拾仇
魅入られてしまったかのように、赤黒い手形を見続けているうちに、身体の感覚が無くなっていっている気がする。
そう言えば、音も全然聞こえない。とても静かだ。
あれだけ寒かったはずなのに、それも馴れてしまったのか気にならない。
こんな血塗れだというのに、臭いだって……
ただ眼だけがギョロギョロと動き、状況を焼き付けようと、辺りを嫌というほど観察していた。
ブルルルルブルルルル…………
辺りに異変はないようだった。
いや、この手形だけで充分、発狂しそうなくらい異常なのだが、視界に入る限りでは幸い他に衝撃的なものは視えない。
勿論、玄関を含めここに至るまで他におかしなモノは目に付いていない。
まるで、目の前のこの扉だけが唯一の障壁だったかのような……
ブルルルルブルルルル…………
グイッ!
『あかん!暁っ!出るで!!』
突然イナリが玄関の方へと凄い勢いで引っ張った。
「……なっ!?どうしたんだよ!?」
イナリは俺よりもかなり小さい。
その為、いくら力一杯引っ張ろうが大した力にはならない。
それでも、痺れ、感覚が無くなった身体では、されるがまま、たたらを踏むように引っ張られてしまう。
「おいっ!やめろ!!やめろよっ!!」
グイグイと引っ張り続けるイナリに、俺は悲鳴に近い声をあげる。
動いてはいけないという禁忌を犯してしまって、居たたまれない気分だった。
涙すら滲む程、動きたくないという気持ちに苛まれた。
それでも、イナリは気にせず引っ張り続ける。
「おいっ!やめろ!!やめろって!!」
ただ、俺は子供のように駄々をこねるだけで、抵抗しようとはしなかった。
まるで体が自分のものではないように言うことを利かなくなっていた。
だから、少しずつズルズルとされるがままイナリに引き摺られていく。
相当な時間をかけて歩いてきた闇の回廊、だが、実際には大した距離ではない。
小さなイナリに引かれるがまま、俺は玄関へと直ぐに戻ってきてしまった。
イナリは、玄関の扉も気にすることなくそのまますり抜けようとする。
危うく扉に衝突しそうになりながら、靴も履かずに廊下に飛び出した。
「ちょっ、おいっ!何すんだよ!?危ねぇだろっ!」
再び屋外へと出た俺は、突然の強行に非難の声を上げる。
『アホかっ!お前思いっきり当てられてたやんけっ!!お前は人一倍魅入られやすいんやから注意せい!アホツキっ!!』
負けじとイナリも怯むことなく三倍にして言い返してきた。
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