現代の魔女・クロニクル

諏訪未来

第1話 Bar Hexen Haus


冬の雲ひとつない空に夕陽が射し、人々は皆帰宅の途につく。

東京の街は仕事帰りの者や学校帰りの学生たちでより一層込み合っていた。

時間は怒涛と共に瞬く間に夜を迎え、街には灯がともる。


大野達夫はその日もいつものように仕事帰りに会社の同僚たちと居酒屋で飲んでいた。

1年で一番大きい仕事が片付き、金曜日という事もあっていつもよりお酒が進み、気分よく飲んでいた。


達夫は旧帝大を出た後に、新卒でウェブデザインの会社に入り、同僚にも恵まれて充実した日々を送っていると感じていた。入社してもう3年になる。納期前には残業が続き、とても苦しいけれども、それもひとつ一つの作品を世に送り届けるためだと思うことができ、忙しい日々はかえって楽しかった。私生活でも、大学時代にオーケストラ部から付き合い出した木内良子という彼女がいて、疲れた達夫を優しい言葉で癒してくれるのだった。


同僚との飲み会も終わり、ほろ酔いで気分よく歩いていていると、道端にBarの看板が目に入った。


<< Bar Hexen Haus >>


「ヘキセンハウス?何語だろ? ん〜もう一軒行ってから帰るかな」


達夫はバーへと続く地下階段を下り、店の扉を開けてみた。


そこはなんとも狭くL字型のカウンターが一つあるだけの店だった。

店の明かりは薄暗く不気味で、客は誰もいなかった。


「待っていたよ。ここへお座り。」


カウンターの向こう側の暗がりから低い女の声がする。よくみるとカウンターの向こう側に一人の老婆が立っていた。

店の中だというのにガウンを着て、目鼻立ちは日本人とは程遠い。


「外国人だろうか?」と達夫は思った。


「ワタシの姿に驚いたかい?ワタシは世間でいう魔女なんでね、この格好の方が楽なんだよ。」


そういうと老婆は奥にあったボトルとショットグラスを取り出して、カウンターに置き、ショットグラスにウィスキーらしき酒を注いだ。


「さぁこっちへ来て一杯やんな」


達夫は言われるままに、カウンターの席につき、「あぁどうも」と言い、置かれた酒を一口飲んだ。

酒はウィスキーらしく、舌がしびれると同時に熱い液体が喉から食道を進んでいくのが感じられた。


「魔女なんて言ってましたけど、そう言うテイでこのお店を経営してるんですか?」

と達夫は面白がってきいてみた。


「アタシはね本当に魔女なんだよ。生まれはドイツのハルツって森でね、長いこと暮らしてたんだけど、もう近代化がすすんだだろ?だから魔女として隠れて生きてくのが面倒になったんだよ。」


そう言うと、老婆は自分にもグラスを用意してウィスキーを注ぎ、一気に飲み干した。


「くぅ~酒は老いた体にはしみるねぇ。」


「近代化の波っていうのはまぁ魔女にとっても嫌なことじゃなくてね。ほら、空飛ぶのもさ、冬とかそら飛ぶの寒いんだよね。薄着だし。その点、車とか飛行機とか速いし安全だし快適なんだよね。ドイツの冬寒いでしょ?しかも雨よく降るし。まぁそんな事知らないか。まぁそんなんなんで、魔女たちもさ、近代化の波にのることにしたってわけ。」


達夫は冗談でいっているのか、呆けてそんな事をいっているのかよくわからなかったが、話を合わせることにした。


「それはまた面白いですね。魔女も車を運転するのかぁ。魔女も近代化するんですね。」


「ハーメルンの笛吹き男の話を知っているかい?」


「あぁあのネズミ退治したのにお礼をしなかったから、子供たちをさらったって話ですよね。」


「そう。ハーメルンもね。ハルツから近くて、しかもあの笛はもともとアタシら魔女のものだったんだけど、笛吹き男が人間を助けたいから、どうしても貸してくれってせがむもんで、貸してやったもんなのさ。」


「結局あいつは裏切られて人間に仕返ししちゃったけど、あぁいうことが魔力があると多くてね。だから人間から反感を買うことが多かったんだけど、車とかスマホとか近代化が進むと、もう言わば魔法みたいなものだろ?だから魔女にとっては隠れなくても住んでいける世の中になったのさ。」


「確かに、今の技術は昔にくらべたらすごいですもんね。ドイツ生まれってことですけど、なんで日本になんてきたんですか?かなり辺境の地ですよね、ここ。」


「そりゃもちろんメシがうまいからさ。それに日本人は占いが特に好きだろ?メシの種には困らないってわけ。」


「ごはんがおいしいからですか...」


「ドイツではジャガイモと肉がメインだからね。刺身なんてないし、ラーメンもいいね。魔女はカエルとか子供とか食べるとか思われてるけど、そんな事は本当は一切ないんだけどね。全部魔法が使えるためにおこった悲劇で、偏見でしかないんだよね。」


「それと...に会うためさ。」


「へ?僕にですか?」


老婆は不気味にニヤリとわらった。

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