花束と境界線

魚の目

「起」


目が覚めてすぐ、枕元のスマートフォンのディスプレイの明かりをつけて、通知を確認する。

公式アカウントからのLINEの通知と、メルカリからの通知。


「田中 聖瑋」と連絡が取れなくなって、早一週間。

トークルームを検索して、聖瑋とのルームを開く。自分の送ったメッセージには、まだ既読がつかない。


聖瑋は、自分が大学院生として入学した大学の、2つ下の部活の後輩である。

自分の勝手な勘違いならはなはだ恥ずかしいのだが、部活内で一番仲が良かったと思うし、性別や年齢の垣根を越えて、本心を話せる相手だったと思う。

大学院在学中から、よく二人で出かけたり、飲み歩いたりしたし、社会人になって互いに離れた場所で住むことになっても月に一度は直接会って、週に一度は通話して、毎日のようにチャットのやりとりをした。

在学中から、ダブルバイトを常にして、社会人になっても「バイトの店長からの頼みに断れなくって」なんていって、ダブルワークをこなしている忙しい女の子だ。

一日に頻繁にやりとりをするような事はめったにない。しかし、必ず一日の内に一通はお互いにメッセージを送信していた。

だから、今回のように丸一週間も連絡がつかないのは、はっきりといって異常事態なのである。


直接会いに行って、消息を確かめれば良いのだが、「突然、来ちゃった。」というには微妙な距離だし、それはカップルであるならまだしも、付き合ってはいない男女においては、さすがに凶器の沙汰であろう。

それに、聖瑋も社会人である。万が一、失踪でもしていようものなら、職場やバイト先から何かしらの連絡が入るであろう。

四日前くらいから急にそわそわしだして、「茨城 事件」で検索してみるが、めぼしいものはヒットしない。

残念、というべきか、安堵と言うべきか。現在のところ、聖瑋と自分を繋ぐツールはこのスマートフォンしかないところが悲しいところである。

親友という、きっと心の深いところで繋がっているはずなのに、結局はこうした無機質な外部的なものに頼らなくては、意思を通わせることも出来ないのである。

なんだか、逆説的だが。


LINEに通知が入る。

急いで確認したが、彼女である瀬川祐奈からの「おはよう」LINEであった。

スタンプで返して、自分も職場に行く準備をした。

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