アセる偽彼女、イキる不良共を走らす(2)


現れたのは大柄な女だった。

身長は百七十センチ近くあるだろう。体重も70キロ後半は下るまい。肩甲骨の中ほどまで伸びた長い髪を金色に染め、黒いスウェットスーツの上下を着てその上から虎の顔が派手にバックプリントされた真っ赤なパーカーを羽織っている。足元はパープルのハーフソックスにショッキングピンクのクロックスを突っ掛けていた。


どっしりとした身体の上に肉付きの良い白く丸い顔が乗っかっている。目尻の吊り上がった細く長い目がヤンキー達をゆっくり見まわした後で地面に倒れたリーダーらしき少年の上で止まった。



「ハァッ? なんでアキラが倒れとんな? 適当なカモ見つけて小遣いふんだくるだけの話やったん違うんかいな?」


「すんません、サユリさん。それがちょっと・・途中で話が変わってしもて。

アキラさんがそこの二人を引っかけてモノにした後でオヤジ狩りを手伝わそうでって言い出して・・・」


ショップで二人に声を掛けて来た内のもう一人の少年の方がそう答えた。

それを聞いてサユリと呼ばれた女の細い眼が離れて立つ志津果と亜香梨の間を行き来した。暫くそれを繰り返した後でボソリと呟いた。



「成程な。滅多にお目に掛かれんような上玉見つけてアキラの奴がスケベ心を起こしたっちゅうことか。アホがホンマに・・・ 

双子の弟やなかったら只では済まさへんのやけどな! ほんで・・この娘らから金は取れたんかい?」


「いや、それがこっちの女がちょっとヤバイ奴で・・・・」


「ヤバイ奴? 何がヤバイんや?」


「アキラさんを一撃で蹴り倒して、ほんで天狗みたいに俺らの頭、飛び越えてタカトシとフミコも蹴り飛ばして・・・・・

ほんでおかし気な三叉のフォークから稲妻みたいな光線を出っしょんです。」


「一体何を言うとんや? ・・・あんたの頭の方がヤバいんと違うんか?」


「ほ、ホンマなんです。皆にも聞いてください! こななじょんならん奴ら、(こんな手のつけられん奴ら、)どよんしたらええんですか!?」



少年の必死の訴えにサユリは志津果の方を見た。確かにハッと眼を瞠るほどの美少女だがどう見ても中学生、それも制服や背負ったナップサックの新しさを見ると新入生らしく思える。


只、これだけの人数の不良達を相手に何の脅えも見せずに平然としていられるのは普通ではない。むしろ脅えているのは彼女の子分である後輩達の方であった。

少女の手に持った奇妙な形をした金具からパリパリと立ち昇る剣呑そうな音と青白い光は彼女サユリにとっても名状しがたい忌避感を感じさせた。その感覚が何故か以前に聞いて忘れてかけていた小さな記憶を呼び覚ました。

