第9話 盗賊団との戦い

 鬼の村里の就寝時間は早い。見回り当番とボス部屋待機組以外の鬼たちは、日没に寝て、夜明けと共に起きる。

 もう寝ていた時間だろうが、オレのエルフの娘たちを救出せよという号令に、ゴブリンもオークも飛び起きて、急いで戦の支度をしている。感心感心。


「よし、オレ達も作戦会議だ!」


「とにかく、盗賊も娘も全員確保だよ。一人でも逃したらダメだ」


「そのつもりだけど、なにか理由があるの?」


「だって、ここにあの娘達が連れて来られたと分かれば、ハーフエルフ村から冒険者ギルトか国へ、娘たちの救出の要請をするかもしれない。今、このダンジョンが国やギルドから、討伐対象に指定されたら厄介だ。軍の人海戦術にしろ、高ランク冒険者パーティ派遣にしろ、おそらく最下層まですぐに到達されて、ボクとディーンが迎え撃つことになる。それは悪手だ。気をつけた方がいい」


 アーサーの言いたいことは、よくわかった。


 ダンジョンはマスターがいる限り、存在することができる。ダンジョンマスターがDPで召喚したモンスター達も、例え冒険者達に倒されたとしても、時間が経てば再ポップするんだ。


 ――だけど、オレがやられたら、すべてが終わってしまう。


「分かった。鬼どもせっかくの嫁さん候補を奪われたらショックで再起不能になってしまうだろうしな」



◆◇



 外の嵐は一向に止む気配もなく、ダンジョンの入り口からは激しい雨風が吹き込んでくる。


 上層の洞窟内は、岩壁がほんのりと青白く発光していているが、視界が悪い。 



 見張りに立った盗賊は、松明を片手に、震える身体にマントを巻きつけた。


 警戒は怠るな、とお頭から言われていたが――。



「まあ、こんな入り口あたりじゃ、モンスターが出ても、スライムかブラック・バットくらいだろう」



 コロコロ……。岩壁から小石が転がり落ちた。盗賊がその小石に視線を落とす。



「ん? あれは、魔石か?」


 確かめるために、数メートル、ダンジョンの奥に進む。


「やっぱり、魔石だ」


 さらにその奥にも、薄っすらと蛍光色に光る魔石が点々と落ちている。


「おい、何やってる」


 もう一人の見張りの男もやって来て、魔石を拾った。


「へへ、せっかくだから小遣い稼ぎしようぜ」



 ダンジョンの出来る所は魔素が濃いので、魔石が発生する。魔石は、魔道具を発動させる動力として使われているので、売ればお金になるのだ。


 二人は魔石を拾いながら、ダンジョンの奥へと少しずつ進んで行った。



「おい、結構奥まで来ちまってねえか?」


「そろそろ戻ろう。魔石も十分拾ったし」


 ――その時。


 ヒュン、ヒュン!


 風を切る矢羽の音がしたかと思うと、盗賊のふくらはぎに矢が突き刺さった。


「痛ってェッ!」


 前を歩いていた仲間も、腕を抑えている。


「気をつけろっ」


 剣を抜いて、辺りを見回す。岩陰から、ぬっと出て来たのは、大鉈や斧を持ったオーク達だった。


「ヒィッ! なんで一階層にオークが……っ」


「ぁ、足がしびれて、動けねえっ」


 矢じりには、麻痺薬がぬってあったのだった。オークが大鉈を振るうと、盗賊は鋼の剣で受け止めようとして、そのまま後ろへ吹っ飛んだ。


「だっ、誰かっ。助けてくれぇええええ」


 もう一人も逃げようとしたが、思うように身体が動かない。ガツッ! 背後から首の後ろを殴られて、パタンと倒れた。




 しばらくして、夜半に用足しに起きた盗賊団の傭兵崩れのかしらは、見張りが居ないことに気づいた。


「おい、てめぇら、起きやがれっ。見張りの野郎はどこへ行った!」


 寝ている手下を足で蹴って、起こす。


「知らないっすよ……もう交代の時間っすか」


「ここはダンジョンの中だ。何が起こっても不思議はねえ。ちゃんと見張ってろ」


「へい……あれ?! お頭、馬が居なくなってますぜ。まさか見張りの奴ら、お宝盗んで馬で逃げたんじゃ」


「ぬわんだとぉおっ」


 頭は荷馬車に駆け寄って、中を見た。娘たちは手足を縛られた姿でそこに居たし、盗んだ金貨や宝石を入れた袋もちゃんとあった。


 ほっとしたのもつかの間、馬がなければせっかくのお宝を運ぶことも出来ない。どうしたものか。


「お頭、どこへ行くんですか」


「ちょっと、外の様子を見て来る。見張りの野郎が馬で逃げたなら、なにか手掛かりがあるかもしれん」



 ダンジョンの入り口付近に近づくと、横殴りの風が吹きこんで、まっすぐ歩くのも大変なくらいだった。ダンジョン付近の雑木林から、風で飛ばされた木の葉や小枝が、盗賊団の頭の顔に当たる。


 本当にこの嵐の中を、出て行ったのか? お宝に手も付けず、夜の大荒れの天候の中飛び出したとは考えられない。


 入り口に立って見るが、外の様子は真っ暗で何も見えない。断続的に降る雨に、びしょ濡れになる前に引き返そうとして、入り口に設置されている『蘇りのミサンガ』の自販機に気がついた。


「自販機の魔道具か。高く売れそうだな」


 岩壁の四角いくぼみの中にある自販機を、腰に吊るした幅広の剣ブロードソードを抜いて、無理矢理取り外そうとする。



 この自販機は、ダンジョン内での命の保証をするミサンガを発行することから、地元の村人や冒険者たちに、それは大切にされていた。


 まるで神々を祭る小さな祠、ご神像のように、自販機の前にささやかな祭壇が設けられ、花やお菓子、果物、小銭などが供えられている。


 ミサンガを買うお金のない村人たちも、洞窟内で魔石や薬草を採集するときは、ここでお参りをし、無事を祈ってからダンジョンに入るのだ。


 ――それを、剣でガシガシと取り外して持ち去ろうとする、盗賊団の頭。


「ちょっと、おっさん!! 何てことしやがるっ。その自販機に、いくらDPダンジョンポイント払ったと思ってるんだよ?!」


 後ろから、突然若い男の声がして、驚いて振り向く。そこには、岩壁の薄明りの中、自分より頭一つは低い、細っこい少年が武器も持たず、丸腰で立っていた。

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