第八話

「要するにだ」


 俺は状況を整理することにした。授業中の静かな廊下に俺の声が響く。


「俺は過去に戻って来ている。さっき黒板に書いてあった日付から推測するに、今は――」


 そう言って俺は2-4と書かれたプレートを見上げる。


「――中学二年の時の十月、ということだな」


《はいですよ》


 またも頭の中にエフェクトされた執行者の声が響く。コレは俺にしか聞こえない様だ。


「んで、どうしてここに来たのかというと、俺が……したいと言った行為を実現可能なのが、この時だったということだな」


《可能かどーかわ知らねーですが、あんたわ可能性があると考えてるみてーですよ》


 そうみたいだな。何せ俺はついこの間、このクラスの同窓会で、『実は俺のことが好きだった』と、先程教室を出る際に目が合った彼女、アスカちゃんに言われたばかりだからな。


 多分あの屋上の夢に出てきたのは彼女であり、あの夢は啓示だったんだ。


 そして何より素晴らしく、そして喜ばしいことは、俺がこの時代にいながらにして、二十五年分の記憶を持っている、ということだろう。


「おい、執行者」


《ふへ?》


「お前、幸運の使者だったんだな。死神とか言ってごめんな」


《ふふん。よーやく自分のありがたみが分かったですか。悔い改めやがれですよ》


「へーへー。全然説明が足りなかったけどな」


《あ、じゃーもう一度、説明しとくですよ》


 そう言って、執行者は過去に戻った際のルールを説明し出した。


 ソレは――


 その一。


 本来は命を殺めるであろうターゲットの過去に干渉し、ソレを阻止することが償いの目的であり、今回のコレはあくまで特例である。


 その二。


 ここでは自分でも信じていない、思っていないことは口に出したとしても相手に聞こえず、伝わらない。理由は不明。


 その三。


 一度失敗した時点で同じ時間に戻ってやり直すことは不可能。


 その四。


 その一の遂行こそが最優先目的であるが、必要以上の歴史の改竄など、罪人が暴走をした際、執行者はその意思で過去との接続を断つことが出来る。


 ――てなとこらしい。あ、


「そうだよ。普通はこういった歴史の改竄ってご法度なのが物語の相場だろ。いいのか?」


 俺はもっともな意見を口にした。大体小説や漫画だとそういうモンだろう。


 しかし執行者はあっけらかんと答えやがった。


《さあ? 自分初仕事の上、刷り込みに失敗してるから、何ならよくて、何ならいけねーのかよく分からねーですよ》


 ……大丈夫かこいつ。知らない内にタブーを犯して、向こうに強制連行とかイヤだぞ。


《ソレに、元わと言えばあんたが『こんな童貞で恋人も金も何もないウヂ虫みたいなままで死にたくない』とかゆーからですよ》


「そこまで言ってねーよ……ソレでホントに言葉知らないのか、お前」


 ビキビキとこめかみに血管を浮かべながら俺が言う。


「でも、アレだな。この時代で童貞を捨てたとして、二十五歳の俺は経験者なのか?」


《大丈夫ですよ。ここで経験したことわ、先の人生でも反映されますです。上書きってヤツですよ。だからこそ、軽率な行動は慎め、ですよ》


 おお、上書きされるのか。ホントに素晴らしいシステムだぜ。レッツリライトなワケだ。


 安心し浮かれた俺は、後半の注意なんて耳に入っちゃいなかった。


「……あと気になるのはワンチャンストライの項目だな。例えば俺が万が一、彼女にフラれた……ああっと、つまり、目的を果たせなかったとしたら、もうこの時間には帰って来れねーの?」


《はいですよ。同じ回帰点にわ無理ですよ》


「じゃあさっき戻った一分後には?」


《ソレも無理ですよ。さっきも言ったけど、ここわ時間刻みでなく、あんたの『ここならイケるかも』ってゆー記憶をモトに来てるですよ。同ぢ記憶からの回帰わ不可能ですよ》


「マジかよ……なるほど、まさにワンチャンストライってワケね」


《はいですよ。ま、他に初体験の相手候補がいたらへーきなんぢゃねーですか?》


 いたっけな? まあ、ノーコンティニューなのは確かにプレッシャーだが、問題ないだろう。


 何せ彼女は俺が好きなのだ。そして俺はソレを知っているのだ。言わば、八百長試合で勝てるのだと知っているボクサーな気分だぜ。


「まあ、リングで掛けるのは寝技だがな! はっはっは!」


《?》


 自分でもオヤジなこと言ってるな。と思ったが、この状況で浮かれるなと言うのが無理ってモンだ。いやー、神様、執行者様だぜ。


 ……あ。


「そうだ。いい加減『お前』や『執行者』じゃ呼びにくいし、呼び名を付けたいんだが」


《ふへ? ……自分に、ですか?》


「そうだ。ちゃんとした名前で呼ばれたいだろ?」


《いや別に……》


「いいから。俺が困るんだよ。不便だ」


 ここまでロクな呼び方をしてなかったからな。幸運の女神と知った今、彼女を今まで通りぞんざいに呼ぶのに抵抗を覚える。何より分かりづれぇ。

 

 ……と言っても何て呼んだらいいモノか。


「う~ん……」


 見た目から、だとロクな呼び名が浮かばない。『銀髪』とか『八重歯』とか『アホ毛』とか……コレはマズいな。


 ソレに彼女には、どうも和名が似合わない気がする。となると横文字か。


 しかし最近の、我が子にイタイ名前を付けちゃうイタイ親みたいのはダメだ。


 やっぱり特徴から付けるのが一番かな。あくまで便宜上だし。しかし彼女の身体的特徴からだと、先程の様にロクな名前が浮かばない。


「あ」


 ソレなら、身体的じゃない特徴から取ればいいじゃないか。彼女はその特別な力で、俺に何をもたらしてくれる?


《あの……別にいーですよ名前なんて》


「うううう~~ん……」


《もう何でもいーからさっさと初体験なり上書きなりするですよ~》


「あ、上書き!『リライト』。いやソレじゃ男みたいだから『リライ』……コレでどうだ!」


《いや、だから何でもいーですよ》


「ソレとも『リラ』の方がいいか?」


《はぁ。じゃあ『リライ』で》


 彼女は本気で、どうでもよさそうにそう言った。


「おし! じゃあお前は今からリライだ! よろしく頼むぜ、リライ!」


《もー何でもいーですよー》


 リライがそう言ったところで、チャイムの音が聞こえてきた。


 いつの間にか興奮して大声を廊下に響かせていた俺は、ジュンコ先生の説教と、危ないヤツだな、というクラスメイト達の視線を甘んじて受け入れる羽目になったのだった。

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