カナかなクロニクル リペア

第15話獣神変〈グラムフェルト〉

　まるで雷が鳴り出すような空気がクロエの周囲を乱していく。

_クロエ？

　私とは違うアビリティでも持っているのか、クロエは見覚えのない現象を起こしつつあった。

_あれは呪紋？

　そのクロエの体を縛るように何かの文字列が巡る。

　見たことない文字だ。

　おそらく元素世界の文字ではない。

「お前とクリューはここから離れてくれ」

　邪魔だから？

　ゆっくりと頷いたのはクロエの最後の優しさかもしれない。

_祭壇。

　そうだ。色々あって忘れてたけど、まだ祭壇に行ってない。

　下山するよりそっちの方が安全と踏んだ私は半ば混乱した頭を振りほどきクロエに頷き、クリューの手を取った。

「クロちゃん負けんな！」

　背後に振り返ったクリューはその手をほどき、両手でクロエに思いっっっきり叫んだ。

「任せろ」

　後ろ手に親指を立てるクロエ。

ウォォォ…ンッ

　それからいくらか進んだところで狼の咆哮のようなものを背後に聴いた。

　私は敢えて振り返ることはせず、ただ上を目指した。

　めざすは山頂付近。

　もうクロエの気配もしなくなったところでクリューがふと後ろを振り返る。

　俄に競り上がる不安を私は祭壇に拘ることで収めようとした。

_クロエなら振り返らない。

　でも、クリューの直感は一蹴できるものではなかった。

「ご明察。なかなか危ないところだったわよ？」

ドサッ

　不安は的中した。

　背後には喪女の姿があった。

　喪女はクロエを足下に棄てた。

_私はこんなところで死ぬのか。

　仲間を失い、元世にも戻れず、まだ何もやり遂げていない、何もわからないままで。

　魔王の真意を図り、可能なら説得して元世へ、、、

「あぁそれは無理だと思うわよ？

魔王様はキミら勇者を心底煙がっているからね？」

_？

　今なんと？

　魔王様だって！？

　私は乱れた心を正すため、少し質問の方向をズラしてみた。

「魔王は元素世界をどうしようというの？」

「移住先。心優しい魔王様は魔物達のために魔素（マナ）の少なくなったこのファーリアを捨てて、元素世界に移住するつもりでいるの」

_！？

　そんな。

　元素世界には魔素（マナ）なんてないのに！

　「ふぅ」とため息を一つ、彼女は

「ちゃんと勉強してる？現役の中学生でしょ？植物の育つ仕組みは？何の栄養もないところに花なんて咲かないでしょ？」

_養分？

　呑み込みの悪い私をおいて、

「貴女のスマホが正常に動作することから、魔素（マナ）についても元素世界に代わりになるものがあるってこと。まぁまだ私の仮説だけど」

　そうか。異世界は何もかもを異（こと）にするワケじゃないんだ。

　じゃないと私がこうして呼吸していられるのもおかしくなってくる。

　それがわかると沸々と希望が湧いてきた。

「ありがとう！なら私は人間のために魔王と闘うよ！」

　　晴々としたカナの顔を見て、呆れた顔が「わからない」というように振られてまるで話を合わせるように、

「わからないの？私は貴女の敵で！貴女の世界を！友達を！家族さえも殺そうとしている人間なのよ！？」

「なら尚のこと勇気が湧いてきたよ！」

　平行線を辿り始めた彼女達はその瞬間「わかりあえない」ことをわかりあえた。

「人は話せばわかるわけじゃない」

_だから。

「わかりあうために何かをする度、私達はわかりあうことからまた一つ遠ざかる」

_そうだよね？お父さん。

　お父さんの言葉がカチリと今嵌った気がした。

「そこを退いて！魔王のところへいく！」

　ベリーショートの黒髪をかき上げて彼女は「仕方ないわね」と私ではないどこかへ吐き捨てるように呟いた。

「腹はくくってるみたいね？じゃあいくわよ！」

　見る間に女の姿はどす黒い瘴気に覆われ別の生き物に姿を変える。

　何、、、アレ！？

　特別体が大きいワケでも魔素（マナ）が大きいワケでもないのに、、、

_この気迫と、意力。

「ここで終わらせてあげる」

　白く優しい笑みを浮かべた龍は人の言葉で喋った。

「上級龍でないと喋れないと思った？」

　たしかに私は上級龍ではない。

　でも、魔族の中では上級なの。

「魔王様から賜った名は四魔将、氷の妃将（ひしょう）グラムフェルト。

魔王様は私達下級龍でも見込みさえあれば名前をくれる。そしてその姿も」

　彼女の姿はそれからさらに変化を見せた。

　紅い閃光が走り、それが傷のように身体のあちこちに残った。

「これが魔族の絆」

カタ、カタ、カタ、、、

　握った柄に力が入らない。

　サイズは以前闘った黒龍より全然大きかった。

　反射的に私はクリューを探してしまう。

_いない！？

「カナちゃんアイツ強いよ！」

　いた！と思ったらスマホで何やってんの！？

　スマホから起動されたアプリで「アイツ」の能力を空中に映し出すクリュー。

_もう何やっても驚かないよ。

　きっと私の知らないアプリでもインストールされてんでしょ。

　それより能力値って何？ステータス見れるんだ？わぁ丸裸！

　だからこそ、

「弱点、、ねぇじゃん」

　サーっと血の気が引いていく音がした。

「逃さないわよ？」

　マジですか？そうですよね？前科者ですからね？

　また逃がして、強くなって帰ってこられても困るから、潰しましょそうしましょってヤツですねわかります。

_うわぁ死んだなコレ。

　勇者カナとしてはどうなのよコレ。

_いいわけねぇだろ！

_？

「あら、呪紋で言葉を送るなんてお洒落さん」

グシャッ

ギリギリッ

「ッ」

　彼女は龍の姿で足下のクロエを踏みつけた。

_骨の軋むような音がした。

　今のはクロエの声だったらしい。

「クロエッ」

　我知らず声を上げる私を見てニィッと嘲笑（わら）った白銀龍。

_うわヤな笑顔。

　とてもじゃないがいい笑顔には見えなかった。

　ゾクリとした感覚が私を包む。

_怖い。

「やっぱりただの仲間ってワケじゃなさそうね？」