第11話 酒盛
赤狼人傭兵団団長ヒルデブラントは、このクムランのダンジョンに入ってからずっと、うなじの辺りがピリピリしていた。
戦場で、剣を頼りに命のやり取りをしながらこれまで生き抜いて来たのだ。赤狼人傭兵の団長を務めるこの男は、この何だか嫌な感じがする、という感覚に何度も助けられている。
17階層に降りて戻って来たパーティの赤狼人傭兵から、ヒルデブラントにこっそりと報告があった。敵襲では、銀を使った武器での攻撃があったようだと。その場で打ち合わせた金属の匂いを、赤狼人族の嗅覚が嗅ぎ取ったのだ。
俺達の弱点を、このダンジョンは知っていやがる!! この秘密は今まで、幾重にも隠されて来たはずなのに。
ティンタジェル神聖王国に忠誠を誓っている訳でもなく、ただ生きる糧を稼ぐために傭兵家業をやっている赤狼人にとって、命より大事なものはない。傭兵は、戦場で旗色が悪いとなったら、相手方に寝返るなんてことも日常茶飯事なのだ。
そもそも、このダンジョンは冒険初心者用だと聞いていた。『死に戻り』も出来る、危険の少ない場所だという話だったのに、いざやって来たら『蘇りのミサンガ』は手に入れられず、全滅した二つのパーティに居た赤狼人傭兵は戦死してしまった。
話が違う、俺達は騙されたんだ!! こうなったら、自分と仲間の命を救うために、ダンジョン側に寝返るのもありだ。
探知スキルによって、天井や壁に隠されたマイクとスピーカーに気がついた。討伐軍が監視されているのは、とっくに分かっている。それで、野営に乗じて思い切って、ダンジョンマスターに話しかけてみたのだが――。
「差しで話をしたいだって? 今更図々しいな。16階層までのモンスター全部やっつけといて!!」
「まぁまぁ、落ち着いて、ディーン。多分、赤狼人族の傭兵団が、寝返りたいっていう話だと思うよ」
スピーカーから、かすかに漏れ聞こえる音を狼人の聴覚が拾った。どうやらダンジョンマスターらしい人物が、誰かと話し合っているようだ。
俺は慌ててその場で土下座した。
「お願いします! そっちへ寝返らせてください!! 何でもしますっ。あと助けてくれたら、二度とこのダンジョンに敵対しませんっ」
「ほら、話くらい聞いてあげなよ。ここはボクが、モニター監視しててあげるからさ」
「仕方ないなぁ……」
少しして現れたのは、栗色の巻き毛の十代後半くらいに見える若者だった。――こんな少年が、何故ダンジョンに?
「こっち、ついて来て」
ダンジョンマスターの使いの子供だろうか。見失わないように、慌てて後をついて行く。
途中で手を掴まれたと思ったら、次の瞬間、いきなり転移して森林の中にいた。
「わっ?! ここは?」
月夜の森の中で、赤々と燃える焚火を囲んで、酒盛りをしている一団がいた。調子はずれなだみ声の歌が聞こえてくる。
「月がぁ~出た出たぁ。まん丸まんじゅうのようだぁ~」
「よっ、お頭っ!! クムラン・ダンジョン一の音痴!!」
「なんだとっ?! 俺のどこが音痴だ?! よーし、じゃあ、てめぇが歌えっ」
「はい! 手下2号、ド○○ナを歌いまぁーすっ! あ~るぅ、晴れたぁ~お昼ごろ~ド○ド○、〇ーナぁ、雄牛をの~せてぇ」
「ばかっ、よせっ!! 雄牛を売り飛ばす唄なんかっ。
焚火に照らされたその後ろ姿は……牛人族?! 頭に短い角が二つと、お尻に紐に房が付いたような尻尾がついている。人族と同じサイズの牛人族と、それより数は少ないが、大型の牛人族が居るようだ。
「ウモォォォォ」
大型の牛人族の一人が、こちらを振り返った。
「ヒィィィッ! ミ、ミノタウルスッ?!」
牛人族じゃないっ! あれはモンスターだ! 中級冒険者パーティが、一体を相手にやっとのことで倒せるかどうかというモンスタークラスだ――しかも、群れでっ……。
ミノタウルスの好物が、人肉というのは有名な話だ! 俺はこいつらの餌になるために、ここに連れて来られたのかっ?!
ダンジョンマスターは、俺と話をする気なんてなかったんだ……!
「い、嫌だっ、食われるのは、嫌だァァァァ――」
逃げようと、踵を返した時。
「あ、団長!」「ヒルデブラント団長だ!」
死んだはずの仲間の声が、俺を呼び止める。
「お前たちは――イザーク! ビクトル! い、生きてたのか……!!」
先陣隊で全滅したパーティに居た赤狼人傭兵の二人が、焚火を囲んだ一団の中から立ち上がって俺の元へやって来た。
「実は、昔このダンジョンでレベル上げした時に購入した、『蘇りのミサンガ』を身に付けていたんです」
「俺達は『蘇りのミサンガ』を付けていたから、先陣隊に志願したっていうか……。黙っててすみませんでした!」
「そ、そうか。無事でよかった……」
酔っ払いの牛の着ぐるみを着たおっさんが、もらい泣きしている。
「なんでぇ、団長さん、部下を心配して来たのかい? いい話じゃねぇか」
「お頭とは、全然違う……」
幸い? 手下のつぶやきは、お頭には聞こえていないようだ。
「よーし、再会を祝って、乾杯と行きましょうやぁ」
「――その前に赤狼人族の団長は、オレと差しで話があるそうだ」
ここまで案内してくれた栗毛の少年が、後ろからやって来て口を開いた。
「あっ、ディーンさま! いらしてたんですか?」
「ヴモッ、ヴモモッ」
着ぐるみのおっさんとミノタウルスの群れがかしこまっている。
「えっと、ディーンさま? どういうことだ?」
イザークとビクトルに視線をやり、説明を求める。
「ダンジョンマスターのディーンさまです。俺達、ここで保護されていました」
「ええっ、あ、あなたが……ダンジョンマスター?」
あらためて少年と向き合う。こんな子供が、ダンジョンマスターだったとは……。
「オレはここの主、ディーン。貴様の話を聞いてやろう」
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