本当の誕生日は…… ④

 もしかしたら極度の恥ずかしがり屋だから、二人きりになると少し無口になって、目を合わせることができなかったのかな?

 そう思うと葉月のこれまでの素っ気ない態度にも納得がいって、嬉しさが胸一杯に込み上げてきた。


「じゃあ俺から改めて言うけど……俺は木村が好きだよ。めちゃくちゃ好きだから、今から木村を……葉月を俺の彼女にするけど、いい?」


 しっかりと抱きしめたままそう言うと、葉月は俺の腕の中で小さくうなずいた。


「……はい」


 葉月の返事があまりにも嬉しくて思わず雄叫びをあげそうになったけれど、夜も遅いのでその衝動をグッとこらえ、葉月の顔を両手でグイッと持ち上げて唇にキスをした。

 すると葉月は驚き慌てふためいて、俺の体を思いきり押し返した。


「いっ、いきなり何するん!」

「いや……あまりにも嬉しくて、つい……。それに葉月、めちゃくちゃ可愛いし……」

「恥ずかしいから、そういうのは人目につかんとこでして!」


 葉月はそう言うけれど、周りには誰もいないし、誰にも見られていない。


「誰も見てないけど?」

「誰も見てなくても外ではアカンの!」


 葉月はそう言って俺の手を振り払い、両手で顔を覆った。

 本当に恥ずかしがり屋なんだな。

 会社での毅然とした姿からは想像もできないほどの可愛さに、俺の独占欲が煽られた。

 葉月のこんな可愛い顔、他の男には絶対見せたくない。

 もっともっと、葉月の恥ずかしがる可愛い顔が見たい。

 俺は葉月を抱き寄せて、耳元に唇を近付けた。


「じゃあ……外じゃないところで二人きりならいいの?」


 あわよくばこのまま朝まで二人きりになれる場所で、俺に見つめられたり触れられたりして恥じらう葉月を堪能したいと思ったけれど、現実はそんなに甘くはなかった。

 葉月は両手で俺の顔を押さえて引き離し、思いっきり頬をつまんで引っ張った。


「……もう!なんでそんな恥ずかしくなることばっかり言うん!調子に乗んなアホ!」

「……はい、すんません……」


 つい調子に乗って手痛いダメ出しをされてしまったけれど、この日から俺と葉月は付き合い始めた。



 それから6日後の4月9日。

 その日が俺の本当の誕生日だとは言い出せないまま、仕事の後に二人で食事をして葉月を家まで送り届けると、マンションの前で葉月は立ち止まり、鞄から綺麗にラッピングされた薄い長方形の箱を取り出して俺に差し出した。


「伊藤くん、誕生日おめでとう」


 なんの前触れもなく葉月がそう言ったので驚いて葉月の顔を見ると、葉月はおかしそうに笑った。


「えっ?俺の誕生日知ってたの?」

「当たり前やんか。私、伊藤くんの担当事務員やで?だから伊藤くんが8月生まれやって言うたとき、嘘やって気付いてたんよ。でも私もホンマは誕生日やなかったし黙っとった。あのとき誕生日のお祝いらしいことせんかったんは、お祝いはホンマの誕生日にしたいなと思てたからやねん」


 照れくさそうにそう言った葉月があまりにも可愛くて、俺のことを知っていてくれたことが嬉しくて思わずギュッと抱きしめると、葉月は慌てて俺の体を押し返した。


「もう!あかんて!」

「そんなこと言ったって嬉しくて……!葉月、ありがとう!めちゃくちゃ好き!」

「それでも恥ずかしいからあかんのー!」


 この勢いで今夜はベッドで抱き合って朝まで一緒にいられるんじゃないかなどと思ったけれど、そんな淡い期待と下心は見事に打ち砕かれた。

 恥ずかしがりやの葉月はこれまでの彼女とは違って何をするにも時間がかかり、俺を名前で呼べるようになったのは1か月以上も経ってからで、デートのときも手を繋がせてくれなかったし、もちろん簡単に体を許したりはしなかった。

 俺は母親の影響もあって浮気だけは絶対に許せないし、付き合っていなくてもその場の雰囲気とか軽いノリだけで体の関係を持つ人間には嫌悪感を抱いていたから、葉月の身持ちが固いところもいいなと思った。

 葉月に無理をさせないようにゆっくりと距離を縮め、抱きしめたりキスをしたり、時間と共に少しずつ触れ合えるようになり、ようやく初めて葉月と結ばれたのは付き合い始めてから3か月もあとのことだった。




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