第2話 テーブリア村のフードファイト
この世のすべての戦いは大食い・早食いによるフードファイトで行なわれる。
初めにそれを聞いた時は三度くらい耳を疑った。
大食いとかフードファイトとか、そりゃテレビや動画でも人気のあるジャンルだけどまさか戦いの一種、しかも最もポピュラーなものとして扱われてるなんて思わないじゃないか。
それでもスイハの元でこの世界のことを学べば学ぶほど否定することができなくなった。
最初に俺が『生まれ落ちた』のは神産みの土地と呼ばれるだだっ広い草原。
神の国は天上にあり、更に下には人間の住む土地がある。いわゆる天界と下界や人間界と呼ばれるものだ。
神は自分の司っているものを管理し、奇特な者や司っている要素が人間と密接に関わっている者は時々下界に降りることもあるらしい。
そんな世界に――どうやら俺は不完全ながら記憶を持ったまま転生してしまったようだ。
初めは人間として生き返ったのに「ここにいるなら神様だ!」と間違えられたのかと思ったが、自分が過去の自分じゃないと悟ったのは鏡を見せられてからだった。
なにせ髪の毛は真っ白で瞳も緑、まるで全部の色素が抜け落ちたような有様だ。
ついでに顔つきも記憶にある自分の顔と違っている。凡人顔が控えめに言っても美少年な整った顔になってたら生まれ変わりも信じたくなるだろ?
スイハは「嗚呼、その白さは食事と密接な関係にある皿を表しているかのようです!」と感激していたが、俺としては食事の神っていうより米の神みたいだなという感想しか湧いてこなかった。
記憶は欠けているし慣れないことばかりの世界だったけど、とにかく食べ物が美味くてそれだけで救われた。
これでメシマズな世界だったらどれだけ辛かったか――と思ったけど、俺は基本的にどんなものでも美味しく頂けるタチなので関係はないかもしれない。
前世では……もう踏ん切りをつけて前世と呼ぶが、そこで俺は『悪魔の健啖家』だの『大食いのシロナガスクジラ』だの『悪食の化け物』なんてニックネームを賜っていたくらいだ。
……改めて思い返すと酷いな!
不味いものには不味いものなりの楽しみ方があるだけなのに。
兎にも角にもしばらくスイハの屋敷で毎日美味いものを食わせてもらっていたんだが、ある問題が浮上した。
スイハをはじめとした神という神がとにかく俺をちやほやしてくるのだ。具体的に言うとスイハ本人とその傘下に収まった下位の神たちだな。
人に話せば羨ましがられるかもしれないが、過保護な親のレベルをカンストさせたような扱いで、しかも宗教的に崇めているような気配さえある。
さすがに風呂の世話から爪切り、肌のケア、生活スケジュールの管理、起きてる間じゅう続く誉め言葉なんて幸せを通り過ぎて地獄すぎるだろ。
そこで俺は決めたんだ。
下界に降りて好きに生きる、と。
そしてゆっくりと思い出したい。
俺が一番好きだったものは一体何だったのかを。
……まあ、あとは下界にも美味いものが山ほどあるって聞いたのもあるけど。
せっかく新しく生き直すチャンスが巡ってきたんだ、飼い殺しなんて跳ね除けて自由に生きたいだろ。
そうして俺は隙を突いて部屋の窓から逃げ出し、下界へと降りたのだった。
***
下界への降り方は取り巻きの神々の中でも特にお喋りな奴からそれとなく聞き出しておいた。
天界の所々に開いている亀裂、そこから飛び降りるだけでいいらしい。
ここへ落ちてきた時もそうだったけれど、移動手段があまりにも力業で原始的すぎないかこれ?
