第10話 当たって砕けろ!憧れのあの子と友達になろう!
トイレに連れ込んだのはいいけど、お金持ちの通う学校はトイレまで一般人と違った。独特な嫌な臭いもしない。それどころか石鹸の香りが一面に広がって、壁紙やタイルに汚れひとつ見当たらず、清潔感も申し分ないほどバッチリ。
今どきは当たり前なのかもしれないけど全てが洗浄機能付きの洋式。トイレットペーパーも買ったことのないお高いダブル。しかも水を風で飛ばす……ハンドドライヤーっていうの? ショッピングモールとかでしか見かけない物まで設置。はぁ……、現実で過ごしていたギャップがまた今になって襲ってくるだなんて、貧乏人思考でやんなっちゃう。
「桃尻さん?」
「え!? あっ! あらやだ、あたくしったらボーッとしちゃいまして、オホホ!」
いつまで経っても用をしない私を見かねた愛理は、不思議そうに声をかけた。トイレに感動していたことを悟られぬよう焦った様子で誤魔化しては、コホンと咳払いをする。
「松風さん。私、トイレがしたいって言ったけど――あれは嘘なの」
「えっ?」
「騙しててごめんなさい。でも、二人きりで話をしたかったの。聞いてくれる?」
「はい」
快く返事をしているけど、私が二人きりで話がしたいと言葉にした後から、愛理は表情を強張らせていた。どんな話をされるのだろう、そう顔に書いてある。最もな反応。自分ですら二人きりで話がしたいと言われたら構えてしまうのに、相手にとっては嫌がらせの主犯格。いい顔をされるわけがない。
ソーラン節で距離は縮まったと思っていたけど、そう思っていたのは私だけ。愛理が桃尻への警戒心が抜けきっていないのに二人きりの場を持ち込んだのは早すぎたんじゃ……ううん! なにまた弱気になってんの! この子とハッピーエンドを持ち込むにはこうするしかないんだってば!
さあ、今度こそ言うんだ。「松風さん、今までごめんなさい。もしよかったら私とお友達になってもらえませんか?」――って。
とはいえ、誰もいない女子トイレ、個室、二人きり、何も起こるはずもなく……等と、頭にポンポンと浮かんでくる、いやらしいワードを掻き消しては浮かんで、掻き消しては浮かんでの単純作業エンドレス。心臓は減速することなく、どんどん鼓動の荒波にのみこまれていく。
本当に今さらだけど推しが前にいることに、ドキドキしすぎて鼻血を出して倒れそう。ついでに意識も朦朧としてきたけど! 私にはどうしても結ばれたい子がいる!
声にならない強い叫びがついに、喉奥に引っ掛かっていた思いを動かした。
「松風さん、今まで本当にごめんなさい! 謝って許されることじゃないって分かっているけれど、あなたが嫌じゃなければ、お友達になりたいの! お願いします!」
土下座する勢いで頭を下げ、なんて都合のいいことを、と内心鼻で笑う自分がいた。次に愛理がどう返答するかで、今後のルートは大きく決まる。ゴクリ、生唾を飲み込む音が静寂な空間へと落ちていく。
どうしよう、沈黙が怖い。早く、早く何か言って……。
味わったことのない不安感に襲われ、膝から崩れ落ちそうになっているとき、愛理の言葉が頭上に降ってきた。
「はい。いいですよ」
声のトーンには、戸惑う感情や怒りの感情、迷った感情も感じさせず。たしかにそれは、二つ返事の承諾が飛び込んできたのだ。
嘘嘘嘘嘘! これは、きたんじゃない!? いや待って、一応愛理の本心も確かめておかないと!
「松風さん、あなた本当にいいの!? あの性悪女の桃尻エリカよ!? 散々嫌なことしてきた女じゃない! そんな奴と友達になれるの!? 嫌なら嫌って言っていいのよ! さあEverybody say!!」
自分で言っておきながら伏せていた顔を上げては、愛理にさりげなく壁ドンをして詰め寄っていく。縦ロールを振り回して近づいていく桃尻の見た目はさぞ怖いでしょうに。愛理はそれですら拒否することなく、
「いえ、そんなことありません。私も桃尻さんと仲良くなりたいです。朝の件で桃尻さんの意外な一面も知れたことが嬉しくって、いつかもっと話したいなと思っていたところなんです」
「そうだったの!? でしたら全然お話いたしましょ! ええと、今日のお昼とかご一緒にどうかしら?」
「はいっ」
ダイヤモンドに匹敵する笑顔をふりまいて答える愛理。もぅマジ無理……。この子と絶対に結ばれょ……。
見つめあって「うふふ、あはは」モードに入った途端に、愛理は私の鼻を見て小さな悲鳴を上げる。視線の先と鼻下を流れていく気持ち悪い感覚に鼻血だとすぐに分かったが、体内も喜んでいるんだなとズレた感心をしてしまった。
「えへへ……女の子の日始まっちゃったみたい……」
「へ? えっと、とりあえずティッシュどうぞ?」
私は愛理が優しいのをいいことに、ポケットティッシュをもらうだけでなくティッシュを鼻に詰めてもらうといったキャバでもないプレイを堪能。
それからすぐに授業開始のチャイムは鳴り、二人仲良く職員室行きになったのは、また別のお話である。
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