クール系の辛辣彼女に別れ話を持ちかけた

彼女が厳しすぎて辛い


「はぁ……」


月曜日。多くの学生は五日間、私立ともなれば六日間続く学校に対してため息をつくだろう。


もちろん俺もその中の1人である。……が、俺の心労はそれだけでは足りない。



やっぱりいた。


「随分と遅れた登場ね。貴方は私の貴重かつ崇高な人生の2分間を奪ったの。本当に、貴方はダメ人間ね」



いつも通り俺の家の前で待っていたのだろう理香は、玄関から出てくる俺を見るなりがみがみ言ってきた。


恋人だというのに、そこに甘い雰囲気など欠片も無い。


「遅れたって……たったの2分だろ」


「雄一はそう言い訳してこれからも悠々と生きていくのね。時間を守れない人間は社会では生きていけないの。必ず守りなさい。それが無理なら時間にルーズなフランスにでも行くことね」


「………」


「何よその目は。言いたい事があるなら言ってみなさい。もちろん、貴方に反論出来るのならだけど」


……わかっている。わかっているんだ。


いつも俺が間違っていて、いつも彼女が正しい。


今回だってそうだ。


"時間を守れない人間は社会では生きていけない"


ここまで極端では無いかもしれないが、その通りだと思う。


だから俺が出来る事と言えば目でささやかな反抗をする事だけ。反論なんて、出来やしない。


俺達の関係がおかしくなったのは……いや、もっと言うと、俺が彼女の事をほんの少し、煩わしく思うようになったのはいつ頃からだっただろうか。


図書委員で一緒になった理香と俺。当然惚れたのは俺が先。彼女のしっかりしている部分と、時折見せる優し気な笑顔に俺はやられた。


1回目、2回目の告白の返事はNO。


心が折れそうになったが、3回目の告白でようやくオッケーを貰えた時は泣きそうなほど嬉しかった。



あぁ、無責任な男だ、俺は。


こうして振り返ってみると、それを鮮明に理解させられる。


彼女のしっかり者の部分に惚れたのに、それが俺に向いた瞬間にほんの少しでも彼女を煩わしく思ってしまうなんて、情けない。


でも、最近の彼女は………こう、飴と鞭じゃなくて、鞭オンリーなんだ。俺が彼女に言われた通りに物事を改善しても、最近は労いの言葉一つくれない。いや、くれるほどの事でもないのだろうが、俺にとっては少し辛い。


もう、理香は俺の事がもう好きではないんだろう。言ってて悲しくなるが、きっと事実だ。


大方、俺のだらしない部分に辟易したって所か。

そう考えると、鞭オンリーなのも説明がつく。


認めたくない、認めたくない。が、なにより俺達二人の為に、関係を終わらせないといけない。


「さっきから黙り込んでどうしたのよ」


「今日の放課後、話がある。うちに来てくれないか?」


今日はうちの両親も仕事でいない。別れ話をするには丁度良い。


「……そういう事はしないわよ」


「わかってる」


今まで一丁前に別れたい理由を羅列してきたが、もかなり大きい。かなり前に彼女を家に呼んだ時、意を決してキスをしようとしたのだが、彼女の右ストレートが俺の頬に食い込む事になった。


彼女曰く、"高校生でそういうのは早すぎる"らしい。


……ともかく、今日の放課後に決着をつけよう。


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「で?話ってなによ」


放課後、俺の部屋のベッドに腰掛ける俺達。

彼女はいささかリラックスしているようだが、俺はというと、緊張して心臓がバクバク鳴っていた。


言葉に出すのにここまで苦労するぐらいならば、いっそこの話は無しにしてもいいのではないかとふと頭によぎる。でも、このままズルズル関係を続けていてもきっと長続きしない。


ならば、勇気を出して言うべきだ。


「別れよう」


緊張していた割には、すんなりと言葉が出てきた。


目の前の彼女はと言うと、目を大きく見開いて、心底驚いているように見える。


「本気……なの?」


「あぁ」


「……理由を、聞いてもいいかしら」


「いつだって理香が正しくて、いつだって俺が間違ってる。そんな事わかってる。……でも、君から正義を盾にいびられるのに疲れたんだ。

それだけじゃない。君はキスの一つさえ俺に許してくれない。勿論その先も。どうせ俺の事なんて好きじゃないんだろ?わかってるから。だから、そういう事もしてくれないんだろ?……もう別れよう。このまま付き合っててもお互いの為にならない」


