25 特技
「そう言えば恵美さん、頼まれていた統計表を作ってきましたよ」
「え、本当!?」
豊音が通学鞄からUSBメモリを取り出すと、恵美は一気に表情を明るくする。
「ありがとう、助かるわ! シン、オフィスからノートパソコンを持ってきて! それと我が協会のIT担当にコーヒーとお菓子を追加で!! 前に貰ったちょっと高いヤツね!」
「了解、仰せのままに」
会議室から出て行く慎也を横目に捉えつつ、陽明は面映ゆそうにしている豊音に訊ねた。
「また、お得意の表計算ソフトか?」
「うん、でも別に大した事はしてないよ。大会の参加者とか登録選手を管理する表を作っただけだから。関数だって基本的な数式しか使ってないし」
「もうその時点で俺からすればお手上げさ。豊音って昔から機械に強いよな」
「このソフトは生徒会で使うし慣れてるだけ。ハル君は大袈裟だって」
戻って来た慎也からノートパソコンを受け取ると、九高の生徒会副会長はお手製の統計表の使い方を恵美に説明し始める。
「慎也さんは加わらなくてもいいんですか?」
「僕はお呼びじゃないよ。一つ予言をしてあげよう、僕があそこに入っても足手纏いにしかならない」
「情けない予言をしないでください。外す気ないでしょ、それ」
「まあ実際、ウチの協会は豊音ちゃんにかなり助けられているよ。あの手のシステムをいちいち外注してたら予算が幾らあっても足りない。彼女が手伝ってくれるお陰で、僕達は余計な事に予算と頭を使わなくても済むのさ」
淀みない手付きでキーボードに触れる豊音はまるで水を得た魚だった。褒められて嬉しそうにしている横顔を見ていると、何だかこちらまで頬が緩んでしまう。
「いつもありがとうね、トヨトヨ。マンエバに出演してもらうだけじゃなくて、こういう事務的な事まで力を貸してくれて」
「どういたしまして。ただ本音を言えば、マンエバにはあんまり出たくないんですけどね……」
「うーん、今更引き下がるのは難しいと思うよ。プロデューサーがトヨトヨの事を気に入ってて離さないから。それにトヨトヨがレギュラーで出てるコーナーも反響が大きくて打ち切りにできないし。トヨトヨがマンエバに出ないってなったら、私が広報部を代表して怒られちゃう」
豊音が務めているのは、有名人がエバジェリーを体験したり見学したりする際のインタビュアーだ。アイドルに負けない恵まれた容姿に加えて、素人らしい天然さがプロには出せない絶妙は味を出していると視聴者の間で評判になっている。
「でも、本当に嫌な事を言われたら言ってね。その時は私からプロデューサーにガツンと言ってやるから! ま、私の頃とは時代が違うし水着を着てグラビア撮影なんて話にはならないから大丈夫だって!」
「いや恵美さん、そんな事してたんですか……?」
「ありゃ、ハルは知らなかったかい? 協会に当時の雑誌とかあるけど、見てみる?」
「はい、是非とも」
「……ふぅーん、ハル君は見たいんだぁ」
決め顔で即答すると、隣に座った豊音からこれ以上なく冷たい眼差しを向けられた。槍の穂先よりも尖った視線が、容赦なく陽明の心を抉っていく。
「へぇ、ふーん、そうなんだー」
「と、豊音さん?」
「別に、何でもない! そういう物に興味を示すのは仕方ないし……でも、それが恵美さんの写真って言うのが、何だか……」
「トヨトヨもまだまだ子どもだねぇ」
目を伏せたまま唇を尖らせた豊音を、恵美は微笑ましい顔で見詰めた。
「いいかい、男なんて生き物は心と下半身が別物だって割り切らなくちゃ。この人だけは大丈夫、なんて幻想は通じないのさ。それに気付くまでに何度シンと喧嘩した事か……シン、若い頃は凄まじくモテたからねぇ」
「はて、何の事だか僕にはサッパリ……」
「ああ、そんな風に言うんだーっ! だったら、こっちだってまだ許してない浮気未遂を羅列していくからね。あれは私が協会に就職したばかりの頃、いつも接待で二軒目に使うお店で働いていた――」
「そう言えば恵美、前に行きたいって言っていたディナーなんだけど、急に予約を取りたい気分になってきたんだ。来週の予定はどうなってるかな?」
完全に尻に敷かれていた。
尊敬するべき師匠の見たくない姿だ。面目とか色々と丸潰れである。
「ま、心だけはちゃんと躾けておけば何とかなるって訳さ。何なら、トヨトヨも水着写真を撮ってもらうかい? プロデューサーにお願いすればすぐに話が決まると思うけど?」
「や、やりませんよ! 絶対に嫌ですから!! そもそも恵美さんだって自分の若い頃のグラビアをハル君に勧めないでください! 恥ずかしくないんですか!?」
「そりゃ私だって乙女だったし、最初の頃はすごく抵抗とかあったんだけどね……もう色々と吹っ切れた今となっては、むしろ見られる事に気持ちよさを感じたり——」
「わ、私はそんな風にはなりませんっ!!」
「でも、ハルだって見たいよね? プロのカメラマンが撮ったトヨトヨの水着写真。色んな物を挟めそうな谷間とか、太陽の光を反射する眩しい太腿とか!」
「もちろん、すごく見たいです」
「ハ、ハル君まで……」
真剣な顔で頷くと、豊音は呆れた様子で頭を抱えてしまった。
「さてハル、少し僕から真面目な話がある」
打って変わって深刻な表情を浮かべた慎也が、凛と張った声で告げた。
「珀穂君と戦った昨日の練習試合、結果は豊音ちゃんから聞いたよ。どうやら状況はかなりまずいらしいね」
「……はい」
「そこで、僕に一つ考えがあるんだ。あと二週間でハルを完全復活させる秘策がね」
にやりと、中性的な
「二人とも、明日の夜は空いているかい?」
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