偽誕生日作戦 ③

 思わずポロッと本音が出てしまい、葉月が怪訝な顔をしたので、俺は慌ててうまい言い訳を考える。


「……なんで?」

「それはホラ……みんなで行くと男たちが調子に乗って、ただの大食い大会みたいになっちゃうかも知れないだろ?それに別のところにしようとか、わがまま言い出すやつもきっと出てくるから」

「ああ、なるほど……それもそうやな」


 葉月は俺の苦しい言い訳に納得してくれたようだ。

 それから土曜日の11時に駅で待ち合わせの約束をして、俺の降りる駅のふたつ手前で葉月は軽く手を振って電車を降りた。

 俺も閉まったドアの窓ガラス越しに、右手をあげてそれに答える。

 電車が動き出して葉月の姿が見えなくなると、俺は嬉しさのあまり叫びたい衝動をこらえながら両手をグッと握りしめ、ドアに向かって小さくガッツポーズをした。

 普段葉月は俺のことを、同じ課の同じチームで働く同期くらいにしか思っていないだろうけど、これを機に少しは一人の男として、延いては恋愛対象の一人として意識してくれたらいいなと思った。



 翌日から約束の土曜日が来るのを心待ちにして、少しでも葉月にいいところを見せようとひたすら仕事に励んだ。

 契約が取れると、社に戻ってまずは課長に報告した後、契約書を葉月に渡して事務処理をお願いする。

 業務連絡だろうがなんだろうが葉月と話せることが嬉しくて、また頑張ろうと張り切って仕事をした。

 その甲斐あって俺の営業成績はどんどん上がり、その分葉月も仕事が増えた。

 事務員一人につき5人ほどの営業職員を担当しているので、葉月が俺以外の営業職の男性社員と話しているところを見ると、その男性社員が葉月のことを狙ってはいないかとか、葉月が相手に好意を寄せてはいないかと不安になったりもした。

 できるなら葉月を俺の専属事務員にしたいとさえ思うほど、俺はどうにも嫉妬深いらしい。

 葉月と出会うまでの俺は、誰と付き合ってもそんな風に思ったことはなかった。

 葉月の何が俺をそうさせるのかはわからなかったが、それまで付き合って来た女の子には感じたことのない魅力があることだけはたしかだった。

 いつも人に嫌われないように笑って、相手をイヤな気持ちにさせないように顔色を窺っていた俺は、葉月のハッキリとものを言うところや、誰に対しても臆することも媚びることもなく毅然としているところに惹かれたのだと思う。



 葉月に少しでも近付きたい一心ですぐにバレる嘘をつき、一緒にデカ盛り天丼を食べに行く約束をして、喜び勇んで初めて休日に二人だけで会ったけれど、結果的には俺が期待していたような展開にはならなかった。

 天丼を食べたあとはほんの少し辺りの店を見て回っただけで、『急に大阪から幼馴染みが出てくることになってん。4時半にうちに来るて言うてるから、そろそろ帰るわ』と言う葉月と4時になる少し前に駅前で別れた。

 誕生日のお祝いらしいこともまったくしなかったし、次の約束なんてもちろんなかった。

 誕生日を一緒に祝いたいと言えば少しは俺の気持ちに気付いてもらえるかと思ったのに、葉月にはまったく伝わらなかったようだ。

 おかげで用意していたプレゼントも渡せないまま、俺の偽誕生日作戦は無惨な形で幕を閉じた。




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