鬼の式神

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玄狼と郷子は二人で路地を歩いていた。式神を呼び出してから七、八分ほどは経っただろうか。すでに周りに人通りや商店らしきものはない。空き家らしき寂れた建屋が時折在ったりする古びた住宅街の中に入り込んでいた。


ゆらゆらと先を行く青白い光玉がいきなりグンッと速さを増した。暫くして不意に止まったかと思うと空中をグルグルと回り始めた。


驚いた二人がよく見るといつの間にか蛍が二匹に増えていた。

二匹の蛍はまるで再会を喜び合う親子であるかのように縦横無尽に其の光跡を絡ませながら円舞を続ける。



「志津果に憑けてあった式神の半身が呼びに来たんだ。式神は憑いた相手の心を読んで動く・・・あの子が何か助けを求めるようなことが起きたのかもしれない。

急がなきゃ!」



玄狼のその言葉に応じたかの如く二匹の蛍の描く光糸は螺旋の渦を巻いて収束すると一つの光玉へと融合した。そして力強く前へ向かって翔び始める。

二人は焦る心を押さえながらその後を追って足を速めた。




― ― ― ― ― ― ― ― ―




ゴンゴンとマンドアを叩く合図があった。ヤスオは慌ててドアノブの真ん中の溝にキーを差し込むと左に回した。ガチャリという音と共にロックが解錠される。


開けた扉の向こうには征道まさみちがいた。


印藤 征道いんどう まさみち、ヤスオ達の不良グループ ”蛇悪暴威主ダークボーイズ”のボスである。

グループ自体は男女合わせて十数名しかいないがこの界隈では向かうところ敵無しの集団だった。


高校生のヤンキー集団や暴走族も彼等には手を出そうとしない。何故なら征道の父親は鷹松市でも有数の勢力を誇る印藤組の組長だからだ。


印藤組は一般人でも知らぬ者のない日本最大の暴力組織 山仁組 の直系団体として反社会的組織の中でも一目置かれる存在であった。

組長である印藤要蔵の実の姉が山仁組の若頭の妻であることから田舎の地方都市に過ぎない鷹松市でも印藤組はその直系として組を挙げることが出来たのである。


その威光を背に ”蛇悪暴威主ダークボーイズ” は地元の不良グループの異端児として好き放題の悪さをやってのけていた。



「終わったんスか?」



ヤスオは征道にそう訊ねた。獲物たちの有り金を全部巻き上げ終わったのかという意味だ。



「ああ、終わった。全員ふん縛っとるわ。後は口封じの為の後始末だけじゃ。

お前は早よカメラ回せ。キョーコはそのままそこで見張りをしとったらええ。」


「ウィッス、分かりやした。」



組の若衆のような口調で応えてヤスオは廃工作棟の中へと入った。中には自分とキョーコが騙して連れ込んだ四人の少年少女がいた。

男子二人は後ろ手に縛られて床に転がされている。女子二人は縛られた両手を挙げた状態で鉄骨の梁から下がった鎖に吊るされていた。


ふくよかな体つきの少女の方が恐怖に怯えた眼で彼の方を見た。涙を溜めたその両眼が痛々しいと同時に嗜虐的な刺激を呼び覚ます。


もう一方の少女は涙と鼻汁でぐちゃぐちゃになった顔をガックリと下に垂らしていた。眼が真っ赤に充血しており時折、咳を繰り返している。


催涙スプレーを吹きかけられた上に手酷く殴られたのだろう。鼻孔付近と口元が薄く赤色に染まっていた。

容赦のない打擲ちょうちゃくで脳震盪でも起こしたのか眼が虚ろだ。


最初に見た時はハッとするほどの鮮烈な凛々しさを持った少女だった。

それが今は痛々しいどころか無残なまでに汚れ、腫れあがった顔をしていた。


ヤスオは工作場の壁に造り付けになった作業棚からデジカメを取り出すと少女たちに近づいた。やっと動けるようになったトシキやカズマサ達もそれに合わせるようによたよたと近寄って来た。


