神 対 妖
襲撃者と守護者
高地県から徳縞県との県境へと続く海沿いの国道を白いワンボックスが猛烈な速度で駆け抜けて行く。運転しているのは黒っぽいスーツを着た若い男で助手席には四十年配の男性、後部座席を倒してフラットにした荷室には仰向けに寝転んだ少年とスーツ姿の女性が乗っていた。
「急いで。奴らの追手が来れば不味いことになるわ。」
女が運転している男に言った。緊張を帯びた硬い声だった。女は石川 瑠利、少年は水上 玄狼であった。男は彼女と同じ機関に所属する広田という男だった。小柄ながら引き締まった精悍な体つきをしている。
「分かりました。」
広田は短く答えるとアクセルを踏み込んだ。夜半とは言え大型トラックも通る舗装道路だ。対向車がいないわけではない。しかし彼は手慣れたハンドルさばきでカーブの連続する沿岸道路を殆ど減速せずに切り抜けて行く。玄狼は先程、経口投与した鎮静剤が効いたのかぐっすりと眠っていた。
この道路の先に在る長さ700メートルほどのトンネルを抜ければすぐ近くにサーフィンビーチ用の広いパーキングがある。そこまで行けば安本二等陸尉が乗るUH-1Jが待機している筈であった。
「どうやら、おいでなすったようだな。」
助手席に乗る中年の男がバックミラーを見ながらボソリと呟いた。瑠利がギョッとしたようにルームミラーとバックミラーを交互に覗き込んだ。だがそこには後続車の姿どころかヘッドライトの光すら映っていなかった。
ワンボックスカーの後部ライトに照らしだされた暗灰色のアスファルト路面の向こうには漆黒の夜闇が続いているだけだ。
「
瑠利がそう訊ねた時、グオォォォォーンという大型バイク特有の重厚なエグゾーストノイズが直ぐ近くで聞こえて来た。いつの間にか真っ黒なモンスターバイクの巨体がワンボックスカーと並走していた。乗っているのは巨大なバッファローを思わせるごつい車体に似合わぬほっそりとした体つきのライダーだ。フルフェースのヘルメットを被ったそいつは車の中を覗き込むと凄まじい爆音を立てて一瞬でワンボックスカーを抜き去った。
「あれは何?・・・・追手なの?」
「夜にライトも点けずに走っているのがまともな奴なわけがない。こっちに気付かれんようにライトを消して追い付いて来たんだろう。相当強力な念視能を持っていやがるに違いない。おそらく特殊な訓練を受けた人間、例えば軍人とかのな。
であればまず新明解放軍の追手と考えて間違いない。」
「広田、来るぞ! 気をつけろ!」
真上が言い終わらぬうちに前方を照らすヘッドライトの中に真っ黒な巨大バイクの姿が浮かび上がった。それも右側の対向車線ではなく真正面の左車線を逆走してくる。抜き去った後で急ブレーキとアクセルターンを連続して行う事で一挙に方向転換して戻ってきたのだろう。
排気量1000㏄前後の大型バイクでそれを行うには相当なテクニックと強靭な筋力が必要となる。それは追手のライダーが只者ではない事を感じさせるものだった。
僅か三秒弱で時速100kmに達する獰猛な加速力を誇るモンスターバイクと時速90km近い速度で走っていたワンボックスカーが相対すれば相乗スピードは時速200kmに迫るものとなる。瞬く間に眼前に迫った
キキキィィィィィーーーーッ!!
