裏切りのスマホ

滑らかに輝く紺青色アイアンブルー筐体ボディをもったは小学六年生の少年の心を引き付けるには充分な代物だった。



「良い・・良いぞ、これ・・・カッコ良いぞ!」



玄狼はそれを左右の手で様々に持ち替えながら眼を輝かせていた。

とは今朝、みちこが彼に渡してきたもの・・・スマートフォンだった。


今朝どようびの未明に彼を車で送って来た紅狐は少し理子と話し込んだ後、夕方にまた迎えに来ると言い残してそのまま来た道を帰って行った。


眠気と疲れでボンヤリとしていた玄狼だったが夜食なのか朝食なのかはっきりしない茶漬けを腹の中に流し込むとそのまま寝ようとした。

その時、母が渡して来たのがメタリックに青光りするスマートフォンだったのである。



「はい、これを渡しておくわ。大切に使いなさい。落としたり水を掛けたりしないようにするのよ。」


「これは・・・?」


「シャープって言う会社のスマホよ。アンドロイドっていうOSを使っているの。お母さんわたしのもこれと種類は違うけど同じシャープ製だから。

使いやすくて値段も手頃だしこれにしたの。」


「アン・・ドロイド?」


「ああ、そういう名前のプログラムで動いているってこと。ま、そこは気にしなくても大丈夫よ。」


「フーン・・・でも何で俺にスマホを?」


「玄狼ももうすぐ中学生でしょ。本土の方に通うとなったら何かあった時、すぐに連絡が取れる方法が無いと困るじゃない。

それなら少し早めに慣れておいた方が良いかなって思って・・・・」



つい昨日これとよく似た状況を経験したような気がする。その記憶が彼の胸の内に或る疑念を浮かび上がらせた。



「母さん、これ・・・まさか念体ですとかいうオチじゃないよな?」


「ハァッ? 何それ?」


「いや、実はこれは水上総家に代々伝わる式神だとか?」


「式神!? そんな大昔にスマホがあると思う? それにそんなもん一体だけあってどうやって使うのよ?」


「いやほら、前鬼後鬼みたいに夫婦で一組だとかじゃないん?」


「あんまり聞かないわね、スマホの夫婦とか。

とにかくそれは本物のスマートフォンです。鷹松市のド〇モショップで契約した正真正銘の文明の利器だから。

わけわかんないこと言ってないでちゃんと大事に使う事! 取説はその箱の中に一緒に入っている筈よ。


ま、これは今回の退魔業のお手伝いのご褒美ってとこね。只の無償奉仕ボランティアじゃ玄狼も少し可哀想な気がするし・・・

あ、それから無闇に長時間通信するのは駄目よ、お金かかるんだから!」



いきなり予想外の物を渡されて面食らった玄狼ではあったが自分の部屋で一人になって落ち着いて来ると胸の中に嬉しさがジンワリと込み上げて来た。

同級生の中で現在、自分のスマホを持っているのは郷子だけだ。亜香梨と志津果が時折、アイフォンだ、なんちゃらペリィアだ、なんだというおしゃべりで盛り上がっているのは知っているがまだ誰も買ってもらったとは聞いていない。



〈 これ持って学校行ったら皆、なんて言うやろか? 

  俺、ちょっとしたヒーローになれるんちがうんか?

  あ、ほんでも高田先生うさちゃんに見つかったらすぐに

  没収されそうやな・・

  ま、ちょこっと、ちょこっと見せるだけぐらいやったらええやろ。

  皆、羨ましがるやろな、きっと! クッククッ 〉



彼がそうなった時の事を考えて思わずニンマリしかけた時、スマホが突然、けたたましく鳴り出した。同時に本体の強烈な振動と液晶画面の激しい明滅が発生する。



「な、何! どしたん、これ!」



パァーンパァーン パッパパァン ~♪ 


パッパッパッパァーパッパパン ~♪


パパッパー パパッパー ~♪ 


パパパパ パパパパ パパパパン ~♪



流れ出したのは「スウィンガーの王様」ことルイ・プリマの作による

スウィング・ジャズの名曲


〈 Sing, Sing, Sing 〉だった。


 トロンボーンとトランペットの二重奏による躍動感あふれる強烈なイントロが部屋の中に鳴り響く。小学生の選曲にしてはいささか渋すぎるその着メロはおそらく母の理子の選曲によるものであろう。


慌てた玄狼が画面をのぞき込むとそこには見知らぬ11桁の電話番号が表示されていた。尤もスマホなぞ持った事のない彼にとってはどんな電話番号も全て見知らぬものではあったが・・・



「これって着信!? 

