「ごっそさん」


 いつも通り、一番に食事を終えた俺は席を立つ。

 それに反応して、周囲の食事を卑しく覗いていたイナリがふよふよと戻ってくる。


『なぁ、暁はん?ちょい気になる事があるんやけど……』


 学内では会話しないと先程言ったばかりだというのに、イナリは性懲りもなく話し掛けてくるが、とりあえず無視して、淡々と空いた器を返却口に返し、いち早く食堂を出た。


「あと一限で授業終わっから、お喋りはもう少し我慢しろ。そしたらまた尊さんとこ行くから」


 表に出て人が少なくなったところで、歩みは止めずにこそりと言う。


『おぉーっ!あのべっぴんさんのとこやな!!それはええ!じゃあ暁、土産に油あげ買うて行こ!』


 イナリは、俺の囁くような声をきちっと拾い、テンションを上げた。

 午後の授業迄の残り時間、俺は大抵屋外の自動販売機横の小庭のようになっている花壇の端に腰掛けて過ごすのが通例となっていた。

 殆ど人が来ないこの場所は、のんびりとするにはもってこいだった。

 どうして皆こんな良い場所を見過しているのだろうと、入学当初は気になったのだが、その理由は教室群がある棟から距離があるためのようだ。

 俺はいつも通り自販機でいちごみるくのパックジュースを買い、勝手に決めた自分の特等席へと腰をおろす。

 ここにいる間は、人が来る心配も殆ど無いので、一応イナリにも何か飲むか訊いてやったが、「いらん」という返事が返って来た。


「お前って喉は渇かねーの?」


『あぁ、別に平気や。ホンマモンの狐なわけじゃないからな、飲まず食わず寝ずでも平気や』


 イナリは自慢気に胸を張る。

 そう言えば確かに尊さんも神様はそんなもんだと言っていた。

 確かに、油揚げをばくばく食った後も、何も飲みたいとは言わなかったしな……


「じゃあ、油揚げも別に喰わなくて平気ってことだな?」


『イヤーン。それはちゃうやーん。好物は別腹っちゅーやんけー。暁はんのいけずー』


 イナリは、俺の言葉に気持ち悪い声を出してなついてくる。

 元々は恨んで憑いていたというのに、調子のイイヤツだ。

 別に油揚げくらい買ってやるのは構わないが、ホイホイ買ってやるとコイツはすぐ調子にのるので困る。

 一人暮らしで、大抵買い食いで済ます俺としては、毎日一人で飯を食うよりは、やはり誰かと食べるほうが嬉しいし。

 まぁ、俺の財布が心細い時は話は別だが……。

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