その記憶に急かされたかのように彼女サユリは少女に問い掛けた。



「あんたら、何年生や? 鷹松市内の中学か?」



ちょっと間をおいて背の高い方の少女がぼそりと答えた



「松島中学・・・そこの一年生。」



サユリはそれを聞いた時、嫌な予感がした。まさかと思われるある憶測が彼女の頭の中を走り抜けた。


『松島中学いうたら確かあの島の子らが通うところやなかったか? ほんで一年生いう事は半年前は小学生六年生やったちゅうことや・・ほんでも・・・まさかな?』


彼女はチリチリと胸を焼くような焦燥感を押し隠しながら続いて訊ねた。



「どこから通うとん? 学校の近くかいな?」


「家は奥城島。二人ともフェリーで通っとるけど・・・」



奥城島という言葉を聞いた瞬間、サユリの心臓はドクンと鳴った。何の確証もない憶測に過ぎなかったものが今、実体となって胸の中に暗雲の如く広がり始めていた。

彼女は最終的な確証を得るべく最後の質問をした。



「あんた等、まさかクロウとかいう男の子を知っとるいう事はない・・・わな?」


「クロウ? 水上 玄狼の事? やったら知っとるけど・・」



少女はその凛とした美しい眉根を軽くしかめながら訝し気な口調で答えた

サユリは恐れていた事が現実になった事で突然、息が苦しくなったような気がした。彼女は呆然としながら一縷の望みをかけて訊いた。



「その男の子とあんた等・・・お嬢さん達はどんな関係なん? 只の同級生?」



するとそれまで黙っていた色白で少しポッチャリ気味の可愛らしい顔立ちをしたもう一人の女の子が小さくしかしはっきりとした声で答えた。



「ウチの彼氏です!」



その途端、もう一人の少女が慌てた様に凛とした声で言った。



「玄狼は、う、うちのお供やし!」



亜香梨と志津果は互いをじっと見つめ合いながら己の感情に戸惑っていた。玄狼と言う少年を軸として巡り合う二人の感情は今現在、かつてなかった程、混沌としたものになりつつあった。

不良集団との多勢に無勢の争いという緊張した局面において二人はもう一つの戦いが勃発したことに未だ気付いていなかった。


一方、ヤンキー達のヘッドであるサユリは額に手を当てて考え込んでいた。どっしりとした肉付きの良い身体が何故か縮こまったように見える。

いきなり無言になってしまった彼女に周囲の荒くれた少年少女達も何も出来ずに立ったままであった。


先程の少年がサユリにそっと訊いて来た。



「誰の事なんです? そのクロウとか言う奴は・・・」



サユリは顔を上げて少年の顔を見ると溜まった何かを吐きだすように大きなため息をついた。そして少年にだけ聞こえるような小さな声で囁いた。



「ほら、例の・・・前にキョーコが言うとったろ。どっかの島の小学生にヤバイ奴らが居るって。」


「エッ、ほんだらあの ”蛇悪暴威主ダークボーイズ” を一人で潰したとかいう!」


「そや、奥城島の住人で今年、中学一年生、ほんで名前がクロウゆうたらもう百パーセント間違いないわ。

なんでも得体の知れんバケモン共を何匹もその身に棲まわせとるっちゅう文字通りの怪物らしいで。それだけやなしにものごっつい権力を持った組織に護られとるとかいう話しや。

印藤組どころかあの山仁組すら手が出せんかったちゅう話じゃけんな。キョーコだけやなしに印藤組の若中さんからウチが直接聞いた話やきん間違いないわ。」



少年はゴクッと唾を飲み込むと囁くような声でサユリに訊いた。



「ほんならこの二人はひょっとして・・・・?」


「ひょっとせんでもそのおっとろしい怪物の情人いろ姐御おやぶんゆうことになるがな・・・

アキラのアホが! とんでもないお人の身内にチョッカイかけよってから!」


「ど、どよんするんですか?」


「ウチが話付けるしかないやろ。お前らはアキラ引き摺って早よここから離れな。」




― ― ― ― ― ― ― ― ―




亜香梨と志津果は離れた位置から互いの視線をぶつけあっていた。

胸の中を薄く焼きながらくすぶり続ける理解不能の感情を吹き飛ばすような大声が突然響き渡ったのはその時だった。



「誠に申し訳ございませんでしたぁーーー!」



サユリと呼ばれていた大柄な女が路地裏の薄汚れたアスファルトの上に両手と頭を突いて土下座していた。周りのヤンキー達も驚いて呆然としている。



「ほら、ボケッとせんとお前らも手ェついて謝らんかい!」



サユリが後ろを振り返りながらそう怒鳴るとさっき彼女と囁き合っていた男子が待ち構えていたように路面に膝と手を突いて頭を下げた。



「誠に申し訳ございませんでしたぁーーー!」



するとそれを皮切りに戸惑った表情で突っ立ていた他の連中が次々に膝を突いて土下座をし始めた。謝罪の連呼がひっそりとした路地裏に響き渡る。

暫くすると路地裏に立っているのは志津果と亜香梨の二人だけとなっていた。

サユリが座ったままで後ろに振りむくと先程の男子に大声で命令した。



「ヒロキ、早よ皆を連れて帰りな! アキラとタカトシとフミコもっせんと連れて行きやァ!」



サユリの号令一下、少年と少女達は立ち上がるとあっという間に去って行った。路地裏に残されたのは少女二人とアスファルトの路面の上に正座したままのサユリだけになった。



「この度はウチの弟が大変なご迷惑をお掛けしてホンマに申し訳ありません!