金属同士が極限状態で擦れ合う凄まじい悲鳴のような擦過音とタイヤの焼ける匂いを振りまきながらワンボックスカーは激しく蛇行した。中央線を越えて対向車線と進行車線の双方に跨った必死のワインディングを繰り返しながら進む。やがて車はほぼ前後が逆さまになった状態で左車線の端に止まった。
運よく対向車が来なかったことが救いであった。そうでなければ一般車両を巻き込んだ悲惨な事故になっていたに違いない。
バイクは正面衝突ギリギリのところで流れるように車体を傾けると対向車線へと身を躱して再び走り去った。神業のようなドライブテクニックであった。
横転事故への緊張と恐怖で放心仕掛かっていた広田はそれでもすぐに後部座席に向かって怒鳴る様に訊いた。
「石川さん! 大丈夫ですか!? 彼は! ・・・子供は?!」
石川 瑠利は玄狼を自身の身体で庇いながら荷室の隅に蹲っていた。横転一歩手前の強烈な慣性Gによって車体の内部フレームに数度叩き付けられていた。その衝撃で意識が朦朧としながらも彼女は少年の状況を確認した。
「大丈夫よ・・・彼も意識が戻ったみたい。」
瑠利は前方座席に向かってそう答えた。しかしホッとした安堵の息を吐く間もなく喉元を締め付けられるような緊張感が車内に走った。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ という重々しいアイドリング音が闇の中から響いて来ていた。強烈なヘッドライトの光条が車の内部を射抜くように差し込んでくる。
知らぬ間にモンスターバイクの巨大な影が逆方向を向いたワンボックスカーのフロントガラスの向こう十メートル手前に止まっていた。
「クソッ! あの野郎!」
怒声を発して外へ出ようとした広田を瑠利が 「待って!」 と声を出して引き留めた。
「追手の対処は彼に任せて。貴方はこの車を早く目的地に着けて頂戴。」
「エッ・・・彼?」
広田が怪訝そうな表情で前方を見渡す。バイクと車のヘッドライトが織りなす眩い光芒の中にひょろりとした背の高い男が立っていた。
「あれは・・・・・真上さん?」
あの荒波に揉まれる小舟のような恐慌状態の後、助手席にいた筈の真上が何時、車外へ出たのか不思議な気がした。真上とは任務において何度か一緒に行動したことがあったぐらいで余り良くは知らない。
ただ組織のかなり上の職員達からも一目置かれた存在であるらしいことは薄々感づいていた。しかし武器らしいものも持たずしかも単身であの巨大バイクを手足の様に扱う相手にどうやって立ち向かうつもりなのか?
「広田君! 急いで!」
石川 瑠利の切羽詰まった声に広田は後ろ髪を引かれながらも車を大きく旋回させようとした。ところが運悪く対向車が来たため斜め45度の状態で止まってしまう。
おまけに対向車は大型トレーラーであった。全長16.5メートルの長大な鉄の台車がゆっくりと通り過ぎるのに約1.5秒程の時間が掛かった。
追手がそれを見逃す筈が無かった。
ライダーのフルフェース横の左こめかみ辺りに装着された直径約3cm程の円筒形の器具からボンッという鋭い破裂音が響き渡る。次の瞬間、後部のスライド式ドアに ”ドドォーンッ!” という猛烈な衝撃と爆音が立ち昇った。広田の顔が驚愕と緊張で険しいものになった。
「…サイコガンか!」
別名 ” 思念銃 ” と呼ばれるその銃は念を物質化して作り上げた銃弾を斥力能によって打ち出すものであった。火薬を使わないため火薬音も火花も煙も出さない。そして着弾した瞬間に質量を全て念エネルギーに変換して非物質に変化するため激しい衝撃と高熱を発生する。
只、
※ 第33話【教師・高田宇紗美(前)】参照
このワンボックスカーが特別に設計された重装甲仕様の警護車でなかったら今頃、石川瑠利と玄狼の命は無かったかもしれない。
被弾した右側の後部ドアは表面の化粧鋼板が千切れ飛びその下の防弾アラミド繊維層も深さ5cm近くまで抉れて陥没していたがそれより奥の装甲鋼板は無傷だった。
厚さ8cmの防弾ガラスと特殊鋼や防弾パネルを幾重にも貼り合わせてプレス成型された厚さ15cmに及ぶ装甲ドアが
そして今、被弾のショックで気が動転した広田は何をすべきなのか判断が出来ないまま動けずにいた。そんな広田の眼に映ったのは真上の姿だった。真上は先程の場所にそのまま飄然と立っていた。
彼はバイクの方を向いたままでヒラヒラと左手を振った。早く行けという合図らしかった。それを見た広田は躊躇わずに猛然とアクセルを踏み込んで車を発進させた。
ハンドルを大きく左に切りながら振り返って見た時、そこには誰もいなかった。真上の姿は忽然と消えていた。
― ― ― ― ― ― ― ― ―
モンスターバイクに跨った追手のライダーは
彼女が隊長である李 太龍から受けた最後の命令は ”水上 玄狼を殺せ!” だった。
その命令が出たという事はこの任務は失敗したという事だ。
あの商豆島の砂浜での人外同士の激しい戦闘の裏で
彼女は今、歯痒さに唇を噛んでいた。岬の先端に建てられたあの寂れた水産工場跡に着いた時は意気揚々だった。水上 玄狼の身柄は予定通り確保できた。そして少年の精神は薬物による調整で自分の掌握下にあり彼は従順な虜囚であった。
後は偽装魚船の待つ港まで車で行きそこから太平洋へと出航し公海沖で軍の回収船と合流する手筈だった。全てが計画通りで順調に動いていた。
ところが少年はそれらしさを露ほども見せずにいつの間にか彼女の
一体どうやってそれが出来たのか?
