第6話 恋呪
「ディーン、万一の時は魔王の言う通りに逃げて」
飲み干したコーヒーカップをテーブルに置くと、アーサーは真剣な表情でオレを見つめながら口を開いた。
「なんだよ、負けた時の話なんて、するな」
飲んだ後、初めて顔を合わせた相手を、唯一無二の存在として生涯を捧げさせる薬。
魔王さまの命令でアーサーに飲ませるようにと渡され、オレは薬をコーヒーに入れた。アーサーと自分のコーヒーカップに半分ずつ。せめてもの贖罪に……。
――薬の効果は、いつ現れるんだろう? 今のところオレ達は、何かが変わった様子とか、ないんだけど。
「ボクのせいで、こんなことになってしまって、ごめん。だけどフレイア教団は、ボク、というか勇者の命までは奪わないはずだから。フレイア神に選ばれた勇者を殺すのは、教義に反するんだ。だから、ディーンもいざという時は、自分の命を優先すると約束して。じゃないと、ボクは一生自分を許せななくなる」
「い、いやだ! オレは負けないし、アーサーもダンジョンも、守って見せる!」
「――そうか、分かった。じゃあ、絶対勝とう!」
「うん」
……もしかして、薬を半分ずつ飲んだから、効果がなくなったということは?
「この銀塊で、クロスボウの矢を作ろう。あとは短剣と……」
薬の効果がなかったと、魔王さまに知られたら、大変なことになる、よな……。
「どうしたの? ディーン。顔色が、真っ青だよ」
「あ、いや。ちょっと寒い、かな?」
「風邪でも引いた?」
アーサーが近づいてきて、オレの額に手を当てる。肩につくまで伸びた黒髪が揺れて、いい匂いがする。
「熱はないようだね」
「う、うん……」
心臓が、トクトクと音を立ててる――もしかして、これが薬の効果なのか……?
「今度は、顔が真っ赤だ。本当に大丈夫?」
「――そういうアーサーは、どうなんだ? 何か、変わったことはないのか?」
「ボク? 別に? そうだ、ディーン。上で、ロフトで寝ろ」
「ええっ?!」
思わず仰け反りそうになる。一緒に寝よう、と誘われるなんて。やっぱり、薬の効果が?
「そんなに驚かなくてもいいだろ? 風邪を引いたのかもしれないから、ベッドで寝てくれ。もともとボクが、ディーンのベッドを取ってしまったのだし」
ごくり、と唾を飲み込んだ。
「い、いいのか?」
「うん。ボクも初めてだし」
「あ……オレも、その、初めてで……。でも、フラウにもらった本読んだから……や、やり方は一応分かるっていうか」
「何の話だよ? ボクはソファベットで寝るの初めてだから、こっちの寝心地も試してみるよ」
「え……あ、そういうこと、か。あは……あはは」
勘違いって、死ねる。死ねるほど恥ずかしいぞ……。
「一緒に寝て、看病してくれないなら、オレはソファで寝る」
フテ寝だ! 寝て全部、忘れよう。勘違いして、恥ずかしいのも、アーサーと惚れ薬を飲んだことも。
毛布を出して、頭から被る。
「おやすみっ」
「――全くもう、仕方ないなぁ。甘えん坊め」
ふう、とため息をつくと、アーサーは有無を言わさずオレを抱え、素早くロフトに登ってベットに降ろした。
肉体強化のスキルを使えば、オレを抱えて運ぶなんて、勇者には容易いだろうけど! 男女の役割が逆じゃないか!? お姫様抱っこでベットに降ろされた、オレの立場はっ。
「なっ、なにをっ」
ギシ、とベットが軋む音を立てて、隣にアーサーが滑り込んで来た。部屋の照明の出力を落とされ、薄暗くなる。
「添い寝してやるから、早く寝て良くなれよ?」
「ぶっ、ゲホッ」
いや、寝れねぇぞ? 蛇の生殺し、じゃなくて、竜の生殺しだ……。
二人で仰向けになって、天井を見つめる。意識するなって言っても無理。ふいに、アーサーが話し出す。
「ディーンは、親から独立してここにダンジョン作った時、まだ小さかったよね。寂しくなかった?」
「年に一度のダンジョン会議で顔合わせるし、向こうからもたまに会いに来るし。会うと口うるさいから、寂しくはないな」
「そっか。いいご両親だな。ボクは10歳で誓いを立てて、聖騎士団の見習いになったんだけど、休暇の度に、両親の待つ家に帰る同年代の子たちが、うらやましかったよ」
急に、しんみりとした雰囲気になった。昔話を始めたりして、どうしちゃったんだろう。オレ達は過去を振り返るには、まだ若すぎると思うんだ。
「いつも休暇になると、ウチのダンジョンに来てたよな。オレは嬉しかったけど……」
「ディーンと遊ぶのは、本当に楽しかったよ。……ねえ、ディーン。今度の戦いで勝ったら――」
「ストップ!! フラグ立つから、それ以上言うな」
決戦を前にして、これが終わったら――しよう、的な台詞を言うキャラは死亡フラグが立つんだ。間一髪、危なかったぜ。
「ちゃんと聞いてよ。後悔したくないんだ。母さまが父さまの気持ちを繋ぐために、ボクを男子として育てたから、ディーンもボクを男だと思っていたでしょう?」
こちらを向いて、じっと見つめるアーサーの視線が痛い。
「なのにさっきは、ボクに惚れ薬を飲ませたよね?」
えっ!? 知ってたの? びっくりして、アーサーの顔を見る。
「ボクに鑑定スキルがあるの、忘れてる?」
「あ……」
「何で飲んだのかって? 勇者のスキルに状態異常無効があるから、薬は効かないと思ったんだよ」
マジかよ……。じゃあ、オレが飲んだ意味は……。
「いや。あれは、二人で同時に飲むことで発動する術式が組み込まれていた」
「オレには全然、分からなかったけど。薬飲んでも、なにも変化はないし」
「ボクもだよ。何も変わらない――」
だって、ボクたちは、もうとっくに恋に落ちてたから……。
――耳元でささやくアーサーの声が甘くて。
「ごめん」
「謝るな」
「泣き虫」
「泣いてない」
鳥のような軽いキスを、何度もして。
「ディーンは、うそつきだな。でも、これでお互い様だね」
お前だって、泣いてるじゃないか……。
「発動した術式って?」
「ディーンの告白、かな? 気持が伝わったよ……でも、そういうのは、ちゃんと自分の言葉で伝えて?」
背中にまわした手に、ぎゅって力が入って。
「好き、だ」
「うん」
今度は、笑顔が見れた――。
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