それもこれも神は基本的に物理ダメージを負わないせいかもしれないが……。
なんにせよ無事に下界に逃げおおせた俺は自分が落下したせいで出来たクレーターから抜け出し、しばらくの間各地を巡ってみることにした。
……のだけれど。
(正体がバレると二の舞だから伏せなきゃならない。けどそうすると俺はただの文無し未成年だ。旅費もないし、まずはどこか村か街を探して仕事を見つけないと)
そんな焦燥感に駆られながら辿り着いたのが、落下地点から南に位置するテーブリアという名の村だった。
小さいが活気のある村だ。牛やニワトリなどの動物も多く飼われており、田畑も立派。ついでに近場の広大な森では四季折々の果実や山菜が採れ、獣も住んでいる。
貧乏ではないと言ったら嘘になるが、豊かな村だなという印象を俺は抱いた。
(旅人もよく出入りしてるみたいだし余所者に冷たいってわけじゃないみたいだな。なら……)
よし、ここで何か俺にできる仕事がないか探してみよう!
まずは外からでもわかるくらい賑わっている料理屋だ。もしかすると雇ってもらえたら賄いを出してくれるかもしれない。
そんな下心満載で扉を開けると、中はまさしく大騒ぎだった。
「ゲッパン選手、麺をまるで液体のように吸い込む吸い込む! しかしロールダリア選手も負けてない! あんな山のようなチャーシューがあっという間に三分の一だ!」
「おらー! ゲッパン負けんなよ、そっちに20ザラ賭けてんだからな!」
「ロールダリアァ! もっと押し込め入ンだろ!」
……本当に大騒ぎだ。
一心不乱に料理を貪っている男二人を囲んで厳つい男たちがヤジを飛ばし合っている。様々な料理が並んでいなかったら殴り合いを見物しているようにしか見えない。
これがスイハの言っていた『フードファイト』というものなんだろうか?
正直言って俺としてはちょっと苦手な部類の争い方だ。
なにせ対戦している二人は傍目から見てもわかるほど苦しげな顔で、冷や汗を流しながら顔を青くしたり赤くしたりしているのだ。
料理は美味しそうなのに味わいもせずにひたすら口の中へ押し込んでいる。
「もったいない……」
「お客さん、旅の人ですか?」
思わず呟いたと同時に真横から声を掛けられて肩が跳ねた。
声のした方を見ると、そこに立っていたのは黒い髪に青い目をした女の子だった。
年は前世の俺より少し下くらいだから中学生に近いかもしれない。髪は短く、サイドヘアーのみ長め。頭頂から伸びるくるんとした一房の髪の毛はいわゆるアホ毛というやつだろうか、生で見るのは初めてだ。
そして一番の特徴は大きな胸――じゃなくて! 健康的な小麦色の肌だった。
「ええと、君は?」
「あっ、すみません、この店……食事処デリシアのコムギ・デリシアといいます」
女の子、コムギは名乗り終えるとぺこりと頭を下げる。
似合いすぎるほど似合っている名前だ。
「俺は白永……ええと、シロ。この村には今日着いたところだよ」
白永という名前はこの世界では馴染みにくい。それにスイハたちが探しに来たらすぐにバレてしまうかも、と咄嗟に偽名を名乗った。
まあ偽名といっても半分は合ってるんだから許してほしい。
コムギは歓声が沸き起こるテーブルを見て申し訳なさそうに笑う。
「旅でお疲れなのに騒がしくてすみません、今日も突然フードファイトが始まってしまって……」
「も?」
「……? どの料理屋もそうですけれど、料理屋はフードファイトの場になりやすいんです。なにせ食べ物がないと戦えないので」
なるほど、たしかにそれはそうだ。
料理屋は決闘の場、つまり戦いのリングなんだな。
納得していると歓声がひと際大きくなり、どさっと重いものが倒れる音がした。どうやら決着がついたらしい。
そっと覗き見るとロールダリアと呼ばれていた男が口から泡を吹いて倒れていた。
勝者なはずのゲッパンも息をすることすら辛そうだ。
「……やっぱりもったいない」
俺はテーブルの上に残されて冷えていく料理たちを見て、再び心からそう呟いた。
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