精鋭揃いの部隊員達を得体の知れぬ体術と奇怪な仏法具で瞬く間に制圧してしまったあの黒袈裟の僧の集団は何者なのか?
更に不思議なのは内調の諜報員共はどうやって彼の位置を特定できたのか?
分らないことだらけであった。
そして現在、隊長と幹部以下、二十数名居た部隊員達は殆ど残っていない。全員、水上 玄狼の母親が召喚した凄まじい怪物、巨大な八ツ頭の大蛇に喰われ呑み込まれてしまったのだ。
あの女はまさしく荒らぶる祟り神そのものであった。最強の念能者だと噂される四神達ですら薄っぺらな
ひょっとして自分達は決して手を出してはいけないものに触れてしまったのではないか、そんな気がした。
そんな彼女に残されたのは ”水上 玄狼を殺せ!” という任務を遂行することだけであった。
潜水艇に乗り込む際、万が一の事を考えて少年の下着と靴には小型のGPS位置発信機器を取り付けてあった。それらからもたらされる位置情報を頼りに少年を追いかけ車両を特定して追いついた。一歩間違えば自分自身をも巻き込みかねない危険なドライブテクニックを駆使してその車両を道端に強引に停止させた。そして旋回して逃げようとするその車が対向車に止められて動けずにいる時にサイコガンを打ち込んだ。
しかしその予想は見事に覆された。普通のワンボックスカーに見えたその車は重装甲仕様の特殊車両だった。被弾した個所は塗装鋼板が引き千切れて陥没し周囲が黒く焼け焦げてはいるもののそれ以外は何の障害もなくゆっくりと動き出そうとしていた。
サイコガンの欠点の一つに連続使用が出来ないというのがある。
先程のような銃のエネルギー耐性の限界近くまで凝縮された発砲ならば更に後数秒はタイムラグが発生する事になる。
と言って次の念弾を練り上げて装填する間、止まっていたのでは敵もなんらかの迎撃態勢を整えてくるかもしれない。そのためすぐさまワンボックスカーを追いかけようとした彼女の視界に一つの影が映り込んだ。
それはダークスーツを着込んだひょろりとした背の高い男の姿だった。三十代半ばから四十過ぎに見えるその男は左手を頭近くまで上げてヒラヒラと掌を振った。それが合図であったかのようにワンボックスが大きく旋回して発車した。
ダークスーツの男は中央線を跨ぐようにして飄然と立っていた。バイクがどちらに動いても対応できるようにその位置を取っているかのように見えた。
アクセルを一捻りすれば眼の前の男なぞ簡単に跳ね飛ばすことが出来る。問題は男が銃を持っていた場合であった。もし銃の扱いに慣れたプロであればバイクを左右にローリングさせるアクロバット的なフェイントにも対応して弾を命中させてくるかもしれない。
撃たれる前にサイコガンを打ちこむ手もあるがそうなると更なるクーリングタイムが発生する事になる。それは避けたかった。
目で見る限りでは男は両手をだらりと下げたままで銃を隠し持っているようには思えない。
眼を離したりはしていないにもかかわらず突然フィルムのコマが飛んだように居なくなったのだ。一体 何が起こったのか分からず呆然とする彼女のすぐ後ろから声が聞こえた。
「俺を捜しているのか?」
驚いて振り返った彼女の目に映ったのは上唇の片側を持ち上げてニヤリと笑う男の顔だった。剥き出しになった犬歯がやけに長く見える。黒い夜空を覆う雲の切れ間から差し込む月光を浴びてその犬歯がギラリと光ったような気がした。
その様子に何故かゾクリとするものを感じた
忽ち、グオォォォーーーン という怪獣の咆哮のような猛烈な爆音が硬く冷えたアスファルトの上に轟き渡った。