堰を切ったように言葉が次から次へと口から放たれていく。


言っていて、自分が最低な奴だと自覚した。別れ際でさえ、彼女が正しくて、俺が間違ってる。


彼女を見ると、わなわな震えていた。怒っている。そう理解するのに時間はかからなかった。


と、思った次の瞬間には彼女の体から力が抜ける。


それは、俺らの関係が終わったことを克明に示す証拠。


「……わかったわ」


彼女は俺に背を向けて部屋から出て行った。


今度は俺の体の力が抜けた事を自覚しながら、ベッドに大の字になって寝っ転がった。


「……終わった」


彼女と別れたというのに、爽快感なんて欠片も無い。でも、胸にぽっかりと空洞が出来たような、そんな感覚ならあった。


きっと、俺と彼女は釣り合ってなかったんだな。


ぼーっとする頭でそれを理解した。


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理香と別れて4日が経った。あれから彼女は学校に来ていない。担任曰く、体調が思わしくないらしい。


見舞いに行きたい、と一瞬でも思ってしまった。

自分から振ったというのに未練たらたらである。


まあ、今頃後悔してももう遅いという事は間違いない。


「神谷、ちょっといいか?」


帰り支度を進めている俺に、担任が話しかけてきた。面倒事だろうと即座に確信したので無視したかったが、小心者の俺にそんな事出来る訳がない。


「はい、なんですか?」


「いや、少し頼み事があってな」


ほら、やっぱり面倒事じゃないか。


「神谷、詰田と家、近いよな?届けて欲しい手紙があるんだが」


何故俺と理香の家が近い事がわかったのか一瞬疑問に思ったが、教師とは家庭訪問が無くとも生徒の家を記憶するものなのだろう、と思うことにした。


「その手紙、今日届けないといけないやつですか?」


「あぁ、本当なら詰田の親御さんに来てもらうのが一番なんだが……どうやら家にいないみたいなんだ。頼まれてくれないか?」


正直、彼女と別れたばっかりで気まずいのもあるので行きたくない。が、担任からのお願いを断れるほど俺は肝が座っているわけでもない。


「……わかりました。放課後届けます」


渋々俺は了承した。


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理香の家に着いたのは良いのだが、俺はというと、彼女の家の玄関前で足踏みしていた。


自宅を知ってこそいるものの、訪れるのが初めてだという理由ももちろんあるが──


「理香の事だから、どうせ俺の事なんてもう赤の他人としか見えてないんだろうな」


思わず独り言をこぼす。


自分から別れを切り出したのに、未練がましいことであるのは重々承知の上だが、そんな未来が来て欲しくなくて、そんな未来を突きつけられるのが嫌で、中々インターホンを鳴らせない。


そんなこんなで10分ぐらい立ち惚けた後にようやく心の整理がついた俺は、意を決してインターホンを鳴らした。


…………………


……………


………



「あれ?いないのか?」


と疑問に感じた瞬間、大きな音を立ててドアが開いた。


「よう、久しぶり──


ドアが開いた瞬間、理香は俺の腕を引っ張って家に連れ込んだ。彼女は素早い手つきで施錠すると、やっとこさ俺に向き直った。


「黙って、付いてきて」


訳もわからず理香を問い詰めようとしたが、彼女のやつれにやつれ切った顔を見て、思わず怯んでしまった。


理香に手を引っ張られるがまま、彼女の家の中を進んで行く。


二階に登って廊下の突き当たりの部屋に入る。きっとここが彼女が目指していた部屋なのだろう。


見る限り、ベッドやパソコン、勉強机しかない。合理主義の気がある彼女らしい部屋だ。


「え?」


不意に、視界が揺れた。


ベッドに投げ出された、と気づくのには少しの時間が必要だった。


「なにすんだ──っ!」


唇に生暖かい感触。それを感じたと思ったら、今度は舌が俺の口内に侵入してきた。


突然の事過ぎて、理解が追いつかない。


「──ぷはっ!い、いきなりどうしたんだよ!」


理香が唇を離した所ですかさず俺は問い詰める。


すると、彼女はゆっくりと口を開いた。


「簡単な話。雄一と別れたあの日からろくに寝れてないし、食事も喉を通らない。吐き気だってする。一日中ずっと雄一の事を考えてる。別れた日の事を思い出して泣きじゃくってる。……つまり、私は雄一が大好き。貴方に冷たくした事を心底後悔してる」


……デレた?あの、理香が、デレた?


