『怨念ちゅーのはな、言葉だけ聞くと幽霊の特権みたいに聞こえるかもしれんけど、蓋を開ければ憎しみの感情、ワイやお前がムカつく!とか、悔しい!とか思うのとなんら変わりはないんや』


 イナリの説明は、変わらぬ調子で、俺だけに語りかけるように続けられていた。


「おし、じゃあ行くか」


 俺は、意識はイナリの言葉に向けたまま、口では美衣子の相手をする。


「うん、そうだね」


『だとすると怨念ちゅーのは、誰かが誰かに向けた想いに他ならない。そして間違いなく、アレの想いは美衣子はんに向けられてる。じゃあ、理由はなんや?』


 イナリの少し早口な説明を頭の中で咀嚼しながら、体は玄関へと移動し靴をはく。

 美衣子は戸締りを確認し、イナリは俺の肩のすぐ上の一定の位置を浮きながらしっかり付いてくる。


『例えばや、ワイは暁に憑いとった。それは暁が御神体を壊してしもうたからや』


「あっきぃ、何食べて行こうか?」


「あー、ファーストフードとかでいいんじゃね?」


 外に出ると、昨日の嫌な空気は微塵もなく、まだ早朝と言っていい澄んだ空気が満ちていた。

 思わず体が反射的にぐぐーっと伸びをする。

 すると勝手に欠伸が出た。

 バイトから帰って、一休みも出来ずここに来て、食事もとらず、一睡もしていないのだから、疲れていて当たり前だった。


「ごめんね、眠いよね?」


「んー、まぁちょっと」


『でも、理由がなければ、ワイが暁に憑くことは無かった。ワイが憑いたとこで暁は精々霊感がついたくらいで、大して苦しんでるようには見えんかったしな』


 俺達は、軽い雑談を交わしつつ、エレベータに乗り込み、憂鬱な夜を明かした部屋を後にする。

 イナリの姿も声も、俺にしか見えない。

 端から見れば、俺達は飲み会明けの学生カップルの日常風景に見えるだろう。


『まぁ、お前が苦しまんで済んだんは、ワイの憎しみが深くなかったからなんやけどな……あの社、大分ガタがきとったし……』


 付け足すようにボソリと言ったイナリの言葉を俺は聞き逃さなかった。

 やっぱり、あの社が壊れかけてたんじゃねーか…………

 気が付けば、俺の取り繕っていた笑顔は思わずひきつっていた。

 イナリの言いたい事を要約すると、霊障を起こすには強い想いが必要とされ、あれだけの霊障であればその想いは一際強いと予想されるが、何故美衣子が狙われたのかその理由がない、という事のようだった。

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