同時に排気量1000ccに迫る水冷4サイクルエンジンが最大馬力111ps、最大トルク9.5kgmという正しく
しかし地平線に向けて地面スレスレに発射されたロケットの如き凄まじい加速を見せる筈の巨大な車体は1ミリたりとも進もうとはしなかった。
あり得ない異常事態に後ろを振り返った彼女は自分の眼を疑った。男がバイクの後輪を覆うリアフェンダー部分を片手で掴み後輪を宙に浮かせていたのだ。
如何に強力な駆動力であろうと地面にグリップしなければ意味はない。バイクの後輪は激しく排気音を上げ乍ら虚しく空転するばかりだった。
彼女はバイクを飛び降りるとダッシュでダークスーツの男から距離を取った。素手による戦闘に自信がないわけではない。しかしこの男は異常過ぎた。四神の一人であった
あの強力無比な手に掴まれれば自分の身体など容易く引き裂かれてしまうだろう。
こんな強敵を前にしてタイムラグがどうのこうのと言っていられなかった。彼女はサイコガンに念弾を装填すべく思念を集中した。再起動までのクーリングタイムはとっくに終了済みだ。
フルフェースヘルメットの左側面に備え付けられた銃口周りの空間に
バシュッ! 小振りな破裂音と共に
ヴォッ、ヴォォォォ---ン!
次の瞬間、轟音と共に真っ赤な火柱が立ち昇った。爆散したのは男の肉体ではなくモンスターバイクの車体であった。男が両手で車体を抱え上げてサイコガンへの盾代わりに使ったのだと分かった時、
爆発した燃料タンクから飛び散ったガソリンは紅蓮の炎と化して周囲を紅く染め上げていた。激しく燃え盛るその猛炎の中から
男は生きながら燃えていた。そして彼女に向かってゆっくりと歩き出した。
美雨は恐怖で声も出せずに固まっていた。彼女は以前、日本の諜報機関の深暗部には神々の系譜に連なる不可思議な異能集団が存在すると聞いたことがあった。集団の名前は覚えてないが彼らは組織、機関といった垣根を飛び越えて政府の中枢に潜り込んでいるという。
その情報の真偽ははっきりしないという話だったが多分それは事実であろうと彼女は思った。人の形をした
痩せぎすのひょろりとした体にあの人外そのものの身体能力が加われば体重など持たぬも同然だ。そんな相手が本気を出せばその動きは肉眼で捕らえきれまい。眼にした者は男が一瞬で消えた様に錯覚する事だろう。
男は既に美雨のすぐそばにまで近づいて来ていた。彼の身体を取り巻いていた焔は既にその火勢を失いかけていた。その身体からは消えかかった焚火のようなボッ、ボボ、ボッという息継ぎに似た間欠音が響いている。
突然、男は全身をブルブルと激しく震わせると纏わりついていた残り火を全て振り払った。それはイヌ科の動物が濡れた体から水滴を弾き飛ばすのとそっくりな動きであった。火が消えて消炭の如く黒ずんだ男の姿を雲の隙間から顔を覗かせた弓張り月が照らし出した。
「 !!! 」
美雨は喉の奥で声にならない悲鳴を放った。男は全身毛むくじゃらの怪物に
その姿は彼女に小さい頃、父親の背中に縋りついて見た古典的怪奇映画を思い出させた。変貌した男はその中に登場する月の光を浴びて
「アンタヲ拘束スル。」
驚いたことに怪物の口から出たのはカタ言の北京語だった。だが彼女は沈黙したまま声を発さなかった。男の外見の変化はそれほどまでに強烈であった。得体の知れない怪異に対する恐怖が彼女をそうさせていた。
「別ニ取ッテ食オウッテワケジャナイ。コンナナリダガ当タリ前ノ文明人ダ。レッキトシタ日本国籍モ持ッテイルゼ。」
