06 悪魔の宣言

「……何よ、これ」


 約二分の動画を見終わると、信じられないと言わんばかりに首を横に振った。


「『悪魔』の優勝者インタビュー。あまりにも衝撃的な内容だったから、この部分だけ抜粋された動画が異常に再生されてるんだ。テレビやネットのスポーツニュースで報道されて割と話題になったんだけど、知らない? SNSでも大炎上してたな」

「そうなんだ、知らなかったわ」

「今日の報告会だって報道陣が多いのは『悪魔』のせいだよ。なにせ記録に残るインタビューで、エバジェリーに携わる全ての人に喧嘩を売ったんだからな」

 

 御波からスマホを受け取ると、陽明は動画のタイトルにもなっている『悪魔』の宣言を吐き捨てた。


「エバジェリーをぶっ壊す」

「……そんな事が、可能なの? 『悪魔』ってただの大学生なんでしょ?」

「普通に考えれば不可能だよ。エバジェリーはスポーツなんだぞ、一人の天才がどれだけ粋がったってルールという枠組みから解放される訳じゃない。だけど、アイツなら話は別だ。『悪魔』の野郎にはそれだけの力がある」

「一体、どうして……?」

進化アセンション


 ベリッ!! と。

 持っていたペットボトルに思わず力が入った。


「エバジェリーには階位レベルって概念が存在する。選手個人の基本性能スペックだと思ってくれ。俺達が第五階位レベル5までの性能で戦っているのに、『悪魔』の野郎はたった一人だけ第六階位レベル6に到達しやがった」

「……階位レベル一つで、そんなに違うの?」

第六階位レベル6だけは桁違いだったんだ。第五階位レベル5までの性能差なら努力とか戦略で補えたし、スポーツとしても成立していたのに。……御波、ソシャゲはするか? 基本プレーは無料だけど、大量にガチャを引こうと思ったら課金が必要なヤツ」

「まあ、一応は」

「喩えるなら、アイツはゲームの戦略性を根本から変えちまうぶっ壊れなんだ。十万円単位で課金してでも手に入れたいバグキャラさ。公式チート、環境破壊者バランスブレイカー害悪インフレ性能……どれもロクなモンじゃないってのは分かるだろ?」


 騎馬隊に火縄銃で対抗していた戦国時代に、最新鋭の銃火器で武装した特殊部隊を送り込んだらどうなるだろうか? 荒唐無稽な喩え話だが、『悪魔』の強さを語る為にはこんな笑い話ですら持ち出す必要があった。


第六階位レベル6の力は既存のルールじゃ制御できなかった。『悪魔』が手に入れたのは、俺達が積み上げてきた血の滲むような努力を、ほんの一瞬で紙クズ程度の価値まで暴落させちまう程の理不尽さ。ソシャゲなら引退者が続出してる状況だよ」

「なら、他の選手も第六階位レベル6になればいいんじゃ……」

「方法が確立されていないから難しいな。実は進化アセンション自体もよく分かってなくて、有名な心理学の先生が『精神的な成長による副産物』って真面目な顔で言ってるくらいなんだ。対策の立てようもない」


 時を同じくして、報告会でも『悪魔』について言及されていた。


『個人の獲得した特殊な能力で競技性が損なわれている訳ですが、ルール改訂や制限追加を行う可能性はどの程度あるのでしょうか?』

『何らかの制限を設ける場合、ルールによって個人を規制する事になりますが、SNS等ではそれが理不尽だという声も上がっています。その点についてはどうお考えなのでしょうか?』

『日本での対応が、海外エバジェリーに影響を与える可能性はあるのでしょうか? ファンの間では定期的な国際試合を望む声も多いようですが』


 集まった報道陣から質問が矢継ぎ早に放たれる。質問の中には厳しい言葉も含まれており、陽明には何かの謝罪会見のようにも見えた。


「スポーツ特異点シンギュラリティ

「?」

「たった一人の天才によって、スポーツの競技性が崩壊してしまう瞬間さ。オリンピック種目になってるスポーツだって、公平な競技性を守る為にルールや道具を変更してきた歴史がある。今まさにエバジェリーはスポーツ特異点シンギュラリティに直面しているんだよ」

「でも、資料にはルール改定をしないって書いてあるわよ? このままじゃ『悪魔』の一人勝ちが続くのに?」

進化アセンションは選手にとって正当な権利だからな。違法な薬物摂取ドーピングや肉体改造じゃない以上、ルールで取り締まるのは不公平だ。ソシャゲみたいに簡単にキャラ性能を下方修正ナーフしたり、効果テキストを変更したりはできないのさ」


 仮に、メジャーリーグでも通用する天才投手が高校野球に現れたとしよう。でもだからと言って、投球数に制限が設けられたり、味方野手を減らされたりはしないだろう。他のチームは圧倒的な力量差に歯噛みしながらも必死に策を講じるしかない。


 報告会ではようやく『悪魔』についての話題が終わり、次の表彰式へと映っていた。今シーズンにエバジェリーの発展に貢献した人へ協会から賞が贈られていくのだ。


「……て、えぇ!? 豊音先輩!?」


 御波が持っていた冊子を机の上に落とした。中継映像では九高の夏服を着た少女が、頬を赤らめ緊張した面持ちで登壇している。


「ちょっと陽明、どう言う事よ!」

「あれ、聞いてないのか? 豊音はエバジェリー関係者の間でちょっとした有名人なんだ。正式な指導員コーチとして練習を監督するだけじゃなくて、色んな場所で協会の仕事を手伝ってるから。学校じゃ本人が隠してるから、エバジェリーに興味のある人は知ってるって感じだけど」


 大人びた少女は賞状を胸に抱えると、面映ゆそうにペコリと深くお辞儀をした。絹のような長髪が舞って、キラキラとスポットライトを反射する。役目を終えて気が抜けたのだろう。照れ隠しの笑みが溢れた瞬間、客席前方から大量のフラッシュが焚かれた。


「……何か、アイドルの記者会見みたいね」

「実際に豊音は人気があるんだよ。何ヶ月か前に協会からの頼みで公式番組に出ちまったせいで、選手でもないのに熱心なファンも付くようになった。別に無理しなくてもいいのに……」


 表情を硬くした陽明が、歯切れ悪く言う。

 スクリーンには協会製作の公式番組から、豊音の出演シーンが抜粋され映し出されていた。舞台上で顔を真っ赤にする少女を中心に、暖かい笑い声が講堂ホールを包んでいる。


 最後に何かコメントを求められて、豊音が司会者の女性からマイクを向けられた。


『きっと、ここにいる多くの人が気にしていると思います。私が調律師ビショップとしてPACEを担当している元ジュニア王者——えんじょうはるあきが、どうして先月の大会に出場しなかったのか』

「なっ……!?」


 思わず、息を飲む。

 まさか自分の名前が出てくるとは思っていなかったから。


『個人情報を含むため、ここで全てを話す事はできません。でも、私は信じています。ハル君は必ず私達の空に戻ってきてくれるって。彼の翼を担う調律師ビショップとして、今まで一緒に戦ってきた相棒パートナーとして、私はずっと待ち続けます』

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