二拾


「……別にっ、ただちゃんと現場を確認しておこうと思って……」


 慌て言い返そうとして、すぐ近くに座り込んだままの美衣子の存在に気がつく。

 まだ立ち直れていないようで、呆けた表情のまま、止まらぬ震えと戦っているようだった。


「美衣子?大丈夫か?」


 このままイナリと言い争い続けるわけにもいかない。

 誤魔化すように、俺は彼女に話しかける。

 だが、どう見ても大丈夫とは言い難い雰囲気だった。

 視線は始終辺りをさ迷い、焦点が定まらない。歯がカチカチと音をたてる程、大きく震えている。


ブルルルルブルルルル…………


 一先ず、この建物から連れ出そうと、手を伸ばしたところで、ポケットの中の振動が俺を引き留めた。


「あぁっ!こんな時に誰だよ!?」


 次から次へと、目まぐるしく変わる事態に、軽い頭痛すら感じる。

 軽く頭を振って、痛みを振り払うと、ビリビリと太股を痺れさせる携帯を取り出した。


“着信 若宮尊”


 そこには、目下此方へ向かっているはずの救世主の名前がディスプレイを光らせていた。


「もしもし?」


「拓真さん?私です。尊です。遅くなってすいません!今着いたのですが……」


 どうやら、到着したもののオートロックに阻まれて中に入って来れないようだった。

 迷わず暗証番号を伝え、早々に通話を終える。

 流石に美衣子の部屋に戻って開けてあげる度胸は無かった。

 携帯電話には、三回程着信があったことが記されていた。

 相手は全て尊さん。

 ここに到着して直ぐに電話してくれたみたいなのだが、俺が気付いていなかったようだ。美衣子の家の中にいた時の事だろう。

 だが、何度コールしてくれたのかは判らないが、ポケットの中で散々振動していても全く気付かないというのは……イナリが言っていた『当てられていた』というのもあながち的外れではないのかもしれない。


「お待たせしました!!」


 エレベーターが到着するや否や、尊さんは一直線に此方に向かって走って来た。


「ああ、わざわざごめん」


 隣で泣きじゃくる美衣子の代わりに返事をする。

 美衣子は、何度も声をかけ揺さぶるうちにやっと放心状態を抜け出したものの、糸が切れたように泣き崩れると、そのまま止めどなく泣いていた。

 しかしながら、泣くというのは心が戻って来たということだ。

 ならば、茫然としている時よりずっといい。


「その……こちらのお部屋ですか?」


「あぁ、うん。美衣子、いいよな?……ごめん、落ち着いたら行くから」

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