毛むくじゃらの獣人は彼女の脅えを察したのか落ち着いた声で話しかけて来た。飄々とした話し方だった。
「ダガソノ前ニ・・・・」
一瞬、時間の流れが切り取られたかのように男の姿が眼の前に現れた。同時にバキィンという音が左耳元で聞こえた。毛むくじゃらの強靭な手がヘルメット側面に強化樹脂で溶着されていたサイコガンを焼き菓子を砕くかのようにもぎ取っていた。
「コンナ物騒ナ物ヲ持ッテイラレタンジャ危ナッカシクテ困ルンデナ。」
男は動と静、虚と実の境界が消え飛んだかのような圧倒的な疾さと強大な握力で彼女を無力化してしまった。美雨にはもう為す術が無かった。例えサイコガンが使えたとしても
彼女は半ば
「貴方は何者なの? 人間? 私を捕まえてどうするつもり?」
男は数秒の沈黙の後で答えた。今度は日本語だった。
「古来より日本の深山の奥に住み続ける特殊な権能を持った血族、その末裔の一人が俺だ。尤も昨今じゃどこにでもある限界集落の一つを装って政府の一部と持ちつ持たれつで付き合っちゃいるがな。
で、あんたの事だが知っていることは洗いざらい喋って貰う事になるだろうよ。
あんたから得た情報はあんたの祖国に対しての交渉の材料として有意義に使われることになるだろうからな。
そりゃ尋問の中にゃやり方として余りゾッとしない類のものもあるかもしれねえ。
しかしこの国は民主主義国家で社会の人権意識も高い。おまけにスパイを取り締まる法整備もお粗末で貧弱ときている。まぁあんたの国の様な悲惨な扱いにゃならねえとは思うがね。
だがよその国でその国の主権を無視、侵害して未成年を略取しようとしたんだ。
それなりの覚悟はしておくべきかもな。」
自分が日本政府に拘束されることは祖国の国際的立場と政局に言い逃れのできない破滅的な痛手をもたらすだろう。そうさせないために自ら死を選ぶのが諜報員の常套手段だが混乱の中での追跡任務であったため自決用のピルを持ってきていなかった。
「両手を揃えて出してもらおうかな。」
そう言って男は腰の辺りに手を伸ばすと長い紐のような何かを外した。よく見ればそれは焦げかけたベルトであった。全身が炎に包まれていたように見えたが実際に燃えていたのは殆ど上半身であったらしい。下半身は焼け焦げてボロボロになったダークスーツのズボンが獣毛の上から辛うじて張り付いていた。
「このベルトは特殊な素材で造られたものでな。丈夫な上に防刃性、耐火性もある。状況次第で拘束具や武器としても役立つ優れモンさ。」
男がそのベルトを輪にして美雨の両手首に通そうとした時の事であった。不意に月明かりが陰ったように周囲が暗くなった。二人は同時に空を見上げて絶句した。そこには三階建てのビルほどもある巨大な鳥が空を飛んでいた。
紅い燐光を纏ったように輝く双翼が月明かりを浴びてユラユラと陽炎の様に揺らめいている。10メートルを超える紅い彗星の如き尾羽を引きながら巨鳥は大きく羽ばたいて彼らの頭上を北へと飛び去って行った。
「 あれは朱雀!
美雨は胸の中で叫んだ。男は朱雀の飛び去った方角を見上げながら
「こりゃ不味いな・・・・」
と呟いた。
次の瞬間、ヴォンッ! と叩き付ける様な大気の破裂音を残して黒い怪物は夜闇の中に消え去った。
呆然としていた美雨はハッと我に返ると背中のバックパックから細長い板を取り出してアスファルトの上に置きそれに飛び乗った。そして数センチ宙に浮いた板に立ったままで怪物と化した男の後を滑るように追いかけて行った。
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