乾司はその巨体を縮めるようにして立っていた。顎を撫でながらしきりに頭を振っている。まだ血の気のない青い顔色をしていた。



「嬢ちゃんたち、いまから俺がこのカメラでバッチリ取ってやるけんな。

あんたらの生まれた時のまんまの素っ裸ってやっちゃが。

コイツを使つこたらスマホなんかと比較にならん滅茶苦茶、綺麗な動画や画像が撮れるきんの。4K動画やったってOKじゃが。


別に警察に言うたって構わんど。そん時はこれをSNSやネットのアダルトサイトにでも流すことになるやろけどの。

そなんことになったらお前らの目線もボカシもないえげつない画像がそこいら中に出まわっりょるで。


言うとくけんど俺ら親や先生やの怖いことないきん。この征道さんのおやっさんはヤクザの親分さんじゃけんの。堅気の人間やらなんちゃでないわ。」



ヤスオはそう言うとトシキとカズマサに向かって頭を下げた。



「兄ィ達ッ、お願いします。」



呼ばれた二人は少女たちに近づくと言葉を交わした。



「小学生やのを剥くんは初めて違うんか? どんなんか楽しみじゃの!」


「ハッ、もうアソコの毛は生えとんかいの? どうや、トシキ。生えとるか生えてないか千円賭けんか?」


「おう、ええど。ワシはこのぽっちゃりした子の方は生えとると思う。こっちの細い方はまだやと思うわ。」


「ワシは両方とも生えとると思うがの。」


「ほれやったらこの細い方から剥いてみんか。さっきやられた分、倍にして返しちゃろうぜ。片足ずつ二人で持って大股開きにしたところをヤスオに撮らしたらええが。」



少年達の会話から自分達がこれからどんな目にあわされるかを理解した亜香梨が悲痛な泣き声を上げた。



「いやぁーーー! 助けてぇーー!」



少女の叫びなど聞こえてないかのように少年たちの手が志津果の体に伸びた。

トシキの青白い手が彼女の白いTシャツを捲り上げ、カズマサの浅黒い太い手がモスグリーンのショートパンツを足首まで引き摺り下した。


ほんのりと盛り上がった薄灰色ライトグレーのスポーツブラと純白のショーツが投光器の黄味を帯びた光の下に露わになった。

志津果はそうされても反応らしきものをほとんど示さなかった。ただ一筋の細い涙の雫がツツーと彼女の頬を流れ落ちただけだった。



「さぁてと・・いよいよ皆様お待ちかねの発表の時間です!」



カズマサがふざけた声を上げて彼女の白い下着ショーツのふちにその節くれだったごつい指をかけた時、志津果が初めて抵抗した。

吊り下げられた体を激しく揺すって大声で泣き叫んだ。



「玄狼! 助けて! くろうぉぉぉぉーーーー!」



それを聞いた乾司が青ざめた顔にどす黒い笑みを浮かべて言った。



「誰やそれ? 彼氏の名前か? 

ガキのくせしてはやからそなんもんがおるんか。


残念じゃったの。この後、お前を散々甚振いたぶってその動画をそいつに送り付けてやらい。(送り付けてやるさ。)そしたらそいつとはもうお別れじゃ。


さっきの往復ビンタぐらいではまだまだ気が済まんわ。お前はわしの玩具にしちゃるきん覚悟しとけや。


ヤスオ、後でこの雌ガキにわしが強姦ツッコミかけるけんの。いつも通りしっかりカメラを回しと・・・・ゴッ!!」



乾司は最後まで喋ることが出来なかった。

何故なら落雷のような轟音と共に千切れ飛んだマンドアが彼の体を直撃したからであった。鋼鉄製のそれは彼の肩から鎖骨、顎と頬の骨をアッサリと砕き折りながらその巨体を壁際まで弾き飛ばした。




― ― ― ― ― ― ― ― ―




ヤスオが征道に呼ばれて工作棟の中に入っていった後、キョーコは再びドアに鍵をかけた。そして煙草に火をつけてゆっくりと吸い込むと白い煙を吐いた。

それを二度三度と繰り返した。

薄暗い闇の中に青白い煙がふわふわと揺蕩いながら浮かんでいる。その紫煙のベールの向こうから不意に声を掛けられて彼女はギョッとした。



「こんにちわ、お姉さん。」



見ればそこには一組の男女がいた。男女と言ってもまだ若い、というより幼かった。特に男の方は小学生のように見える。女の方は自分よりも背が高い。しかし小学六年生であっても中学三年生であっても違和感のない不思議な印象を持った少女だった。


一体この子達は何処からやって来たのだろう。薄暗いと言っても周りが見えないわけではない。自分に全く気付かれることなくこんな近くにまでどうやって・・・


二人の顔を見てキョーコは更に驚きを深くした。二人とも驚くほど綺麗な顔立ちをしている。どこかの芸能事務所に所属するキッズモデルだと言われても納得できるほどの美形だ。彼女はそのことに何故か薄気味悪いものを感じた。


少年の方が彼女に訊ねた。



「ここに男の子二人、女の子二人の小学生くらいの四人組が来んかった?」



キョーコは返答に困った。

知らないと言って追い返すか? それとも中へ連れ込むか? どちらにしても保護者が近くに来ているのであれば不味い事態だ。


不良同士のいざこざなら身内に筋者がいるというのは確かに強力な威嚇になる。

相手も脛に傷を持つ身だから警察においそれとは訴え難い。が一般人相手にはそうはいかない。必ず警察が介入してくるはずだ。


もし事が露見すれば全員鑑別所送りは免れないだろう。なにしろ堅気の少年少女達を毒牙にかけているのだ。それも常習的にである。

矯正措置が必要と判断されればそのまま少年院行きだ。


そこまで考えてキョーコはふと奇妙なことに気付いた。この二人は何故此処へやってこれたのだろう?

