚カツ。揚げたての衣はさくさくとした食感で、豚肉と衣の両方にカレーの風味がよく合っている。一口食べるたびライスが欲しくなるんだが、勢い余って二口三口と食べてしまうのはご愛敬といったところだろうか。

 そうしてほくほくと食べているとおじさんは満足げな顔をした。


(……うん、やっぱり不安な顔よりそういう顔の方がいい)


 そう思ったのは俺だけではなかったのか、いつの間にか他の村人たちもどこかそわそわし始めた。

 口々に感想を語り合い、視線を交わし、あれはどこそこで作った野菜だ、あっちは誰誰の出荷した豚だと話が広がっていく。

 そして我慢しきれなくなったのかわくわくした瞳で口々に言った。


「みんなー! カレーあるだけ追加ー!」

「ライスもまた炊けたよ!」

「福神漬けとらっきょうも店にまだ残ってましたよね、早く持ってきて!」

「シロさんだっけ、パリパリに焼いたソーセージと合わせても美味いよ。ほらそこにあるからさ!」

「オレが高級保存魔石で旬の頃からとっといたトマトも頼むよ、カレーと絶対合うからさ!」


 魔石なんてあるのか!? と気になったが、そんな好奇心はすぐに食欲に上書きされてしまった。

 追加された炊き立ての白米は艶やかで美味そうだし、勧めてくれたものはたしかにぐうの音が出ないほどルーに合っている。

 気になった魔石の存在なんて「まあたしかに神様がいて魔法の存在する世界だしな」ですぐ納得してしまった。それよりカレーとそれに合わせるものだ。組み合わせを考えるのが楽しすぎる。


 様々なものをカレーに合わせて口に運び、追加分も胃の中に消え、合間に飲み物類で口を整え、時にはカレーそのものをアレンジしてまた食べる。

 そんな俺を見ていたチェリアスはいつの間にか手が止まっていたが、本人がそれに気がついても食べ進めたのはパンを一口齧っただけだった。


「シロさん、卵もどうぞ! こってりした濃い味のカレーですけど、緩めて食感を変えるのも美味しいですよ!」


 そんな女の子の声に俺は思わずそちらに視線を向ける。

 ――ついコムギだと思ってしまったが、年頃の似た村の女の子だ。


 俺は取り繕うように笑みを浮かべると「やってみます!」と卵を受け取った。

 たしかに卵黄の味がほんのりと感じられ、卵白によりなめらかでマイルドになったルーは今までと違った味わいだった。


 あれ?

 これってもしかして今まで合わせてきたものをもう一周楽しめるんじゃ……?


 そう思ったところで隣に座っていたチェリアスが「ギブアップだ」と片手を上げた。審判はきょとんとしていたが、すぐに我に返って俺の勝利を告げる。

 ……でもなんでだ? なんでチェリアスは笑ってるんだ?

 その疑問を口にする前にチェリアス本人が答えを言った。


「へへへ、たしかに負けだ。だがなぁ……誰が俺一人が相手だって言った?」

「あー……そういう……」


 俺は納得しながらチェリアスを見る。

 大食漢には見えないのに何で代表になったんだろうと不思議に思ってたんだ。つまりこの勝負、向こうは最初から代表なんて選んでなかったわけだ。

 このフードファイトは盗賊団全員と総当たりする、そんな勝負である。

 村人たちもチェリアスが言わんとしていることを理解したらしく、そんなルールないだろと口々に怒りを露わにしたが、当人は気にもせず悠々と盗賊団の他メンバーと交代した。

 次の対戦相手らしい大柄な男はにやにやと笑ったまま俺を見る。


「すげぇ食いっぷりだが俺たちがどれだけいるかわかってんだろ。お前こそギブアップした方がいいんじゃねぇか?」


 ただの通りがかりなんだから今なら棄権を認めてやる、と男は言う。

 さっきも同じことを言われたなぁ。俺は頬を掻きながら男を見上げた。


「いや、このまま続ける。だって――」


 そしてスプーンでカレーを掬い上げ、俺は笑みを浮かべる。


「――まだまだ色んな食べ方が出来そうなんだ」

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