イヤ、俺さえまだこのスマホの電話番号知らんのに・・・一体、誰から?」



スマホの液晶画面の上には ” 応答 ” と表示された四角いボタン状の領域が目まぐるしくフラッシュしている。彼はそこを恐る恐る人差し指で押してみた。



「もしもし?・・・・玄狼さん?」



スマホのスピーカーから聞こえて来たのはクラスメイトの浦島 郷子の声だった。




― ― ― ― ― ― ― ― ―




応答した以上、そのままにも出来ない。玄狼は仕方なくスマホを耳に当てて返事をした。



「ア、ああ、俺だけど・・・郷子か? どうした? というか何でこの電話番号知ってるんだ?」


が教えてくれたのよ。」


「母さんが? え、なんで? どういう事?」



郷子の話によると日曜日に玄狼の家でゲームが出来るのかどうか確認の為に金曜日の夜にくろうの家に電話したらしい。

そうしたら理子が出て玄狼は今、用があって出かけていて明日の朝にならないと帰ってこない、明日の朝になったら自分で聞いてみて、と言ってスマホの電話番号を教えてくれたのだと言う。


いや、そんなの勝手に教えるなよ、と思った玄狼だが郷子にそうも言えずにただ、

フーンとだけ応えた。



「で、妖退治の方はどうだったの? 海坊主は出て来たの?」


「いや、出て来るには出て来たんやけど・・・別の奴やった。」


「別の奴? 何だったの、それ?」


「舟幽霊の一種で亡者船とか言う奴らしい。海で死んだ人の霊体が液状精霊鉱リキッドスプルトニウムの触媒作用で実体化したものさ。

青白い水死人達がうじゃうじゃと湧いてきて船を沈めて乗組員たちを海に引きずり込もうとするんだ。今思い出してもゾッとするよ。」



玄狼は郷子に昨夜の船上での出来事を簡単に話して聞かせた。



「じゃ、今日はどうするの?」


「今からゆっくり寝て休むよ。夕方には紅狐さんが迎えに来るんだ。今晩は漁協本部が出す本土からの船に乗るんだと。

民間漁船と違って漁が目的の船じゃないから広い範囲をピンポイントで回れるらしい。言ってみれば囮捜査みたいなものだって聞いたけれど・・・」


「フーン・・・その骨噛ほねがみとか言う小太刀の式神はどうなったの?」


「いや、船から下りた時に返そうとしたら未だ持ってなさいとか言われてそのまま懐に入れてたらいつの間にか消えてしまったんだ。

紅狐さんの話だとちゃんと作法通りに祝詞を唱えて召喚すれば実体化して現れるって・・・どうやら俺の傍に居るらしいんだけどさ。」


「・・・・・・・」


「ん、どうかしたんか? 急に黙って・・」



〈 加賀美家に代々伝わる貴重な式神を他流派のしかも子供に

  憑けたままにするってどういう事?

  それって式神を譲るかもしくは逆にその子を・・・・〉



「ね、玄狼さん、紅狐ってひとは子供とかは居たりするのかな?」


「ああ、娘さんが二人いるらしいよ。二人とも中学生だって言ってたから俺達より一つか二つ上なんじゃないか、多分。」



すると郷子は再び電話の向こうで黙ったまま何かを考えているようだったが暫くして小さな声でぼそぼそと囁いた。



「娘が二人かぁ? 

ふーん・・・まさかとは思うけど・・あまり面白くない話ね。」


「えっ、何? 何て言った?」


「ううん、何でもないよ、只の独り言。気にしないで。


あ、それより玄狼さんの稚児姿! すっごい可愛かったよ!

何か出来のいいコスプレみたいで。

私、これ、待ち受け画面にしたから。今度、志津果に見せて自慢しようっと!」


「ハッ、あれな。未だ巫女姿じゃないだけましだ・け・・ど・・・って 

 

オォイ! ちょっと待てぇ! 

なんでそんなものがお前の待ち受け画面とかになってるんだ!」


「え、なんでって言われても? が電話番号を書いたメールに画像を添付して一緒に送ってくれたからだよ。」



〈 オバハン! な、なんちゅうことをしてくれとんや! そういや、俺を着替えさ

  せた時、二人で写メを撮りまくっとったけどあの時のあれか!?

  それをまた選りによって何でこの腹黒女さとこに・・最悪やんか・・・ 〉



「女子用の神職衣を着て薄くお化粧メイクしているのがもう最高って感じ! 美少年って言うより美少女って言った方が相応しい気がするわ。」



キャピキャピした口調で嬉しそうに話す郷子の声とは対照的に玄狼の顔色は蒼くなっていく。


〈 こら、やばいぞ! そんな写真が広まったら・・俺は女装癖のある

  少年祓い師じゃないか!? 

  あやかしうどころか俺自身が門前いやが! 〉



「あ、あのー 郷子さん。その写真だけど・・・まさか・・未だ誰にも見せてないよね?」


「え、イヤ、あんまり可愛かったから感動を分かち合いたくて少しは・・・」


「えっ! み、見せたのか? もう、他の人に・・・な、何人ぐらいの人に見せたんだ?! ええっ、オイ!」


「見せたと言っても昨日の今日だからね。えーと、ひ、ふう、みい・・・ぐらいか?」


「さ、三人か・・・未だどうにか回収と拡散阻止が可能なレベルだな。」


「三桁ぐらいね。」


「どうやって広めたんだぁぁぁ! それも夜の間にぃぃぃぃーーー!」



スマホ初心者である彼は知らなかった。この世の中にはSNS、メール、ライン等と言った情報発信システムがあることを・・・


今宵には己を待ち受けているかもしれない妖との戦いを前にして玄狼はみちこクラスメイトさとこの裏切りによる重い十字架を背負ってしまったのだった。




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