後で厳しく仕置きしておきますので何卒、ご容赦ください!」



サユリが再び手を突いて土下座しながら詫びを入れた。志津果と亜香梨は百八十度近い状況の変化が呑み込めずポカンとした表情をしていた。そんな二人の様子に構うことなくサユリの謝罪は続いた。



「更にウチの仲間がお二人にとんでもないご無礼を働いたようでお詫びの言葉もございません。お嬢さん達がクロウさんの御身内やいう事を知らんかったんです。

どうか堪忍してやってください。」


「クロウさん…御身内…?」


「はい、クロウさんがそちらのお嬢さんの良い人で、こちらのお嬢さんの舎弟やゆう事を知らんと取り返しのつかんアホな事をやってしまいよったらしいんです。」


「・・・・・・」


「今後はお二人にご迷惑をお掛けする事は疎か、近づくことも一切ありません。

信じられん言うんやったらウチがこの場で素っ裸になりますから写真なり動画なり撮ってもろてかまいません。


どうか、どうかこのサユリの顔に免じて赦してやってください!」



二人は目上の少女の余りに堂に入った土下座ぶりに圧倒されて物が言えなかった。

数十秒の沈黙の後、志津果がポツリと言った。



「いや、そんなんして貰わんでもええし・・・・・もうんでくれたらかまんけど。」


「ホンマですか! 解ってもろてありがとうございます! ほんならこれで!」



それを聞いた後のサユリの行動は早かった。さっと立ち上がって手の平で膝の汚れをパッパッと払うとペコリとお辞儀をして仲間が消えて行った方向へ向かってサッサと歩き出した。そして途中で思い出したように振り向くと



「クロウさんにもどうか宜しくお伝え下さいっ!」



そう言ってもう一度お辞儀をすると風の様な速さで去って行った。

後に残された二人は呆れたようにその後姿を見送るばかりだった。



「あれは一体なんやったん?」


「さぁ? ウチにもようわからんけど・・・・

まあ、なんにしてもこの三鈷杵を使わずに済んで良かったわ。」


「三鈷杵って言うんや、それ?」


「うん、独鈷衆の中でも選ばれた人にだけしか与えられん法具やて。

平の独鈷衆は独鈷杵言うて歯が一本だけのヤツしか貰えんらしいわ。

これ発電仕様の精霊合金鋼ネオスプルテンで出来とるけんな。

ウチみたいな無位の修行僧程度の念能でも結構な電撃が出せるんで。」


「イ、イヤ、そなん物騒なもんなんであんたが持っとんな?!」


「お父さんの部屋に置いて在った奴をちょっと借りとん。念能力を測定してみよ思てな。見つかったら大目玉やろけど・・・」


「大目玉で済むんやったらめちゃくちゃ心の広いお父さんやわ! 大体、そなん危険なものを部屋に置くな? 普通・・・

アンタもアンタやけどお父さんもええ加減過ぎるがな!」



そう言った後で亜香梨はフーッと息を吐いた。さっきまでの緊張状態が嘘の様に消えて緩やかな安堵が満ちて来る。



「なぁ、志津果、どっかでご飯でも食べよか?」


「うん、そういうたらお腹空いたな。」


「ここどこ等へんやろ?」


「取り敢えず適当に歩けばどっかの通りに出るんちゃう? わからんかったらスマホをつこたらええやん。」



二人で肩を並べて歩きながらゆっくりと歩く。昼が近いのだろう、美味しそうな匂いが何処からともなく漂ってくる。



「なぁ、志津果?」


「うん? 何?」


「さっき店で見とったスカートな、あれ、買うたらええと思う。」


「えっ、スカート・・・・何で? 何でそう思うん?」


「あんたが見せてあげたい男子ひとな、きっとああいうのが大好きやで。」


「み、見せてあげたい男子ひとて・・・・だ、誰な?

ほれに(それに)それが好きかどうかや言うんを何で亜香梨がわかるん!?」


「そら、その人」と言って亜香梨はそのクリッとしたつぶらな瞳を細めると悪戯っぽく笑って続けた。



「ウチの良い人やもん!」



それを聞いた志津果の眼が一瞬、グッと鋭くなった。そしてその後、ゆっくりと微笑んだ。









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