此処は小学生二人が当てずっぽうに動いて探し当てることが出来る場所ではない。

という事は彼等は何らかの確証があってここを見つけ出したのだ。


それが何かは判らないがこの二人には後ろに繋がった存在、恐らくは大人だろう、があるに違いない。

としたら此処はどうにか言いくるめて追い返すべきだ。そして速攻で全員ここからトンズラするしかあるまい。



「さあ、誰っちゃ来んかったけんどな。それより此処はちょっとヤバいところやからあんまり近寄らんほうがええよ。早よ出ていき。」


「へぇー、そんな怖いところでお姉さん何しとるん? この扉の向こうには誰か居るん?」


「何もしとらへんけど・・・あんなぁ、このドアの向こうには鬼みたいな怖い兄ちゃん達がおるんや。

そいつらが出てきたらあんたらホンマに喰われてしまうかもしれんで。

悪いことは言わんきに早よ帰りな。」



少年はそれを聞くと静かにキョーコを見つめた。白い肌に映える濡れたような漆黒の瞳がドキリとするほど美しかった。

だが同時に背筋が凍り付くようなものを感じて彼女は思わず眼を逸らした。



「鬼? ふーん・・ここ、鬼がでるんか? 

ひょっとして四人は鬼に食われたんかもしれんわけか。


・・・そしたら僕も鬼を呼ばんと・・・ イ・カ・ン・なぁ!!」


澄んだ少年の声が最後の最後に重く低い響きを持った恐ろしいものに変わった。

キョーコは思わず「ヒィッ」と悲鳴を上げてのけぞった。まるで少年自体が鬼に変貌したかのような錯覚を覚えたのだ。


彼は両手の指で九字の印を素早く結びながら峻厳な声で呪文の如き文言を唱えた。



    汝、常世とこよの闇にあくがるるおそろしき鬼 


     今、我いざなひに応へて現世うつしよへとうち出でよ  


    げに凄まじきその力もて悪しきを祓え 



         急 急 如 律 令!



途端に大気がビキィッ、ビキィッと張り詰めたかのように硬さを増した。

突如、巨大な質量と熱量を併せ持った存在がそこに現れたかのようであった。


キョーコはねっとりと濃密さを増した闇の中に異形の放つ熱く湿った息吹らしきものを感じてゾッと身震いした。

だがそこには薄暗い闇があるばかりで何も見えはしない。


その時だった。コンクリート塀とドアの向こうから少女の悲痛な叫びが聞こえた。



「いやぁーーー! 助けてぇーー!」



その声が探していた仲間の少女のものであることが分かったのだろう。少年の顔つきが硬く怖いものに変わった。彼が再び何かを呟いた。


キョーコは驚きに眼を瞠った。何もなかったはずの空間に大きな斧のようなものが浮かんでいた。それは見たこともないような巨大な斧だった。刃の大きさが半畳ほどもある化け物のような斧だった。


真っ黒な刃肌の上端から湾曲した丸太のようなごつく太い漆黒の柄が伸びている。

柄の末端の部分は黒い闇に飲み込まれたように見えなくなっていた。


その昔、役小角に仕えて前鬼と呼ばれた鬼神は常に斧を携えていたとされる。

常世に住む不可視の異形の鬼がそれを握りしめているのであろうかと思われた。

巨大な斧の刃先がゆっくりと力を溜めるかのように徐々に後ろへ振り上げられていく。そして再び叫び声が響いた。


それは血を吐くような少女の絶叫だった。



「玄狼! 助けて! くろうぉぉぉぉーーーー!」



少年の両眼が火を噴かんばかりにギンッと見開かれた。

小さく尖らせた唇がゆっくりと息を吸い込み始める。肺一杯に吸い込んだそれを鋭く短く吐きながら、彼は真っ直ぐに伸ばした人差し指と中指で発止はっし!と空を打った。


「哈っ!」


それが合図であったかのように巨大な斧が黒い弧を描いて振り下ろされる。

硬く張り詰めた大気が砕け散るように轟ッ!と哭いた。


大岩の如き斧頭が獰猛な唸りをあげて鋼鉄の扉に激突した。


次の瞬間、漆黒の空間に幾重いくえもの赤い火花の華が咲いた。ドオォォォーンという凄まじい音を響かせて鋼鉄の扉がコンクリートの破片と共に吹き飛んだ。






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