第 三 番 迷 宮 救 助 隊
@nemusugi
第1話
鼠色の毛皮を持った複数の狼が、二足で立ってあたりを取り囲んでいた。唸り声を漏らす大きな口からは何本もの牙が露出しており、しわ寄った鼻を見れば、明らかにこちらを威嚇しているのだとわかる。
狼の体躯は巨大だった。立ちはだかるその姿はおよそ二メートルはあるだろう。これに囲まれた男たちは、分厚い鎧を着こんでおり、上背も立派だが、比較してしまうとまるで大人と子供のようである。
男たちは狼のつくる輪の中で、背中合わせになっていた。四方八方を囲まれたがために、たった四人しかいない彼らはそうせざるを得なかった。
「ちくしょう、モンスターハウスだったとは!」
四人のうち、シルバープレートの鎧をまとう男が叫んだ。彼は手に大柄な青銅の盾と、両刃の剣を握っていた。盾を掲げる左腕には、無骨な印象の銀の腕輪が輝いている。
「ぜったいに隙を見せるなよ!」と男が続けざまに叫ぶ。
その声に呼応するよう、一匹の狼が地を蹴り、シルバープレートの男を襲った。彼は地面を踏みしめて、迫りくる爪を盾でいなし、剣を突き出す。しかし切っ先は空を貫いた。狼は軽やかな足さばきで避けた同時に、もとの位置に戻っていた。
「くっ!」
反撃を逃した男は歯噛みをする。
その様子が面白かったのか、狼たちは大口の口角を吊り上げて、不敵に笑う素振りをした。白くて鋭利な牙が余計に目に付いた。
どうやら狼は、今の囲っている状況を楽しんでいるらしい。それがわかった男たちは、腹立たしさに顔を歪めた。
「おれたち、もてあそばれている……」
胸当てと関節部にガードを付けただけの軽装な、青髪の男が呟いた。彼の手に弓が握られているところを鑑みるに、狩人として機動性を重視した結果、シルバープレートの男とは対照的な装備になったのだろう。だが、青ざめた顔色をする狩人の彼は、きっと防具が心もとないことを後悔しているに違いなかった。
狩人の呟きに、ブラック塗装の鎧を着た、トサカ頭が特徴的な男が言葉を返す。
「弱気になるんじゃねえぞ」彼は両手に掴むハルバードの柄を固くしぼった。「鼻っ面へし折って、いまに痛い目みせてやる」
「まて、早まるな」
体格に沿った薄手の銀防具に身を包む、黒髪の青年が動きを制した。
「なんでだ。このままじゃあジリ貧だぞ」
「わかってる。でも、むやみに突っ込めば、奴らの格好の餌食だぞ」
「じゃあどうしろってんだ!」
「それをいま、考ているんだろ!」
恐怖と焦りは伝播し、ふたりの気が立っていく。しかしその中でも、シルバープレートをまとう男だけは、冷静に状況を見ていた。
「やめるんだふたりとも。いいか、ぼくの話を聞いてくれ。全員で仲良くこの包囲網から突破するのは極めて難しい……だからぼくが囮になる」
「なっ」ハルバードを握る男が、剣幕を変えた。「ふざけるな、そんなこと許さねえ。全員で生きて帰る、そうだろ!」
「ぼくだって死ぬつもりはないさ。ただこれが、一番勝算の高い賭けなんだ」
「だったらおれが囮になっても一緒だろうが」
「君は攻撃力の高いその武器で、逃げ道をつくるべきだ。盾を持ち、鎧を着ているぼくが、残るべきなんだ」
彼の正論に、他の三人は返す言葉もなく押し黙った。
シルバープレートの男は、それを了解の意として受け取った。
「ぼくが突っ込んで相手の包囲網を崩す。機を見て煙玉を使用して、逃げてくれ。そうしたら頼む――迷宮救助隊に連絡を」
男はそう言い残して、裂帛の気合と共に、狼の輪へ飛び込んだ。
狡猾な狼たちはこれに対して、すぐに円陣を崩すことはなかった。まずは一対一の戦いで出方を窺ってくる。
目前の敵へ、シルバープレートの男は盾を突き出す。いくら鋭い爪をもつ狼といえど、頑強な盾を破壊するほどではないことを計算した上の、隙のない攻撃だ。
狼はその巨躯を捻り、半身になって肩を前に出すと、男と同じく突進した。
互いは激しくぶつかり合い、拮抗する。
「ぐうう!」
男は歯を食いしばり、盾を払った。衝突の勢いが横へ逃げる。ここで前方に力を振り絞っていた狼の態勢が崩れた。
「チャンスだ!」
黒髪の青年は手に汗を握り、叫んだ。
シルバープレートの男も絶好の機会を理解していた。目前に晒された狼の胴体は、いくらでも攻撃の余地があった。
しかし、静観していた周囲の狼が、目ざとくもカバーに入る。脇から狼の腕が伸びてくることを感知した男は、振りかぶった剣をその対処にあてるしかなかった。
攻撃をする最高の瞬間を逃してしまったものの、男が作った好機はもうひとつあった。
「いまだ!」
シルバープレートの男が合図する。すでに状況を呑み込んでいた三人の仲間の行動は、迅速だった。
狩人の男は小さなポーチから取り出した煙玉を地面に叩きつける。衝撃で煙玉が割れて、たちまちに黒煙は広がり視界を奪った。
かろうじて至近の仲間だけがわかる視野で、ハルバードを担いだ男が先陣を切って走る。黒髪の青年と狩人はそれに追従した。
他を寄せ付けまいと、先頭でハルバードがでたらめに振るわれる。黒煙で狼の姿が見えない以上、こうするしか方法はなかった。
ブラック塗装の鎧の重みを感じながら、男は無我夢中で前進した。ときおりハルバードの先端に肉を斬る感触を覚えた。狼の唸り声があちらこちらから聞こえてきた。それに混じって、シルバープレートの男の雄たけびも響いてくる。
だが三人は決して立ち止まらない。彼は命を賭して逃がしてくれたのだ、その思いを無駄にするわけにはいかなかった。
一秒でも早く、帰還するために。
一秒でも早く、迷宮救助隊を呼ぶために。
三人は力一杯に地面を蹴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます