君じゃなきゃダメなんだ ②

 絶望的なのはわかっていてもどうしてもあきらめることができず、往生際の悪い俺はなんとか葉月の気を引こうと考え、その手段として昔と変わらず接してくれる佐野にプロポーズした。

 俺と佐野は同僚として仲が良いだけでお互いに恋愛感情は一切ないから、プロポーズなんかしたって佐野は即答で断るはずだけど、仲良しの葉月に相談するだろうと計算して、なんの関係もない佐野を巻き込んだ。

 だけどそのとき葉月は幼馴染みの男からプロポーズされていて、再会しても自然消滅した言い訳のひとつもしない俺と離れるために、その男と結婚して一緒に大阪に帰るつもりだったらしい。

 あのとき佐野と玲司がお節介を焼いてくれなかったら、葉月はもう少しで幼馴染みの男と結婚してしまうところだったのだと思うと、今でも自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

 結果的に佐野と玲司のおかげで葉月との間にあった誤解も解けて、お互いの気持ちを伝え合うことができた。


「俺は今でも、葉月のことがどうしようもないくらい好きだ。葉月じゃなきゃダメなんだ」


 俺がそう言うと、葉月はうつむいて必死で涙をこらえながら、小さな声で「私、浮気なんかしてへん。志岐のこと、ずっと待ってた」と言った。

 次こそは悲しい思いをさせないと心に誓い、俺が本気で葉月を好きだということを信じてもらえるように、「俺が好きなのは葉月だけだよ。一生大事にするし絶対に浮気しないから、俺と結婚してください」と言うと、葉月は「イラチやなぁ……。まずは『付き合ってください』やろ。先のことはぼちぼち考えていこ。でも嘘ついたらハリセンボン飲ますで」と言って、目を潤ませながら笑った。


 そんな擦った揉んだがあったあと、婚約して同棲を始めてからも社内恋愛を秘密にしていたことで、葉月を口説く男が現れ、おまけに俺にアプローチしてくる女もいてまたケンカになり、絶対に葉月を奪われてなるものかと思った俺は、潤くんや佐野、玲司が見ている前で葉月に今すぐ入籍しようと迫った。

 その勢いで翌日に入籍して3か月半が経ち、今日結婚式を無事に終えることができた。

 今にして思えば俺たちは、なんてバカみたいな遠回りをしたんだろう。

 もっと素直にお互いの気持ちを信じていれば、こんなに遠回りをしなくて済んだのかもしれない。

 葉月がずっと俺を好きでいてくれて良かった。

 そして葉月をあきらめなくて本当に良かったと改めて思う。



「志岐、大丈夫?」


 優しく体を揺すられてまぶたを開くと、パジャマに着替えた風呂上がりの葉月が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 どうやらあのまま眠っていたらしい。


「あー……ちょっと寝てたみたい」

「今日は疲れたもんなぁ。でもこんなとこで寝たら風邪引くで。ちゃんとベッドで寝ようや」


 俺の手を引いて立ち上がらせようとする葉月の手を強く引いて抱き寄せる。

 驚いて何度もまばたきをしている葉月をひざの上に乗せて抱きしめ、何度もついばむような優しいキスをした。


「まだ寝かせないよ?寝るのはさっきの続きしてからって言ったじゃん」

「……ここで?」

「ここですんのもいいけど……ゆっくりじっくり葉月を可愛がりたいから、やっぱベッドでしようかな」

「そんなん言わんといて……。ホンマに恥ずかしいから……」

「じゃあもっと言おうかなぁ」


 向かい合わせにだっこして寝室に運びベッドの上にそっと下ろすと、葉月は少し甘えた顔で俺の方に思いきり両腕を伸ばした。

 いつもはこんな甘えた顔は滅多にしないのに、不意打ちもいいとこだ。

 身体中の血が沸き立つように熱くなり、胸が痛いほど高鳴る。


「志岐」

「ん、どうした?」


 できるだけいつも通りを装いながら余裕ぶってそばに座ると、葉月は伸ばした腕を俺の背中に回して抱きつき、頬に軽くキスをした。


「……好き」


 なんてことだ。

 今日くらいはちょっとでもデレてくれないかななんて思っていたくせに、いざそうされるととてもたまらなくて、俺のリビドーは一気に限界突破寸前になってしまう。


「俺も好き。めちゃくちゃ好きだよ、葉月」


 ベッドの上に葉月を押し倒して唇を重ね、貪るようにキスをして、逸る気持ちを抑えながらパジャマを脱がせた。

 一糸纏わぬ葉月の素肌に手と舌を這わせ、体の中の柔らかいところを指で探る。

 息を上げながら俺の名前を呼ぶ葉月の甘い声や、恍惚とした表情に欲情を煽られ、込み上げてくる愛しさをぶつけるように一番奥の深いところを何度も突き上げた。

 全身で愛を確かめ合ったあと、 葉月を抱きしめて髪を撫でながら頬や唇に何度も口付けた。


「葉月、愛してる。一生一緒にいような」

「一生だけでええの?」

「良くないな。じゃあ生まれ変わっても一緒になろうな」

「嘘ついたらハリセンボン飲ませるで」

「やっぱそこはハリセンボンなんだ」


 俺たちは激しく求め合った甘い余韻の中でピッタリと寄り添い、幸福感に満たされたお互いの体を抱きしめて眠った。



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