05 戦略報告会

『さて、今年度の話題と言えば「ぞらあく」です。先月、公式大会に初出場ながら圧倒的な力で優勝を果たしました。ただその力があまりにも規格外であり、新たなルールや制限の追加を求める声が——』


 陽明は高校の教室二つ分くらいの講義室に移動して、スクリーンに投影される中継映像を眺めていた。

 ピアノのコンクールでも行えそうな綺麗な会場だ。照明の絞られた厳かな講堂ホールは八割ほどが埋まっているだろうか。スポットライトが差し込む舞台の中心では、紺色のダブルスーツを着た細身の男性が演説を行なっている。


「人事発表、会計報告、今期の課題と来期の目標か……何だか株主総会みたい」


 器用に指でペンをくるくる回しながら、御波は入口で配布された冊子に目を通していく。羅列された数値やグラフ、細かい文字を見ているだけで陽明としては目眩を感じるのだが、御波は全く苦にしていなかった。


「支援者の中に、大病院の院長とか大学教授が多いってのも堅苦しい理由だろうな」


 プラスチック製の椅子に深く腰を掛け直した陽明は、入口で資料と一緒に貰った天然水のペットボトルを傾ける。エバジェリーの人気選手がCMキャラクターに起用された銘柄だ。


「エバジェリーって、元々は精神医学の治療法から発展したスポーツなんだよ。生身での飛行技術も含めて研究中だし、その繋がりで病院とか大学から運営資金を援助してもらっているらしい。じゃなきゃ、誕生からたった30年でここまでの規模にはなれなかったってさ」

「競技規模って言うと、今年で登録選手数が3,000人を突破したって書いてあるわね。これって多いの?」

「よく引き合いに出されるのがスケートかな。日本におけるスピードスケートの競技人口が3,000人弱くらいで、フィギュアスケートが5,000人くらいらしい。エバジェリーの引退年齢が20代前半だから、感覚的な数値も似てると思うぞ」

「20代前半!? 随分と早いのね、そんなに肉体を酷使するの?」

「肉体というよりも、心の問題かな……みんな、飛べなくなっちまうんだよ。まるで、空から見放されたみたいに」


 沈痛そうに語る陽明を見てしまい、御波は深く追求できなくなった。

 代わりに普及活動の報告ページを読み進めていく。資料には人気選手がテレビのスポーツバラエティ番組に出演した様子や、定額制の動画配信サービスで月一更新されている公式情報番組の内容が写真付きで掲載されている。


「やっぱりエバジェリーって人気よね。SNSでもよく動画とか見かけるし。生身のまま空を飛べるのってすごく魅力的だと思うわ」

「スポーツとしてやってみると案外どうか分からないけどな」

「もっと気軽に飛べるようにならないの? 競技前提になるからハードルを高く感じるのよ」

「その辺りは協会も頭を悩ましてたなぁ。法律で規制されまくってるから難しいんだと。海外じゃそうでもなくて、山間部や渓谷を一気に飛び降りるエクストリームスポーツだったり、小型飛行機のエアレースみたいなスピード競技だったり色々あるみたいだけどさ」


 飛行できる場所、速度、人数制限など、生身での飛行が普及すれば解決すべき問題が多く発生する。

 とある日本人が世界で初めて飛行技術を発表した約35年前、様々な課題に対処できないと判断した当時の政府は許可のない飛行の一切を法律で禁止した。強硬な規制の裏には、識力シンシアが限られた人間にしか発現しない能力だという事情もあったそうだ。


 そんな中、飛行技術の開発者によって創られたのがエバジェリーである。技術を安全に発展させ、広く人々に普及させる為にスポーツという形態を選んだ訳だ。政府も研究の一環という名目で許可を出しており、日本ではエバジェリーだけがプレーされている。


「ねぇ、さっきから聞こえてくる『ぞらあく』って何?」

「異名だよ。全国大会の常連とか、人気選手には協会から『二つ名』が送られるんだ。理由は知らない。会長が少年マンガ好きだし、個人的な趣味って気もするけど。ほら、冊子の最後の方を見てみろよ」


 御波が二つ折り冊子を捲ると、日本地図に無数の名前が印刷されたページが現れた。


「何これ、すごい量」

「大会に出場できる資格を持った選手の一覧だよ。本名じゃなくてSNSで使うようなハンドルネームだけどな。協会から二つ名を貰ってる選手は見分けやすくなってるはず」

「アンタはどこにいるの?」

「俺はいないよ、今年は選手登録をしてないから」

「あ、そうか。へぇ、色んな二つ名があるのね。でも『悪魔』って酷くない? まるで悪役みたいじゃない。他の選手は『てんじゅつ』とか『なぎひめ』とかで露骨な感じはしないのに」

「みたいじゃなくて、実際に悪役ヒールなんだ……本当にふざけた野郎だよ」

「もしかして、知り合い?」

「……少し、会った事があるだけさ」


 陽明は苦虫を噛み潰すように言うと、スマホを操作して御波の前に差し出した。画面に表示したのはとある動画。リュックからイヤホンを取り出した御波は、怪訝そうな顔で動画を再生する。


「……何よ、これ」


 約二分の動画を見終わると、信じられないと言わんばかりに首を横に振った。


「『悪魔』の優勝者インタビュー。あまりにも衝撃的な内容だったから、この部分だけ抜粋された動画が異常に再生されてるんだ。テレビやネットのスポーツニュースで報道されて割と話題になったんだけど、知らない? SNSでも大炎上してたな」

「そうなんだ、知らなかったわ」

「今日の報告会だって報道陣が多いのは『悪魔』のせいだよ。なにせ記録に残るインタビューで、エバジェリーに携わる全ての人に喧嘩を売ったんだからな」

 

 御波からスマホを受け取ると、陽明は動画のタイトルにもなっている『悪魔』の宣言を吐き捨てた。


「エバジェリーをぶっ壊す」

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