愛の告白なんて一度もされてこなかった俺は、完全に理解が追いつかずにフリーズしてしまった。


「腰、浮かせて」


ほんの少し甘みを帯びた理香の声で我に帰ると、理香が俺のズボンを降ろそうとしていた。


「り、理香!」


「大丈夫。初めてだから上手くいかないかもしれないけど、頑張って雄一のこと気持ちよくするから」


顔を真っ赤にしてそんなことを言う理香。少し遅れて意味を察した俺も、恐らく顔が赤いに違いない。


「ちょっと……ちょっと待ってくれ!」


予想外の事が起き過ぎて混乱していた俺は、思わず彼女を突き放してしまった。


すると、彼女は赤みがかっていた肌を急激に青ざめさせた。


「…-そう、もう雄一は私の事を好きじゃないのね。私が冷たくしたから、当然よね。今頃体を使っても……もう遅いわよね」


目いっぱいに涙を溜めた理香は、心底悲しげな顔をしていた。


「ち、ちが──」


俺の否定を遮るようにして、電話のコール音が鳴った。


「……この女なの?」


「え?なんの話だ?」


「今雄一に電話を掛けている里紗って女……この女の事が好きになったの?付き合ってるの?」


俺の携帯には妹の里紗の文字。いつもの彼女ならば電話を掛けてきたぐらいで俺の新しい彼女だと断定することは無いだろう。……やっぱり、少しおかしい。


「今日の理香、少しおかしいぞ。どうしたんだよ」


少しの間を置いて。


「……やっぱり、耐えきれない」


極小さな声で、でもしっかりと聞こえた。底冷えするような声だった。


「その女が好きなのね……わかった。……その女、殺したら、また私の事を好きになってくれるわよね」


………やばい。


「今から殺しに行くから、少し待っててね」


やばい。やばいやばいやばい。


彼女の急激な変化に戸惑っている暇もない。今すぐ彼女を止めないと、それこそ理香が犯罪者になってしまう。


「ちょっと、ちょっと待ってくれ。落ち着いて話そう」


あくまでも理性的に、諭すように彼女に話しかける。


「止めないで。今から殺しに行くって言ってるでしょ?」


駄目だ。どうやら彼女は今まともな思考が働いてない。


「理香、お前らしくないぞ。一回落ち着いてくれ」


本当にこの言葉に尽きる。いつもの彼女からは考えられない言葉の数々。少なくとも今の彼女は冷静ではない。


なんて考えていると、目の前の理香がわなわな震え出した。


「じゃあ!どうすればいいのよ!」


初めて、彼女の絶叫を聞いた。


「私に貴方が他の女と恋人になるのを黙って見てろって言うの!?そんなの絶対に嫌!雄一の彼女は私だけなの!私以外に存在しちゃいけないの!


涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら絶叫する理香。俺の事を思って流れた涙と鼻水。








それすらも、無性に愛しく思えた。








そうか。やっぱり俺はまだ理香の事を……愛してるんだな。


そう悟った後は早かった。


すぐにでも誤解を解いて、またやり直す、そう決心する。


「好きだ」


彼女をもう離さないと言わんばかりに強く抱きしめながら。







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月曜日。多くの学生は五日間、私立ともなれば六日間続く学校に対してため息をつくだろう。


もちろん俺もその中の1人……ではなくなった。


「随分と遅れた登場ね。貴方は私の貴重かつ崇高な人生の2分間を奪ったの。本当に、貴方はダメ人間ね」


今週も2分遅れた事で、うちの時計が2分ズレていることを確信した。帰ったらすぐに直そう。


「けど───────」


彼女は顔を真っ赤に染めながら。


「そんな時間にルーズな貴方も、大好き………」


時計のズレを直すのは、また今度でいいよな。



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捕捉……理香は雄一を家に招く為に、学校から連絡してきた先生にそれとなく雄一の家と自分の家が近い事を告げて誘導した。



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おまけ


「でも、やっぱりいくら2分とはいえ、積み重なると大きな時間になるわ。そこの所はしっかりしなさい…………私の将来の旦那様になるんだから」



「……流石にそれは気が早くないか?」


「私のバージンを奪っておいてよくそんな事が

言えるわね」


「それを言われたら何も言い返せないな。………でも、本当に良かったのか?高校生のうちはしないって言ってたのに」


「私は貴方が居ないと、貴方じゃないと駄目だって気づけたから。今までは少し怖くて拒絶してたけど、女性にとって大切な物をもらって欲しいって、心の底から思えたから」


「…………責任は取るよ」






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