拾参

 原付を適当に停め、美衣子の住んでいる六階建ての建物へと臨む。

 美衣子の家族について詳しく聞いた事は無いが、その持ち物や身の回りの環境から察するに、きっと裕福な家庭なのだろう。同じ独り暮らしでも俺のボロアパートに比べると雲泥の差と言えるような場所だ。


「行くぞ!!」


 生唾を飲み込む。

 俺の言葉にイナリが頷いて付いてくる。

 しかし、直ぐに俺の行く手は阻まれた。

 美衣子の家は、その外観に違わず、オートロック式で、端では監視カメラが静かにこちらを見ていた。

 勿論暗証番号など知る筈もない。

 ひとまずオートロックに部屋番号を入力し、美衣子を呼び出してみる。


「……」


 予想はしていたが、やはり返事はない。

 しかしながら、鳴らしてから後悔した。部屋で一人縮こまって混乱している美衣子からすれば、突如部屋に鳴り響いたインターフォンの音は、恐怖を加速させただけだったかもしれない。

 どうしたものか……?

 数瞬迷った後、以前一度だけ、美衣子の家に皆で集まる際、一足先に着いた俺は、暗証番号と合鍵の隠し場所を聞いたことがあるのを思い出した。

 なんとかそれを記憶の底から引っ張り出すことにした。

 今にも誰かに咎められるのではないかとヒヤヒヤしながら、微かに頭の隅に残っていた四桁の数字を押してみる。

 こういったマンションの暗証番号は、防犯の為に定期的に変えるのが定石だ。昔聞いた記憶の中の番号なんて只でさえ不確かだというのに、既に番号が変わった後だとしたら、もう打つ手はない。

 それこそ、誰かこのマンションの住人が帰って来るのを待って、こそこそついて行くくらいしか案は思い浮かばない。

 開いてくれっ!

 願いを込めて入力を終える。

 すると祈りが通じたのか、揺るがなかった扉がゆっくりと目の前で開いた。オートロックの扉が、再び堅く閉ざされる前に、すかさず中に入る。

 よくよく考えれば、友達とは言え、他人に暗証番号やら鍵の場所やらを教えるなんて防犯的にいかがなものかとも思うが、今になってみれば結果オーライだ。

 しかし、マンション内もやけに静かだった。

 待ち構えていたかのように、丁度一階にいたエレベータに乗り、目的の階である6のボタンを押す。

 美衣子の部屋はこの六階建てのマンションの最上階の角部屋だった。


『なんや、エッライ豪華なくせにやたらと寂れたトコやな……』


 エレベータが上昇する僅かな時間、沈黙に耐え兼ねたかのようにイナリが言う。

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