第2話 聖都

 ティンタジェル神聖王国の王都は、小高い丘を中心に高く堅固な煉瓦の城壁で囲まれていた。丘の上にはフレイア教団の総本山の大聖堂がそびえ立ち、高みから下界を見下ろしているみたいだ。


「王城は大聖堂の下にあり、人の国を治める。神のものは神に、人のものは王に納めよ――がティンタジェル王家の信条じゃよ」


「ねえ、師匠。この街は煉瓦で出来ているんだね。煉瓦が赤みがかっているのはどうしてなの?」


「煉瓦の材料になる、この辺りの粘土に赤みがあるからじゃ……」


 初めての王都に物珍しさもあって、ついキョロキョロしてしまう。



 帰還した討伐軍が列をなして城門をくぐると、街の人々がオレ達を見ようと建物の窓から顔を出したり、路に出て来た。そしてその異様な風景――ボロボロの敗残兵たち――にシンと静まり、それからひそひそと言葉を交わしている。



 王城には、早馬でとうに知らせが行っている。敗軍にはむろん出迎えなどなく、人々の不安げなあるいは蔑むような視線を浴びつつ、惨めに街道の坂道を城へと進むマクブライド将軍は、苦虫を噛み潰したような顔だ。


 将軍に比べて宮廷魔術師や司教は、それ程今回の敗戦を苦にはしていないようだ。今回の作戦の責任者は将軍であり、自分達は将軍、つまり王国に協力したという実績を作れたから。勝って凱旋したかったのは、もちろんだが仕方ないといったところか。


 聖騎士ランスロットは、司教の隣で馬を進め、背筋をまっすぐにして頭を上げていた。キラキラしいヒーローみたいな見かけは変わらず、何を考えているのかもよく分からない。



 オレ達が冒険者ギルドの建物の前を通りかかると、女のギルド職員が近づいて来た。


「『希望の光』の皆様、ご無事で何よりです。ギルドマスターは、一足先に王城に行っております。あちらでお会いできるでしょう」


「おお、ネリー。心配かけてすまなかった。そうか、承知した。ありがとう」



 王城の前を流れる川には、これまた赤煉瓦の橋が架かっている。橋を渡れば、もう城だ。うなだれ、重い足取りで橋を渡った敗残軍と共に入城した。



 城に着くと、『希望の光』は客室に案内された。そこで王に謁見する前に、身だしなみを整えるようにと、着替えと風呂を用意された。聖女ビオラは司教やランスロットと共に教団の本部、大聖堂に報告と感謝の祈りを捧げに行ったので、残りの男ばかり5人で交代で風呂を使い、用意された服に着替えた。


 オレに用意された貴族の服は、膨らんだ袖にウエストコート、半ズボンに膝下までの長い靴下、先の尖った靴。短めのマントだった。半ズボンにニーソックスが、何ともスース―して居心地悪い。


 師匠はゆったりとしたローブ、騎士や魔法剣士は鎧の上からビロードのサーコートを着た。暗殺者の男はオレと似たような格好だ。


 そこへ、王都のギルドマスターが訊ねて来た。


「アール、ローランド、ライアン、ジョイス。みんな無事で何よりだ」


 中年の隻眼の逞しい身体付きの男は、一人一人肩を叩き握手して、無事を喜んでいる。


「そちらの少年は……?」


 そしてオレを見て、戸惑ったような顔をした。


「ああ、これはわしの弟子のディーンじゃ」


 師匠が答えると、随分驚いたようだ。


「アールが、弟子を?! ああ、ええと、すまない。俺は王都のギルドマスター、ゴードンだ。よろしく、ディーン」


 ごつい両手で俺の手をぎゅっと握り、笑顔を見せた。


 それからゴードンは、師匠たちに向き直って切り出した。


「帰還したばかりで、疲れているところ悪いが、今回のギルド・クエストについて報告してもらえるか?」


 この質問に師匠は、黒騎士団の中隊長に話した内容をそのまま伝えた。昨夜、将軍に言われたことも併せて。


 話をしている途中で、城のメイドがお茶と軽食を運んできてくれた。

 

「なるほど。一年前は10階層までだったダンジョンが、18階層以上に拡大していたんだな。Sランクパーティ『希望の光』が、数か月も迷ったなんて。討伐軍が失敗するわけだ」


 テーブルにはサンドイッチやマフィン、香りのよい紅茶。やはり爵位持ちの彼らは、客人扱いなんだなあ。サンドイッチを食べながら、そろそろアーサーのご飯が恋しいな、と思った。


 そうこうするうちに、騎士見習いの若者が呼びに来た。いよいよ、王との謁見だ。案内された謁見の間の控室で、武器を預けるように言われる。


 中に入ると、正面に玉座があり、ティンタジェル神聖王国の諸侯及び、今回の作戦指揮官の将軍、討伐軍に同行した宮廷魔術師、フレイア教団の司教、聖騎士ランスロット、それから聖女ヴィオラも居た。ヴィオラと目が合うと、彼女はにっこり笑った。



「国王陛下のおなーりー」


 侍従が国王の入室を告げると、臣下一同は跪いて頭を垂れた。


「……これ、ディーン。おぬしも頭を下げんか」


 立ったままのオレのウエストコートを、師匠に引っ張られる。


 この場になってから、今更かもだけど、オレは考えてた。


「ロキ神や魔王以外の、人族の王に跪くというのは竜として、どうなんだろう?」


 小声でそう言ったら、師匠は「本当に跪くのではない。これは作戦じゃ」とささやく。


 跪かないオレに人々が気づいて、騒めきが起きる。ギルドマスターが、師匠に何とかするようにと耳打ちしている。


「そこの者、不敬だぞ!」


 上座の貴族らしい男から、叱責が飛ぶ。



 もめているうちに扉から国王が、毛皮の縁取りがついたマントを翻し、悠然と入って来た。そして玉座の前まで来て、立っているオレと目がかち合った。



「――その無礼者を、捕らえよ!」


 すると、謁見の間に控えていた近衛兵たちが、わらわらと飛び出して来た!!


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