駒猫 ~あいねこ~

藤村 最

俺の秘密、彼女の秘密。


「あっきぃ?」


 耳馴れた声に呼ばれ、突っ伏していた顔を上げる。

 場所は教室。時間は……熟睡していたのでよく判らないが多分昼前くらいだと思う。


「あっきぃ、お昼食べ行こーよ?」


 ハズレ。どうやら既に午前中の講義をスルーして、昼休みに突入していた模様。

 俺は寝ぼけ眼を擦りながら、大人しく誘いにのった。




「こっち、こっち!」


 食堂で一番安くて旨いチキンカレーを購入した俺は、混み合ったテーブルの中、やっとのことで連れの連中の所まで辿り着く。


「お前、またカレー?」


拓真たくまくんは、カレーが本当に好きなんだねぇ」


「いや、もう好きってレベルじゃないだろ?こりゃ中毒だな。中毒」


「でも、あきくんからカレーをとったら何も残らないじゃないか」


「あっきぃ、散々な言われようだね」


 周りに座るいつも連るんでいる五人の友人は、好き勝手に俺、拓真たくま あかつきとカレーを吊し上げる。


「カレーは神なんだよ」


 しかし、そんな事で俺とカレーの絆は切れない。


 「ごっそさん」


 未だ俺とカレーへの冷やかしに盛り上がっている連中をほったらかして、席を立つ。別に怒っているわけではない。食事は静かに素早く済ませる性質なのだ。


 「あっきぃ?」


 俺が食堂のおばちゃんにトレーを渡していると、上着の裾がチョイチョイと引っ張られる。振り返れば、先程までオムライスをつついていた筈の美衣子みいこがそこにいた。



 有村ありむら 美衣子みいこ

 ショートボブにぱっちり眼、オシャレにも気を使う美少女で、明るく気立てのいい十九歳。


 「ん?」


 「あっきぃ、怒ってる?」


 気だるげに返事をすると、恐る恐るという感じでそう訊いてくる。どうやら焦って来たらしく、右手にはまだスプーンを持ったままだった。


「別に怒ってない。俺に謝るくらいならカレーに謝ってくれ」


「うん、ゴメン」


 適当に返事をしてやると、美衣子は伝わっているのかいないのかさらりと謝った。

 哀れ、カレー。話しのついでに謝られてる。


「どうした?」


「あのね、話したいことあるから、待っててくれる?」


「あー……じゃあ、中庭の自販機んとこにいるわ」


「うん、うん。じゃあ、急いで食べてくるっ!!」


 承諾すると美衣子はぱぁっと顔を輝かせる。感情が表に出やすい奴だ。


「消化に悪いからよく噛んで喰ってこい」


 やたらに急いで戻っていく後ろ姿にそう声をかけてやる。

 しかし美衣子は、スプーンを持った手をこちらへ向けてブンブン振っているだけだった。

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