本当の誕生日は…… ③

「木村がこんなに酔うなんて珍しいな」


 俺が何気なくそう言うと、葉月はもう一口水を飲んで、また照れくさそうに笑った。


「そうやな……。誕生日のこと、今日こそ伊藤くんにちゃんと話そうて思てたからかも」

「それって、そんなに飲まなきゃ言えないことかな?」


 俺が素朴な疑問を口にすると、葉月はうつむいてペットボトルを持っている手元を見つめた。


「だって……恥ずかしいやんか」


 葉月の『恥ずかしい』と思うポイントはよくわからないけれど、恥ずかしそうにうつむいている姿はあまりにもかわい過ぎる。

 これ、無自覚なんだろうか?

 葉月のあまりのかわいさと軽い酔いのせいにして、思いきり抱きしめて息もできなくなるくらいの激しいキスをして、そのまま俺だけのものにしてしまおうか。

 そんな不埒な考えを必死で振り払い、吹っ飛んでしまいそうになる理性をなんとか必死で保つ。


「何がそんなに恥ずかしいの?」


 俺のよこしまな気持ちを悟られないように平静を装って尋ねると、葉月は顔を真っ赤にしてミネラルウォーターのペットボトルを俺の胸に押し付け、両手で顔を覆った。


「恥ずかしいやんか!伊藤くんと仲良くなりたかったから、『私、8月生まれちゃうよ』って言えんかったとか……!」


 思ってもみなかった葉月の言葉に驚き、俺は耳を疑ってしまった。

 俺まで酔いが回っておかしくなってしまったのか?

 だけど葉月はたしかに俺と仲良くなりたかったと言ったし、やっぱり恥ずかしそうにうつむいている。


「えっと……俺と仲良くなりたかったって、ホントに?」

「ホンマやけど、恥ずかしいから何回も言わさんといて!」


 これは脈ありと取っていいんだろうか?

 それとも友達として仲良くなりたかっただけ?

 ほんの数秒間、どちらだろうかと悩んだけれど、仲良くなりたいのだから嫌われてはいないということだけは確信した。

 告白するなら今しかない。

 その答えを導きだした俺は、思いきって葉月の手を握った。

 葉月は驚いて顔を上げ、頬を赤く染めて俺の顔と握られた手を交互に見ている。


「俺ももっと仲良くなりたい」

「えっ……」

「正直に言う。俺は木村と仲良くなりたくて誘った。入社してちょっと経った頃から、ずっと木村のことが好きだから。良かったら俺と付き合ってください」

「ええっ……?!」


 俺が告白すると葉月は絶句して、俺が握っている方とは反対の手で口を押さえたまま固まってしまった。

『そんなつもりじゃなかったんやけど……』とか、『私はあんたのこと、そこまで好きとちゃうわ!』とか、言われるのかな?

 そんな考えが頭をよぎったけれど、玉砕覚悟で告白すると決めたんだから、好きでも嫌いでもハッキリ返事をしてもらおうと思い、固まったまま微動だにしない葉月の顔を覗き込んだ。


「木村……?俺の言ったこと、ちゃんと聞いてた?」

「聞いてた……」

「だったら……返事、してくれる?」


 どちらに転ぶかわからないこの緊迫した状況を早く終わらせたくて、返事を急かした。

 葉月はしばらく黙ったままうつむいていたけれど、少しだけ顔を上げて俺の顔を見るとまた目をそらし、おもむろにうなずいた。


「私こんなんやし、伊藤くんが思てるような女とはちゃうかも知れんけど……それでもええんやったら……」


 蚊の鳴くような小さな声でそう言うと、葉月はまたうつむいた。

 これはつまり、OKということでいいのか?

 イエスかノーか、ハッキリした返事が欲しい。

 俺は握っていた手を強く引き寄せて、葉月の体を抱きしめた。

 俺の腕の中で、葉月は体をガチガチに固まらせている。


「それはつまり……木村も俺を好きだと思っていいのかな……?」

「……うん……」

「俺のこと、好き?」

「……恥ずかしいから何回も言わさんといて!」


 葉月はまた恥ずかしそうにそう言って、俺の胸に顔をうずめた。

 さっきから『恥ずかしい』って言うの何回目だろうと思うとおかしくて、少し笑ってしまう。


「それ、さっきも聞いた」

「だって恥ずかしい言うてんのに、伊藤くんが何回も言わせようとするんやもん!」


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